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坂戸市民スポーツフェスティバル

今日は、坂戸市民スポーツフェスティバルへ手伝いに行ってきた。

第八回を迎える今大会は、これ以上にない好天の下、各スポーツ団体等が主催するイベントやアトラクションでおおいに盛り上がった。 オープニングセレモニーでは、スポーツ表彰で、新春の箱根駅伝で9区を走り、東洋大学の総合優勝に大きく貢献した大津選手が表彰選手の代表で表彰台に立った。 来賓の挨拶の後は、山村国際高校バトン部と城西大学チアリーダー部の華麗でアクロバティックな演舞に酔いしれた。 Nec_0006

自分が所属する陸上競技協会では、「番付」と称して、50メートル走体験を提供した。 軟式野球グラウンドの芝生上であるが、正確に距離を計測し、雷管でのスタート。 おまけに、電光計時でのタイム表示。 実際の陸上競技に近いシチュエーションで走る機会は、陸上をやっている人たち以外は味わったことがないと思うので、参加者にとってはユニークな経験となったのではないかと思う。

Nec_0003_2  参加者は、小学生と中学生が多かったが、家族連れで来て、姉妹や兄弟、親子で出走するペアもあった。 最初自分は、トレンドとして、走るのが嫌いな子供が増えているというイメージがあったので、参加する人はそんなに多くはないかなと思っていたが、開始直後から大行列。 スタート時フライングをしてしまう人たちも多かったが、それでも、走っている時の真剣で懸命な表情は微笑ましかった。 また、TVでよく観るような、自分が走った後にタイム表示された電光掲示板と一緒に記念写真を撮っている人たちの光景も多く目にした。

このスポーツイベント以外でも、障がい者のためのイベント、体脂肪と血管年齢を測定してくれる健康チェックコーナー、焼きそば、おにぎり、団子等の模擬店などもあり来場者は大いに楽しめたとことと思う。 自分が手伝った、陸上競技協会の50メートル走体験は、大人気で、イベント終了の午後二時まで行列が途切れることがなかった。 この忙しさの中だったので、わずかな時間を利用してであったが、この青空の中で食べる弁当の味はまた格別だった。Nec_0008

来年もまた、ぜひ多くの人たちがこのフェスティバルに足を運んでもらいたいと思う。

最後に、坂戸陸協の役員の方々、本当にお疲れさまでした。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その6(最終回)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 より続く。

立ち止まる回数が増え、もう時計を見る余裕もない。 そのうち35kの関門が見えてくる。 沿道の応援に後押しされ、何とかチェックポイントにたどり着く。 ランナーの本能なのだろうか、こんな状態でもさらに前を追って走ろうとする。 だが、その直後、係員の手で走行を制止される。。。 ジ・エンドである。。。 関門閉鎖のタイムから遅れること13秒という結果のリタイヤであった。

すぐに、収容バスに乗り込む。 関係者の方が、自分の痛々しい走りをバスから見てくれていたようで、「足は大丈夫ですか?」 と気遣ってくれる。 そして、タオルを肩に掛けてくれる。 TVのマラソンで、ゴール後、女性の係員が選手にタオルを掛けてくれる、そんなシーンにあこがれていたが、夢と散ってしまった。 バスのシートに腰を下ろす。 先ほどの方がドリンクを持って来てくれる。 再び、「大丈夫ですか?」 。 その親切と気遣いに感謝する。

自分ではまったく想定していなかった結末であった。 出てくるのはため息ばかりだ。。。 マラソン大会には出場したが、本当の「マラソン」 の走りを経験することはできなかった。 このジレンマが自身の中で葛藤する。 バスはその後もゆっくりと進む。 途中でまた何人かの棄権者をピックアップ
していく。 やはりどの顔にも満足感はない。

収容バスがゴール地点の高知港岸壁へ到着する。 すぐに、ゴール地点で待ってくれている父の姿を探す。 フィニッシュは2時間50分前後だろうと伝えてあったので随分と心配していたのではないかと思う。 父から荷物を受け取り着替える。 父の問いかけに対し、大丈夫だと応えるが、やはり 「途中棄権」 という事実だけが自分の頭の中を駆けめぐる。Goal_w

大会本部が用意してくれたジャンボタクシーに乗り、閉会式会場へ移動する。 ここは入浴施設があり、走った後の汗を流せ、疲れを癒すことができる。 入浴後は、選手控え室で閉会式までの時間をつぶす。 サンドイッチ、バナナ、そしてドリンクの軽食も用意されている。 やがて、準備ができたとのアナウンスと共に、閉会式会場へ移動する。

Heikaishiki_w 選手が集まり、優勝者ならびに入賞選手の表彰である。優勝者は、四国電力の秋山和稔選手、タイムは2時間1825秒での初優勝であった。 2位は原田選手、3位も和田選手と、四国電力勢が3位までを占めた。 この3選手は、元日のニューイヤー駅伝でも走った実力ランナーなのでこの順位は当然の結果であるともいえる。

閉会式が終わり帰ろうとすると呼び止められた。 昨晩のパーティーでお世話になった方だ。 紙面の都合上、掲載できるかどうかわからないということであるが、取材を受けさせていただいた。 その後、足を引きづり電車に乗り、実家へ戻った。 お世話になった父に礼を言う。すると、なんと自分のことがラジオの実況中継で放送されていた! ということを聞いた。 父が、スタートでの自分の付き添い後、自宅に戻るまでのカーラジオで聴いたとのことであった。ぜひ、自分の耳で聴きたかったなと思う。

翌日は実家でのんびりと過ごす。 戦前は、マラソンレースの疲れを癒すための休日だと思っていたが、今回、いわゆる、「マラソンを走った」 とはいえない内容だったので、膝の傷み以外、ダメージは全くない。 沿道で応援してくれた友人・知人にお礼の電話やメールをする。 この日は、新聞休刊日であったので、このマラソン結果は夕刊に掲載される。

届くやいなや、高知マラソン関係の記事を探す。 第6面に大きく報道されていた。 自分は、最後尾だったので全くわからなかったのだが、新聞を読むと、上位はそのようなレース展開だったのかと知る。 さらに隅々まで見ると、なんと自分の記事が載っているではないか! レースは惨敗であったが、こういう形で取り上げていただけたことに感謝したい。 自分の知り合いからも 「見たよ!」 の声をたくさんもらった。Kiji2 

翌朝、龍馬空港行きのバスに乗る。 途中、自分がリタイアした35K地点にあるドラッグストアが目に入る。 係員に制止され、リタイヤしたシーンが鮮やかに浮かぶ。 リタイヤしたことは事実だが、あくまで、それはアクシデントとして自分に言いきかせるとともに、再度このコースでのチャレンジを誓う。

最後に、高知陸協、高知新聞、RKC高知放送の方々、その他、ボランティア含め競技・大会役員の方々には大変お世話になり、本当にありがとうございました。 過去自分が出場した大会の中でも、最高の雰囲気と最大のサポートが得られた大会だと実感しています。 リベンジという言葉は好きではありませんが、来春、この土佐路を再び走れるように頑張っていきたいと思います。 (完)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 エピローグ」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その5

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 より続く。

17K手前の野市跨線橋の上りで4人の集団がばらけ始める。 少しペースが上がっている。 上りが苦手な自分ではあるが、ここはついていくべきかどうか考える。 上りきったあとの下りで追いつけばいいと思い、無理はしない。 17.5Kの給水テーブルで今度はスポンジをとる。 スタート時よりかなり気温が上昇している感じだ。

やがて20K地点を示す看板が遠くに見えてくる。 だが、恐れていた左膝にかすかに違和感を覚え始める。 気のせいかとも思い、そのまま走る。 20Kポイントを通過する。 この大会では20K以降の各関門で制限時間が設けられている。 この20Kでは1時間30分に設定されている。 自分の計時は、1時間2431秒で、この間の5K2141秒である。 上りがあった影響で多少ラップが落ちてしまった感じだ。 自分が用意していた最初のスペシャルドリンクも無事手にする。 その後、約800メートル走ったところが折り返し点である。 しかし違和感が軽い痛みに変わってくる。 この折り返し点を通過後、一旦、立ち止まり、屈伸運動で膝を伸ばす。 そしてすぐに走り出す。 なんとなく嫌な感じがする。

このコースは毎回、不思議なことに風向きが変わる。 それも悪い方向に。 前半向かい風なので、折り返してからは追い風のはずなのだが、風向きが変わり、後半も向かい風といったパターンが多い。 自分はその風向きに関係なく走るが、その後も1Kくらいごとに立ち止まり、ストレッチと屈伸運動を繰り返す。 自分が傷めている腸脛靱帯の場合は、この靱帯を伸ばすことでわずかに痛みは軽減される。 走っているときのペースはこれまでと変わらないが、立ち止まってストレッチをする間のロスタイムが響く。 25Kポイントに達するが、5Kのラップが2424秒と大きく落ちてしまう。 だんだん、止まってストレッチをする回数が増えてくる。 後続からどんどんと抜かれていく。 筋肉痛やスタミナ切れで足にきた場合、それでも頑張れば走り続けることはできるだろうが、腸脛靱帯の場合は、部位が麻痺状態になり、そのうち激痛で足が踏み出せなくなってしまう。

こうなってしまったらもうレ-スでもマラソンでもない。 100メートルおきにストレッチのため立ち止まるというパターンだ。 自分でどういい方に考えても、完走は到底無理だと思う。 ここで、レースを止めることもできる。 だが、なぜか自らリタイアしようという考えは全く起きない。 制限時間内であれば、たとえ痛みが激しくても、前へ出たいという気持だ。

こんな状態で、30Kポイントに達する。 これほどペースダウンしても、まだ関門閉鎖まで215秒あった。 2つめのスペシャルを置いていたのだが、取ることさえも忘れ走り続ける。 やがて、最後尾を走る監察バイクが自分の背後につく。 交差点を通過するごとにバイクから、「最終ランナーです」 と交通整理員の方へ告げていく。 「そうか、自分が最下位のランナーなのか」と思う。 後ろを振り返ると、その監察車のすぐ後ろを、選手収容バスが走っている。 これまで、駅伝で区間最下位という結果を味わったことはあるが走った後の結果であった。 だが、今の自分は、最下位という現実を突きつけられている中での走りである。 前回をはるかに上回る屈辱だ。

そんな辛い走りであるが、唯一励まされるのが、沿道からの声援である。 自分が立ち止まる姿を見て、一生懸命に声援を送ってくれる。 応える余裕はないが、心の中で「ありがとう」 と返す。 また、スタートしてからこれまで、知人でも大会関係者でもないと思うが、自分の名前を呼んで応援してくれた人も何人かいた。なぜ、自分の名前を知っているのだろうと不思議に思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その6(最終回)」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その4

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その3」 から続く。

Start_wスタート後100Mほど走って左折し、メインの国道に入る。 このあたりは高知市の中心街で、休日のこの早い時間でも、応援してくれる人の数はすごい。 はりまやばし付近を通過し、日差しを浴びながらさらに足を進める。 走行路右側には、土佐電鉄の路面電車が行き交う。 電車の中から手を振って応援してくれる人もいる。 2K地点では母と妹の応援があった。 軽く手を振って通り過ぎる。 この地点で、もうかなり選手はバラけている。

Taikaisharyou_w Chiyorichou_w 今自分が走っているペースだが、なんだかとても遅いような気がする。 練習のペースのようだ。 1Kごとのチェックポイントがあれば確認できるのだが、それもないのでそのままのペースで走る。 でもまあ、トラックレースか5K程度の距離の駅伝でのスピードレースしか走っていない自分にとって、このペースは遅すぎるような感覚があるが、42.195キロを走るわけだから、こんなものかなとも思う。

やがて最初のチェックポイントである5Kを通過する。 手元の時計で2045秒。 ほぼ設定ペースどおりだ。 ペースが遅いという感覚で走っていたので、これでほっとする。 チェックポイントの150メートル先にゼネラルテーブルがあるので、最初の水分補給をする。 水とアミノバリューが入った紙コップが置かれている。 自分はアミノバリューを取る。 手袋が濡れるのがイヤなので左手だけ外す。 横から取るよりも、コップを上からつまみ上げて取るほうが失敗がないと聞いていたのでそのようにするが、やはり走りながら取るのは難しい。 TVのマラソン中継を見ていると、みんないとも簡単に取っている。 自分よりはるかに速いペースで走っているというのにすごいなと思う。 コップは取れたが、走りながら飲もうとすると、口に入っていく分より、顔にかかってしまう方が多く、うまく飲めない。

その後、後方から追ってきた3名の集団に吸収される。 追いつかれた後、ペースを上げていくのかなと思ったが、そのままのようなのでこの集団についていく。 一人で走るより、集団で走るほうがラクだ。 向かい風なので、風除けにさせてもらうばかりでは申し訳ないと皆が思っているのか、交互に集団を引っ張るような形で進む。 10Kの通過が手元のタイムで4147秒。 この5Kのラップは2101秒だ。 この10K地点は、全国高校駅伝高知県予選の2区のスタートでもある。 自分は3年時にこの2区を走った。 わずか3Kの区間だが2人に抜かれて順位を下げたことを思い出した。

30年ぶりに走るこの国道55号線沿いの光景は、新しい店舗等が建ったりしてはいるが、なぜだか昔のままのような気がする。 30年前にタイムスリップしたかのような感覚にも陥る。 やはり、自分の脳裏に高校時代に走ったこのコースが未だ鮮明に刻みこまれているからなのだろうか。 暑さはさほど感じないが、12.5キロ地点で、意識的に給水とスポンジを取る。 友人や知人が応援してくれる姿もところどころで見かけては走りながら手を振る。 やがて、15Kを通過する。 手元で1時間0250秒。10Kから15Kまでのラップが2102秒である。 ほぼ正確に目標タイムを刻んでいる。

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その3

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 から続く。

520分に起床。 昨夜は興奮していたのか、ほとんど眠れなかった。 大事なレース前夜ではたまにあることなので気にはしない。 近くのコンビニで朝食を調達するためにホテルを出る。 まだ薄暗い。 ひんやりとするが、思ったほどではない。 レース当日の朝食は、おにぎり3個、豆腐の味噌汁、それにオレンジジュースだ。完全に糖質中心の内容だ。 ポットのお湯をカップ味噌汁に注ぐ。 中に入っているわかめは取り除く。 同様に、おにぎりの海苔も取る。 レース中、もしものことがあってはいけないので、やはり消化の悪いものは避けたほうがいい。

部屋でくつろぎ、7時になって受付場所である高知新聞放送会館へ向かう。 ここで選手の一次受付が行われると同時に、スペシャルドリンクを預ける。 5Kごとのポイント地点が書かれたカゴにドリンクを入れる。 皆、目立たせるように自分と似たような細工をしている。 ちゃんと自分のスペシャルが識別できればいいがと思う。 他の選手も続々と受付を済ませ、アップを始めている。 自分もジョグを開始する。 受付場所の外には、ガラス越しに今朝の高知新聞朝刊を見ることができる。 昨日の開会式のニュースが写真入りで掲載されていた。 よく見てみると、なんと自分の姿も写っている。 Kiji_w これは幸先がよいかなとも思う。 アップは高知新聞社前や高知城周辺を走る。 ウェアの胸にナンバーカードを付けているので、すれ違う一般の人たちから、「頑張って」 と声をかけてもらう。 いよいよレースなんだなという実感があふれてくる。

アップを終え、再びホテルへ戻る。 汗を拭き、ユニフォーム姿に着替える。 このユニフォームは自分が所属するランニングクラブのもので、色がショッキングピンクである。 家族や友達たちにあらかじめ言っていたので、集団の中でもかなり見つけやすいのではと思う。 ゼリー飲料で再び糖質を補給する。 膝のテーピングを念入りに施し、今回付き添いをお願いした父の車でスタート地点である高知県庁前へ向かう。 Sutatomae1 Sutatomae2 車を降りると、大会および報道関係者であふれている。 また、スタート時刻の9時まであと20分くらいなので、ほとんどの選手がすでに集合している。 845分から最終コールである。 2組に分かれて、順番にナンバーカードがコールされる。 いつも思うが、どのレースでもこの最終コールが、自分にとって一番緊張感を覚える時である。 自分のナンバーカードが呼ばれ、胸と背のカードを審判員に見せる。 もう後には戻れないという気持がさらにピークレベルを押し上げる。

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スタート3分前の合図で、ほとんどの選手がスタート地点に移動する。背後には、高知城天守閣を眺めることができる。 Seiretsu1_w自分は最前列に来る。 ここに並んでいいものか? と思うが、昨日の開会式同様、皆、遠慮してなのか前へは並ばない。 実力選手たちのためのポジションという暗黙の了解があるのかとも思ったが、自分はずうずうしくもここに並んでしまった。スタートまでのわずかの時間で、レースペースを確認する。 今回の目標タイムは、2時間40分台に設定した。 初マラソンをなめているわけでは決してないが、膝の調子さえ悪くなければこれくらいのタイムでフィニッシュできる自信はある。前半を抑え気味に、キロ410秒程度で刻み、後半、400秒から4分を切るくらいで走るという展開を頭の中で再確認する。カウントダウンが始まり、スタート10秒前のアナウンス。 静かに目を閉じる。 一瞬、時間が止まったかのような感覚を覚える。そして号砲とともにスタート!
いよいよレースが始まった。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その2

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その1」 より続く。

4時からは開会式だ。ほとんどの選手が参加しているようだ。 前回優勝者からの優勝杯の返還とレプリカ授与、主催者、来賓の挨拶、審判長の注意事項とあって、最後は、四国電力の原田敦之選手による選手宣誓で閉会式が終わった。Kaikaishiki3_w その後は、レセプションである。立食形式のパーティーで、選手は全員参加できる。 会場内に円形のテーブルが6つくらい置かれ、ビールとウーロン茶がセットされていく。 右脇にはバイキング料理の用意がされている。

乾杯の音頭でレセプションが始まる。 Reception_w 本来なら、レース前夜なので、乾杯はウーロン茶でなければいけないかもしれないが、自分はビールにする。 乾杯の後は、皆バイキング料理に殺到する。 料理は、寿司、トマトソースのパスタ、牛肉のカルパッチョ、刺身の盛り合わせ、かつおのタタキ、シーザーズサラダなどなど、どれもおいしそうなものばかりである。だが、一瞬のうちに、料理の周りに人が群がり、列を作っているのかいないのかもよくわからない。 結局、第一陣が終わった後に、自分の分をとろうとするが、もうその時点で、料理は半分近くなくなっており、人気の高い握りずしも全部なかった。 それでも、残り物を食べるがどれもおいしいものばかりだ。 いろんな人と、普段の練習の仕方や明日のレースのことなどを歓談する。 RKC高知放送の関係者の方たちとも話をさせていただいた。 自分は高知出身で、自身初のフルマラソンに故郷のこのマラソンを選んだと話すと、「明日のラジオ実況の中でぜひ紹介させてもらう」と言っていただいた。 約1時間でレセプションが終わる。 こういった関係行事や式典に参加していると、なんだかエリートランナー気分を味わっている感じで気分がいい。 また、レースへの気分が高揚してくるのがわかる。

部屋へ戻り、明日の準備を始める。
ユニフォームにナンバーカードをつける。 ナンバーカードは3枚入っている。 2枚はユニフォームの胸と背中につけるためだと思うが、残り1枚は予備だろうか? よく大会規定を読んでみると、残り1枚はトレーニングウェアの胸に着けると書いてあった。 またこの大会では、5Kごとにスペシャルドリンクを置くことができる。 用意しておいた容器にドリンクを入れる。 自分が置くポイントは、20K30K35Kそして40K4箇所。 最初の2箇所はエネルギー補給も考慮したザバスのパウダー飲料、後半の2箇所は、スーパーヴァームを1.5倍に薄めたものにした。 あらかじめ支給された荷札にナンバーカードと設置ポイントを書き、フリルをつけたゴムワイヤーをボトルにつけて目立たせる。 果たして、各ポイントでうまくとることができるだろうかと考える。 明日の朝、起床し、スタートまでの段取りを確認し、入浴後、早めにベッドに入る。

目を閉じて、明日のレースのことを考える。

実は、不安がひとつだけある。 故障している左膝の状態だ。
昨年末の走り込みで、昔からの古傷である、
腸脛靱帯を痛めている。 このため、今大会の最終調整には失敗した形でレースを迎えることになった。 レース中に痛みが出ることはまず間違いないと思うので、できるだけ距離の後ろの方で出て欲しいと願う。
ただ、
42K走れるスタミナはまったく問題ないし、スピードにも対応できると思うので、良いほうに考えようと思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その3」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その1

羽田から飛行機に揺られ、高知龍馬空港に到着した。
今回帰省した目的は、第63回高知マラソン大会に出場するためである。高知マラソンへエントリー

出迎えに来てくれた妹の車に乗って、宿泊先のホテルを目指す。 思ったより暖かい。 だが、風が多少強い。 ここ数日、高知は暖かい日が続いているそうだ。 空港から市内を目指す道路は、この大会のコースとなっている。 ところどころに、5Kごとの距離表示看板が立っている。 もう準備は整っているようだ。

Sunrise_w_2 高知サンライズホテルに到着する。 ここは、選手の宿泊先とともに、大会開会式の会場にもなっている。 入り口には、「高知マラソン大会開会式会場」の看板が立っている。 「出場するんだな」、という気持ちになる。 チェックインを終え、すぐ調整練習に入る。ホテルから、コースの国道沿いを走る。 昨年から、一部コース変更となった40K手前の鏡川大橋の傾斜をチェックする。 40分ほどジョグし、ウィンドスプリントを多めにやって刺激を入れる。

40k_w_2 午後3時からは健康診断がある。 健康診断は前日のこの時間と、レース当日の朝にある。選手はどちらかを受診する義務がある。 検診内容は問診と血圧測定のみである。 自分は練習後だったので、血圧値がかなり高めに出てしまった。 何か言われるかなと思ったが何もなかった。

その後、レースの受付を済ませ部屋に戻る。 渡された大会プログラムにある参加者リストを見ると、申込者数は98名だ。 市民マラソン大会の参加者数から比べると、随分と少ないが、この高知マラソンは健康志向の市民マラソン大会とは違って、競技志向の強い準エリート的な大会である。 以前は、ユニバーシアードの代表選考レースとしても指定されていたこともある。 参加資格も陸連登録者に限り、さらに県外の出場者は所属陸協の承認を必要とする。 だから人数的にはこんなものかと思う。

そもそも、なぜ自分はこの大会にエントリーしたのか?
自分は中距離ランナーで、ここ
45年、ロードは駅伝中心で、距離も5K程度しか走っていない。 おまけに、過去レースとして出場した一番長い距離は10Kである。 ここまで書くと、自分のことながら、随分と無謀な挑戦のような気もする。 それも初マラソンで、このレベルの高い高知マラソンである。

だが、自分にはこの大会に出たい理由があった。
現在は埼玉に住んでいるが、出身はこの高知である。 高校時は陸上部に所属していた。 この高知マラソンのコース(昨年から一部変更になったが)は、当時も今も、全国高校駅伝県予選のコースでもある。 2年と3年時にこのコースで任された区間を走ったが、どちらもブレーキに近い走りだった。 高校卒業後はずっと関東での暮らしであるが、年に1回くらいは帰省し、空港から市内に向けて走るバスの車窓からこの道路を眺めるたびに、もう一度この思い出のコースを走りたい、との気持ちを持っていた。とは言っても、中距離選手の自分がフルマラソンなんて無理だと思いながらも、初マラソンを走ることがあれば、この高知マラソンだと心の中で決めていた。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 へ続く。

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高知マラソンへエントリー

大会本部から、第63回高知マラソンのナンバーカード連絡票と競技注意事項が送られてきた。

あと一週間後に迫ったフルマラソンである。 中距離ランナーの自分が、フルマラソンを走るというのはかなり無謀な冒険だが、このエントリー完了通知が送られてきたからには、もう後には戻れない。

注意事項を読んでみると、市民マラソン大会とは全く違って、いろんな面にわたって、手順やルールがこと細かく厳しい。 準エリート的な大会だから当然なんだろうと思うが、身が引き締まる思いだ。

調整はうまくいっていないが、もうこうなったら腹をくくるしかない。

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目の当たりに見た学生アスリートのスピード

先日、川越市民駅伝を走ってきた。Kawaeki08

この大会は、川越陸上競技場を発着とする、15.15kmを5区間でリレーする競技だ。 昨年まで我がチームは年代別の部で、4連覇という輝かしい偉業を成し遂げていたのだが、前回不覚をとって2位であった。 だが、今年は、昨年の雪辱を果たし、見事優勝に輝いた。

自分の調子は上昇気流にあるものの、まだ今の時点では、駅伝でのスピードに対応ができなかったが、ほぼ想定どおりのタイムで次走者にタスキをつなぐことができた。 1ヵ月後の埼玉県駅伝に向けて、少しは見通しが立った感じだ。

さて、今回の大会には、大東文化大学の陸上競技部が2チームオープン参加した。 大東文化大と言えば、箱根駅伝2度の連覇を成し遂げ、総合4回の優勝を誇る名門チームである。 今回出場したメンバーは、1年から3年までの選手で、箱根駅伝にエントリーされる16人とは違う部員であったが、そのスピード感は、当たり前のことだが、群を抜いていた。 自分の場合は1区を走ったが、わずか3.4K走って、2分近い差をつけられてしまった。 こういうスピード感の違いを体感できただけでも、貴重な体験だった

大会終了後、一緒に写真を撮ってもらったが、その時話した彼らは皆、本当に好青年であった。 年明けの箱根駅伝での、大東大の快走を見守りたい。

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侍マラソン、再び。。。 その5 (最終回)

相変わらず、道路沿いのギャラリーの数はすごい。 道の両脇をビッシリと固めて、熱烈な声援を参加者へ送ってくれている。 これぞ花道といった感じだ。 街並みに目をやると、「あっ、この光景覚えてる」と、昨年ここを走った記憶がよみがえる。 昨年同様、ロックパフォーマンスをしながら走る。 だが、なんだか体が思うように動かない。。。

Pennant 感覚的に、まだ4、5キロ地点だと思うが、この時点で、もう顔は、汗ダラダラ。 息も荒くなる。 昨年より走るペースが早いのかな、と思うが、後尾車がほとんどすぐ後ろを走っているので、そうでもないようだ。 昨年は、まったくもって軽快だった。 前半は、派手なギターパフォーマンスを繰り広げながら、後半も、ギターを抱えたまま、走りのペースを上げ、余裕でゴールした。

今回の自分は、少し前に骨折してた関係で、1月末から4月始め頃まで走れなかった。 ちょうど1週間前に、やっと、キロ6分ペースでようやく20キロを走れるまで回復した。 当然、走力は落ちているのは事実だが、ここまで体が動かないものか。。。 昨晩、眠れなかったのも影響しているのかもしれない。

実は、今大会の出場に際して、こんなことを考えていた。
「ロンドンブーツを履いて走る!」  これであれば、頭のてっぺんから足の先まで、ロックファッションは完璧だ。 また、おそらく、安政遠足初の、「ロンドンブーツを履いて完走した男!」の称号が与えられる、かどうかは別として、強いインパクトとなるのではないか! 去年、余裕を持って、楽々完走したわけだし、ロンドンブーツで走っても、十分にいけるだろう、と思っていた。 だが、20キロも走ると、大事なブーツが擦り減ってしまう、壊れてしまう、というセコい考えでやめにした。 でもほんと履かなくてよかった。。。

Shizenderock_2   体に鞭打ち、頑張って走る。 沿道の方たちや、すれ違っていく参加ランナーの人たちから、時々、声をかけられる。 「去年も走ってましたよね?」、「そのギター、本物なんですか?」、「プロのミュージシャンですか?」
自分のような参加者でも、人々の記憶に残る、また、印象的なイメージを持ってくれる雰囲気をつくり出すことができたことに喜びを感じる。 

ラスト数キロは、何度か、もどしそうになる。 なんとか我慢し歩を進める。 沿道から「がんばって!」の声が聞こえても、応える余裕はまったくなし。 周りの参加者の方たちからは、「大丈夫ですか?」 と気遣われる。 この沿道からや同じ参加者の声援があるからこそ、頑張ろう、という気になれる。 ゴールゲートが見えて、最後は、カラ元気で思い切りアクションしフィニッシュする。Goal

シューズチップを外し、完走記録を受け取る。 タイムは、昨年より、1時間近く遅い。 そして、昼食のお弁当をもらうが、なんと、昨年支給された「峠の釜飯」ではない。 普通のお弁当になっていた。 自分は、このレースで走った後の、ビールに次ぐ最大の楽しみは、峠の釜飯を食べることにあった。 残念だ。 その後、おいちゃんとTさんに合流し、一緒にお昼を食べる。 しかし自分は、完全に疲労困憊で、支給されたお弁当もまったく口に入らない。 ただただビールを飲みながら、体力回復を待つ(?)。

おいちゃんたちは、このゴール地点そばにある、「恵みの湯」でお風呂に入って帰るそうだ。 横川駅行きのバスが発車しそうなこともあって、その場でおいちゃんとTさんと別れる。 横川駅で、家族にリクエストされた、峠の釜飯を買いこみ列車に乗り込む。 列車内は、大会に参加した人たちであふれかえっている。 天気が良く、のどかな田園地帯を走っていると、瞬時に眠気が襲ってくる。 昨晩一睡もしていないわけだから無理もない。 帰りの八高線と東上線の車内では意識不明状態で眠りこけた。 もう少しで、自分が降りるべき駅を通り越してしまうところだった。

夕刻近く、家にたどり着くと、少し食欲が出てきた。 食べずにもって帰ったお弁当を開こうとするが、クレジットされている消費期限が15:00となっていた。 「う~ん」と考え込んだが、今日のように暑い中、スポーツバッグに入れっぱなしだったので、やめたほうがいいかなと思い、泣く泣く捨てた。

でも弁当なんかより、いろんな人のサポートに接することができたことの方がはるかに意味があった今回の安政遠足であった。 自分の状態は良くなかったけど、本当に楽しい上州路だった。 来年もぜひ参加出来ればな、と思う。

最後に、おいちゃん、Tさん、Tさん、GOOFY、Stray Boysのメンバーの方々、その他everybody。
Thanks to all!

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侍マラソン、再び。。。 その4

やはり、待てど暮らせどタクシーはこない。
こうなったら国道に出て、ヒッチハイクしかないか。。。
こう思い始めたときに、どこかで見たことのある人が、目の前を偶然通りかかった。 背が高く、黒のサングラスをかけ、頭をリーゼントでピシッと決めている。 こんなところで知っている人に会うわけはないのだが、、、ええと、確かあの人は。。。 そうだ! 昨年のこの大会で、コースの途中知り合って、いろいろと話をした人だ! ロカビリーのバンドをやっていたっけ。。。  すぐさま、「こんにちわー」と声をかける。 一瞬、きょとんと固まったかのようだったが、すぐにこちらのことを思い出してくれた。 タクシーを待っているがなかなか来ないんだ、と話すと、彼の仲間たちの車に、気持ちよく同乗させてもらった。 まさに、九死に一生を得たとはこのことだ! その車にありがたく乗り込む。 乗っていたのはバンドのメンバーの人たちだと思うが、みんなきさくでいい人たちだった。

その後、スタート前に、トイレに並んでいると、乗せてってくれた彼に会った。 そして、ギターピックをもらった。 そのピックに刷り込まれている文字は、"Stray Boys" と読める。 その下に、GOOFY と書いてある。 バンドの名前は Stray Boysで、GOOFY は、彼のニックネームかなと思う。 せめて名前くらい聞いておくべきだった。 車の中で、彼は鶴ヶ島に住んでいたことがあると聞いた。 これも何かの縁か。 でも本当に、リーゼント姿の似合うナイスガイだった。 彼と安中駅ですれ違わなかったら、自分は間違いなく今年の侍マラソンには参加できてなかっただろう。 あらためて、ありがとう!Strayboys

会場に到着する。 昨年同様、いろんな仮装の人たちがいて、相変わらず異様な雰囲気だ。 受付を済ませ、コスチュームの最終チェックをした後、荷物を大会本部に預ける。 参加者の荷物はゴール地点まで運んでくれる。 一通り落ち着いたところで仲間を探す。 仲間とは、おいちゃん、女性ブラインドランナーのTさん、そして男性のこれまたTさんの3人である。 彼女たちは、会場近くの宿を借りていたので、スムーズに会場へ移動できたようであった。 すぐに見つけることができた。 いろんな参加者と写真を撮り合っている。 前回は、もっと多くの仲間と参加したのだが、今年は少々さびしい。

Startランナー(?)の仮装は相変わらず新鮮でユニークだ。 やはり、侍関連の姿は、相変わらず決まっている。 この大会に歴史の重みを与えてくれる。 しかし、ギャラリーが期待するのは、「非サムライ」の仮装。 今年もいろいろあった。 去年のトトロの仮装に負けないようなハム太郎の巨大な衣装から始まり、河童一族、東京タワー、みなしごハッチ、トランプマーク、etc. もう、何も、誰も止められない。
昨年巨大なカップヌードルをかぶって走った人は、「峠の釜飯」の格好に扮している。 えくんちょさんは、白と黒のややシックな衣装に、トレードマークのキティちゃんのぬいぐるみと手提げを手にしている。 相変わらず似合ってる。 デンジャラスパンツ君も、さらに過激なコスチュームだ。 バナナがちょっとフニャフニャだったのが残念。(笑)

峠コースにエントリーしている仲間の男性のTさんはシリアスランナー(それでも仮装した!)なので、早めにスタート地点に並んだ。 残りのわれわれは、相変わらず、面白い仮装の人を見つけては写真を撮ったりする。そしていよいよ、号砲がとどろきスタートする。
花火が鳴り、歓声も上がり、なんだか楽しい気分だ。 ランナーたちもその雰囲気を肌で感じているようだ。 自分たちのパーティーは、最後尾に近いところからゆったりとスタートする。 スタート時、およびその後数百メートルはいわゆる渋滞で、身動きが取れない。 それでもおいちゃんは、Tさんをうまく伴走していく。 自分もそれに遅れまいとついていく。

侍マラソン、再び。。。 その5」 へ続く

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侍マラソン、再び。。。 その3

結局、一睡もできず、朝4時過ぎに起き出し、準備を始める。
歯を磨き、丁寧にひげをそり、眉毛を整える。 衣装は、黒のメッシュシャツの上に、ユニオンジャックのノースリーブシャツ、下は、黒のスリムデニムをはく。 それらをベースに、アクセサリー類を上下に散りばめる。 今回のギターはクリーム色のフライングV。 前回の、赤のボディーにジグザグカットのミラーをあしらったランダムスターよりはかなり地味だが、「V」の形はロックっぽくて好きだ。 次に、髪の毛をオレンジのカラースプレーで染め上げようと思ったが、予想に反して、残量が少なく、染めることができたのは一部のみとなった。 最後はメーキャップだ。 妻に借りてきたメーク道具を使うが、ルージュ以外はやり方がわからないので、適当もいいところ。 目の周りはパンダさん状態となってしまった。 大したメークはできなかったのだが、これにおもいきり時間がかかってしまった。 でもまあ、全体的に言えば、昨年よりは、派手なコスチュームに仕上がったと思う。

6時をまわり、チェックアウトのため、フロントへ向かう。 まだ、旅館内は照明も暗く、静まりかえっている。 自分はサングラスをかけてはいるが、その他のメークが施された箇所は露出しているし、イヤリングもつけたりして、誰がどう見ても、女装というかオカマに近い格好だ。 こういう格式のある旅館で、かつて、こんな姿でチェックアウトするやつなんていたんだろうか、と思いながらフロントデスクに到着する。

単に、ルームキーを返して、「ありがとうございました。 またのお越しを」 で、即座に終わる分には問題ないところなのだが、自分の場合、前夜チェックインでの前払いの際に、係りの人が、自分が予約したネット宿泊サイトのポイント還元を忘れていたようで、その分の返金処理があった。 フロントの人は、いくらか年配の紳士で、昔ながらの旅館の番頭さんみたいな雰囲気の方だ。 こっちの姿を目にしたとたん、多少、ギョッとしたかのような表情を見せたが、 「真に申し訳ありませんでした」、「この手違いは、当旅館のミスでありまして、なぜこういうことが起こってしまったかというと......、そういうわけで、....」 と、丁寧にいきさつと事後処理の内容を、珍しいもの見たさのように、チラチラと視線をこちらに向けながら説明してくれるが、受け応える声が、多少裏返っているような気がした。

無事チェックアウトも済ませ、外に出る。 なんだか少しひんやりする。 直前に見たTVの天気予報では、朝方くもりで、それからは晴天だといっていた。 朝の新鮮な空気を浴びながら気持ちよく歩き、磯部駅に着く。 駅の中はまだ誰もいない。 大会が行われる隣駅の安中まで切符を券売機で買うが、駅員さんもいない。 ま、いいかということで、改札なしでプラットフォームに進みベンチに腰掛ける。 誰もいない早朝の駅の光景もなんだか風情があっていい。 プラットフォームの屋根の内側にたくさん巣を作っているのだろうか、何匹かの雀がひっきりなしにプラットフォームに下りてきて、地面を突いばんでいる。 ここも雀のお宿だ、と思った。

発車時刻が近づくにつれ、人が集まってくる。 ほとんどが地元の中高生だ。 スポーツバッグを抱えているので、部活動の朝練習かなと思う。 そんな彼ら・彼女たちも、やはり、こちらの存在が気になって仕方がないようだ。 携帯をいじっているポーズで、時々チラリと視線をこっちに向ける。  「おはよう!」と、大きな声をかけてみると、びっくりした表情をするが、「お、おはようございます...」 と挨拶を返してくる。 自分はこういった生徒たちの素直な性格が好きである。 やがて、電車が到着し乗り込む。 昨夜チェックインした時、フロントの人が、「今日は、マラソンの宿泊客がたくさんいます」と言っていた。 だが、それらしい人はこの磯部駅からは乗ってこない。 30分から45分に1本の電車間隔なので、この大会の受付時間に間に合わせるには、この電車がベストである。 おそらく、ここの宿に宿泊していた他の参加者たちは、自分たちの車で移動するようだ。

約10分で安中駅に到着する。 ここから、大会会場へは、タクシーに乗って移動する。 駅前に降り立ち、タクシー乗り場を探すがすぐわかった。 だが、肝心のタクシーの姿は見えない。 わずかに不安を覚えるが、乗り場でそのまま待つ。 しかし、10分近く待つが、タクシーはまったく来ない。 少し先の国道へ目をやっても、タクシーを目にすることはない。 大会の案内パンフレットには、「電車で来る方は 安中駅 または 安中榛名駅 からタクシー」 と書いてあった。 純粋な自分は、それを信じて待っている。 だが、タクシーは一向に来ない。 そのうち、時刻も7時を過ぎる。 この大会の選手受付時間は7時30分までである。 だんだんというか、かなりあせりだす。 タクシー会社へじかに電話するが、全然通じない。 「ヤ・バ・イ...」。 荷物もあるので、ここから受付会場まで歩いて、または走っても間に合わない。 あいかわらず、タクシーは来る気配すらない。 「ど、ど、どうしよう。。。」  ... 最大の危機が迫っている...

侍マラソン、再び その4」 へ続く

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侍マラソン、再び。。。 その2

この旅館、古来より代々名主をつとめた旧家で、江戸時代より旅館業を営む老舗である。 自分が宿泊する 「雀のお宿 磯部館」が、「雀のお宿」と呼ばれる所以は、当時、このあたりには、うっそうと竹が生い茂っており、そのなかに佇む宿をまるで、おとぎ話の中に出てくる雀のお宿のようだ、と村人たちに言い伝えられてきたそうである。 その後、この宿に滞在した童話作家の巌谷小波の手により童話化され、今日に至ったというそうだ。 館内には雀の絵画やモニュメントなどといったものがディスプレイされており、この伝説をかもし出す雰囲気が館内にあふれている。

チェックインで落ち着いた後、せっかく温泉宿に来たんだから、という思いで、さっそく温泉に入る。 磯部温泉の歴史は古く、1783年 (天明三年) 浅間山の大噴火で、更に盛んに湧き出したと言われているらしい。 泉質は、ナトリウム、塩化物炭酸水素塩泉で、万病に効くとたたえられている。 身体を清めた後、露天風呂の温泉湯に入る。 適度な温度だ。 湯の中で、無意識にからだをなでるが、もう、ツルツル、すべすべの感触だ。 しばらく温泉と呼ばれるところには行ってなかったが、このゆったり、リラックスできるひと時は、何事にも変えがたい。 おまけに、自分が入浴した7時から8時の時間帯は、大半の宿泊客が夕食をとっている時間だったので、ほとんど貸切り状態だった。 至高のひと時を味わい温泉を出る。 身も心も、この1時間程度で、きれいさっぱり浄われて しまったような感覚だ。

さあ、この後は、豪華絢爛な夕食! といきたいところだが、自分の宿泊プランは素泊まりなので、食事は当然のことながらついていない。 ひょっとして、後付けで夕食を追加することができるかな、と思ってたずねてみるが、やはり、素材の調達などもあるわけで、NGだった。 困ったことに、ホテルなんかとは違って、館内にはレストランなどはない。 しょうがないので、磯部駅から旅館への温泉街の道のりでチェックしていた焼き鳥屋で軽く済ませる。 そして宿へ帰り、10時過ぎには床に就く。 部屋の照明を消すとほとんど真っ暗だ。 窓の外からは、かすかな虫の音が聞こえてくる。 いい眠りについけそうな雰囲気だ。。。

しかし、眠れない。 大事なレースの前夜、興奮して眠れない、というのは自分にとって良くあることだが、今回はレースというより、遊びのイベントである。 なのに、気持ちが高ぶって眠れない。 じっと目を閉じていても、明日の衣装はどういうふうにキメようか、この地点の沿道ではどんなパフォーマンスをしようか、などと次から次へと頭に浮かんでくる。 雑念を払って、寝ようとつとめるが、ダメだ。 ついに、安中市役所から碓氷峠までの20.35kmを、頭の中で走りきってしまった。

侍マラソン、再び。。。 その3」 へ続く

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侍マラソン、再び。。。 その1

今年も侍マラソン、第33回安政遠足(とおあし)侍マラソン大会に参加した。

この大会のことは、作年、初出場した時の「安政遠足侍マラソン参加記」に書いたが、群馬県安中市で開催されるこの大会は、日本でのマラソンの発祥とも言われ、歴史と伝統を誇るマラソン大会である。 市民ランナーのためのレースは、数多くあるが、それらのほとんどは、ワンウェイの準競技レースである。 しかしこの大会は、まさに、ランナーが沿道の観衆とコミュニケーションをとりながら、一体となって、楽しめる大会である。
毎年この時期は、自分の仕事の関係で、スケジュールがタイトになるため、数ヶ月前に、参加申込書を出すのは、非常にリスキーであるのだが、昨年初参加し、「この大会は何があっても出たい!」という気持ちだったので、申し込みはしておいた。

しかし、申し込みしてたにもかかわらず、開催週を勘違いしていたせいもあり、宿の手配をすっかり忘れていた。 2、3日前になって、電話をかけまくる。 「部屋ありますか?」、「ありません」、「どうも。 ガチャン」の繰り返しを何回行ったことだろう。 いい加減いやになった。 「もう今回はあきらめようかな」と思った。 ホテルの検索範囲を、安中駅周辺でなく、もっと広域で、値段の高い宿にも広げてみた。 すると、1件ヒットした。 磯部温泉にある宿で、「雀のお宿」。 偶然にも、リーズナブルな値段での素泊まりのプランがあったので、即予約した。

宿泊当日、夕刻過ぎに、宿のある磯部駅に降り立つ。 そして5分ほど歩くと、「雀のお宿」と書いた看板が見えた。 自分が想像したのは、旅館とは言っても、B級レベルの、風情のない民宿並みの宿かな、くらいにしか思っていなかった。 ところが、想像をはるかに上回る、大旅館であった。Suzume ロビーに足を踏み入れると、「いらっしゃいませ」の声とともに、2、3人の係りの人が、自分に群がってきた。 その人たちに従えられ、恐る恐るチェックインを終え、自分の部屋に入る。

侍マラソン、再び。。。その2」 へ続く

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駅伝での繰上げはとても辛いものだった...

これまでの駅伝人生で初めて 「繰上げ」というものを体験した。

過去に数十回、駅伝と名のつくレースに出場していたが、チームが繰上げを食らうことはあっても、自分が走る区間で繰り上げというのは、これまでただの一度もなかった。

それを味わったのが、1月21日に開催された埼玉県駅伝である。 74回を迎えるこの大会は、箱根駅伝の次に歴史ある駅伝競走で、一般、市町村、高校男子、一般・高校女子の各部門でそれぞれ健脚を競う。 自分のチームは、市町村の部で坂戸市陸協としてエントリーした。 任された区間は4区3.8Kである。 自分はこの大会を年間の最大目標としている。 しかし、今回は、作年11月後半からの故障で大幅に計画が狂い、結局、万全でないまま当日を迎えた。 昨年もこの4区で自チームは繰上げがあったので、少しは覚悟をしていた。 しかし、1区、2区は昨年よりレベルアップしているので、なんとか間に合うのでは、とも期待していた。

いよいよ中継所にランナーが飛び込んでくる。 まずは、途中からスタートした一般・高校女子の選手が襷をつないでいく。 そのうちに、高校男子のトップが来る。 埼玉栄高校だ。 後ろを大きく開けて、次走者に襷を渡す。 この駅伝の規則では、同時スタートの、市町村男子または高校男子のトップランナーが通過して10分で繰り上げスタートとなる。 その後も、次々とランナーが入ってくる。 自分のチームのナンバーカードがコールされるのを今か今かと待つ。 時間は刻々と経過する。 前のランナーは、今、どのあたりを走っているんだろうか。 すぐ視界に飛び込んできそうな感覚を覚えるがまだ来ない。 もう祈る気持ちである。 3分前になり、繰り上げ用の白タスキを渡される。 当たり前だが、真っ白なタスキだ。 すでに、結び目も作ってくれてある。 これが白タスキかと、現実が近づいてきたような気がして、なんともいえない気分になる。

しかし、ついに万事休す。 スタートラインに並ばされ、間髪いれず繰り上げスタート。 走りながら、「これが繰上げか...」 と自身に語りかける。 心の準備はしていたが、やはりショックは大きい。 開き直ろうと試みた結果はハイペース。 白タスキ集団を中間地点あたりまで引っ張った。 走りながら考える。 ここで繰上げなら、次もそうだろうな。 しかし、駅伝は何があるかわからない。 ひょっとすると、トップのランナーがブレーキを起こし。。。とかいった不謹慎なことも考えてしまう。 もっと、走りに集中しなければ、と雑念を振り切り走る。 そしてラスト200mで中継所が目に飛び込んでくる。 しかし、近視の自分でも、「あー、繰上げがあったな。。。」と遠くから見る雰囲気でわかる。 結局、タスキを渡す相手なしに中継所にゴールする。 タスキをもらえないで、また、タスキを渡せない。 ダブルショックだ。 出迎えに来てくれたサポートの方たちが、「ご苦労さん」とねぎらってくれるが、自分の耳には入らない。 「繰上げ」と「白タスキ」の事実のみが心の中を駆け巡る。 これが駅伝、勝負の非情さである。

我々のチームは、総合10位以内を目標に掲げていたが、結果は14位。 昨年の12位から順位を下げてしまった。 優勝チームおよび10位でフィニッシュしたチームのタイムを見てみると、追い風でコンディションの良かった昨年よりタイムが上がっている。 やはり他のチームもレベルアップしている。 わがチームも、せめて5区までは、襷を繰り上げなくつなぐことを目標にしていきたいと思う。

「第74回埼玉県駅伝総合成績.pdf」 をダウンロード

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WHITESNAKE in 東京国際フォーラム(下)

Doug Aldrichのギターソロは、アグッレッシブでトリッキーだが、なかなかツボを得たソロだった。
"Crying in the Rain"の途中からは、ドラムソロに入る。 Tommy Aldridgeは本当に鉄人だ。 意外と華奢な体から、よくあれだけパワフルなドラミングができるものだとあらためて感心した。 素手でのドラムソロなんかもエンターテイメントの要素があり、観客を決して飽きさせない。
"Ready To Rock" というタイトルの新曲も披露した。 アップテンポでノリのいいナンバーだった。 でも、ニューアルバムを作るなんて話は全然聞かない。

"Here I Go Again" の会場一体となった大合唱で終わり、メンバーがバックステージに引き上げる。 でも、他の日本公演ではやっていた、俺の好きな "Slide It In" を演らなかった。 これはすこし残念だった。

アンコールで再び雄姿を現し、"Take Me With You"、そして今回ツアーのテーマともなっている "Still Of The Night"で、約一時間半にわたったコンサートは幕を閉じた。。。

昔は、ライブ中、ずっと立ちっぱなしでも平気だったが、やはり歳をくってくるとキツイ。 コンサート終了後は、俺も Ritchie もグッタリ状態だ。
サウンドは、思った以上にデカかった。 やはり、久しぶりにこういった大音響のシャワーを浴びると、すごくリフレッシュした気分になる。 翌日も、なんだか耳の奥で残響が残っていたが、心地よい感じだった。
しかし、Davidのボーカルがいまひとつクリアーに聞こえてこなかった。 ノドの調子自体もよくなかったのか、ハイトーンでのフレーズになると、ややフラット気味であったり、オーディエンスに歌わせたりが多かった。 ギターサウンドは、左右から、Dougの音と、Leb Beachの音がはっきり識別できた。 特に、ハモル部分はクリアーに聞こえてきた。 でも、Lebがリードを取ったりする場面では、どうもレベルが小さすぎたように思う。 ドラムは相変わらずデカイ音だった。 バスドラの先に取り付けていたブースターからの音がズンズン響いた。
まあ、すべてはミキサー、PAの問題だろうが、観客席すべてのロケーションで最適なサウンドをクリエートするのは難しい。

最後に、ライティング。 ステージ平面から、おもいきりフリッキングするライトが観客席に向けて、くどいほど投げかけられた、はっきり言ってこれはNGである。 まずもって、ステージを凝視しにくいし、集中できない。 当然、盛り上げるためにやっているのだろうが、逆効果である。 また、あの照明を目に受けることで、疲労感が増幅される。 あと、よけいな心配だが、このステージを映像化するような場合、このライティングが非常に障害になるのではと思った。

今度、Whitesnakeを生で観ることができるのはいつになるのだろうか。
できれば、Davidのロックポリシーと、これまでの、HRをコアにおいてブルージーなテイストを盛り込んだサウンドを集大成させたニューアルバムを引っさげ、再度日本に来てもらいたいと願う。

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WHITESNAKE in 東京国際フォーラム(上)

昨日、東京国際フォーラムで、Whitesnakeのライブを見た。

この東京でのライブは、2週間にわたる日本公演のファイナルを締めくくるものだ。
前回、2年半前の来日時は、当日チケットを狙って行ったが、あてがハズレ非常に悲しい思いをした。(「WHITESNAKEが来日」参照) そのため、今回はしっかりと前売券を確保した。

開演30分前に会場に到着する。 待ち合わせ場所であるホールの喫煙ルームへ行くと、すでに、俺のダチのRitchieは3杯めのビールを飲みながらタバコをふかしていた。 Ritchieと会うのも、実は、前回、観損ねたコンサート以来である。 あいかわらずおしゃれで、ロックファッションが決まっている。 開場前にグッズ売り場で買った2種類のTシャツを持っていた。どちらもアルバムジャケットをデザインしたものだ。 俺も何か買いたいなと思ったが、売り場が長蛇の列なのであきらめた。

その後、自分達の座席へ移動する。 1階31列の中央よりのシートだ。 わりと観やすく、いい場所である。 席に座り、あたりを見回すが、オーディアンスは、以外と言うか、やはりと言うか、ほとんどが40代以降の年齢層である。  俺がよく行っていた20年ほど前の、HR/HM系のコンサートには、学生がかなりの数いた。 しかし、今回は見かけることがない。 このコンサートは、ナツメロライブというわけではないのだが、それを半分期待している人も多いのかなとも思う。 でも、それは俺にとっては、微笑ましく、かつ嬉しい光景でもある。 十数年の月日が流れても、Whitesnakeのロックを、生で聴きに集まってきているのである。

定刻の午後5時から約30分遅れて、いよいよコンサートが始まった。
David Coverdale のいつもの、"Here's the song for you!"の掛け声で、1曲目が始まる。 "Burn"だ。 この曲をオープニングにやることは、分かっていたが、ギターのリフを耳にすると、もう一気にテンションが上がる。 ホールの客も同じ様である。 ドラムのTommy Aldridgeが両方のスティックをクルクル回す。 この曲の攻撃性を象徴するヒステリックなまでもドラムストロークが炸裂する。 途中、"Stormbringer"に移行した後、再び "Burn"へ戻る。 観客は大喜びだ。

次に、"Guilty of Love"。 日本では非常にウケのいい曲である。 俺はこの曲は好きだし、を生で聴くのも初めてだったので、大いに満足する。 もう2曲目で、オーディエンスとの掛け合いが始まる。

その後も、新旧の曲をうまく散りばめ、ステージは進む。

WHITESNAKE in 東京国際フォーラム(下)」 へ続く。

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安政遠足侍マラソン参加記

Dscn0121_1 第三十二回安政遠足侍マラソンに参加した。

この大会のユニークさは、「侍マラソンへ申し込んだ」で紹介したが、通常のマラソン大会と違って、「仮装」が正式に認められている。 今大会も、各参加者が趣向を凝らした姿で、群馬県安中市から長野県境の碓氷峠までの中山道を、峠越えの29.17Kmの峠コースと、峠ふもとまでの20.35Kmの関所コースに、全国から集まった1352人が快走した。

これまで、こんなおもしろい大会があるなんてことは知らなかったが、過去五回出場経験のある、走り仲間のオイちゃんに誘ってもらった。 自分は、シャイで恥ずかしがり屋の性格であるが、大胆で目立ちたがり屋でもあるので、うってつけの大会だと思い二つ返事で参加した。

前日夜に宿舎に入った。 おいちゃんとしんさんがわざわざ駅まで迎えに来てくれた。 小雨が降り、肌寒い天候だったので、明日の天気が気になる。 翌日のスタート時間が午前八時なので、早めに床に着いたが寝つきが悪い。

翌朝、5時半に起き、変身の準備を始める。 自分の仮装テーマは、1980年代のハードロック/ヘビーメタル系のアーチスト。 黒で決めた衣裳に、アクセサリーを散りばめ、本物のエレクトリックギターを携える。 メークもするがグラサンをかけるのであまり関係ない。 本当は金髪に染め上げる予定だったが、長年保管していたためか、ヘアスプレーの中身が変質してしまったようでほとんど水のような液体しか出てこない。 誤算である。
6時半に参加仲間と集合し会場へ向かう。

やはりスタート前の会場の雰囲気は異様な感じだ。 基本の武者姿を筆頭に、 忍者・影武者、江戸時代の魚屋さん、籠の担ぎ手、飛脚など、江戸時代にスリップしたような衣裳から、手作りのシルバーの蓑をまとったトトロ、巨大なカップヌードルのカップをかぶった人、頭の上から爪の先までそっくりのいでたちの寅さん、大正時代の南蛮乙女、母の日にちなんで、全身カーネーション尽くめにした方など、みんなおもいおもいの衣裳でスタートを待つ。

昨夜は天候を心配したが今日は大丈夫。 早朝のうす曇から徐々に日差しが照りつけ始める。
今回一緒に走る自分の仲間の人たちの衣裳は、高校3年生を体現した、鳩山高校の制服に身をまとったおいちゃんと学ラン姿のKさん、侍姿のNさん、かぶりもののマサカズさんが仮装して出場。 また、峠コース優勝を狙うしんさん、今回応援に駆けつけてくれたUさんもいる。

そして、午前8時、スタート。仮装なしの順位を狙うランナーは早々に駆け出していく。 我々はスタート時の渋滞を待って、のんびりと走り出す。 スタートしてからの数キロは、まさに花道といっていいような感じだ。 沿道にギャラリーが途切れない。 ちびっ子からご老人までが、声援を送りながら手をたたいて、走るランナーたちを励ましてくれる。 この感激と感動はこれまで味わったことのないものだ。 自分はもう、行く先の距離は考えず、ハイテンションで、沿道の人たちにギターパフォーマンスをする。

そんな状態で、体が自然に動いたのか、パーティーをあとにし、先に向かう。
やはり気になるのは制限時間である。 ここまで、最後尾車のすぐ前を走っていたので、これはヤバイと思い始める。 自分は今回仮装して走っているといっても、マラソン大会で関門でアウトになるのは、やはり自分にとって許せない。
ギャラリーのいないところで懸命に走り、応援のあるところでパフォーマンスをして休む(?)。 関門が非常に気になる。 しかし、キロ表示がほとんどなく、自分が今何キロ地点を走っているのか、腕時計もしてなかったので、まったく分からない。 でも昨晩、おいちゃんから、キロ7分半が関門シャットアウトのペースだ、と聞いていたので、とにかく歩を進めた。

途中から国道にそった歩道を走ることになる。 ギターを抱えて走る自分を他のランナーたちが異様な目を持って見ていく。 自分はペースを上げたいが、狭い歩道の上では、抜くこともままならず。 前のランナーのペースに合わせ歩を進める。 前が抜けないままイライラ状態が長く続く。 レースと違うんだからこれもありか、と思って我慢する。
そのうちまた田舎道に入る。 自分の感覚時計では、まだゴールまですこし距離があるかなと思っていたが、神社っぽい石段をのぼり、太鼓の音がドンドン聞こえる。  「あー、ここがゴールだ」と思いきや、通過点。 でもここは単なる通過点ではなく、有名な碓氷関所跡である。 しかし、雰囲気的にも、ここがゴールだと感じたランナーはかなり多かっただろう。。。 あとすこし。 まだまだ先は続く。

この地点で、かなり疲れたこともあって、路傍に腰をおろし、後方の仲間たちを待つ。 ギャラリーもいない。 すこしさびしい。 ギターの弦もほとんどが切れてしまった。
しばらく待っても姿が見えないのでまたそのまま走リ始める。

最後の数キロは登りがつづく。 ほとんどの人は歩き状態だ。 でも頑張る。 最期の角を右折するとゴールのゲートが見えた!
疲労困憊なのだが、なんだかこのままゴールゲートをくぐるのがもったいなくて、左右の沿道の人たちに、再度ギターを構え、精一杯のアクションをした後ゴール!

その後すぐ、ゴール手前で仲間のフィニッシュを待つが、自分のゴール後30分以上待ってもまだ来ない。 「ひょっとして収容車?」と、心配になった。 そのうち風が冷たくなり体育館へ移動した。

しかし、その後、Nさんが現れ、仲間みんな無事ゴールしたとのこと。 本当に良かった。
そのあとは、皆で、大会から昼食として支給された、有名な駅弁 「峠の釜飯」を食べながらお互いの労をねぎらった。
自分の場合は、足腰はガクガク。 ギターのストラップを掛けていた左肩の皮はベロンとむけてしまい、ギターのボディが当たるお腹の皮も擦り傷だらけ。 また、走っている間ギターがバウンドしないように右手でグッと押さえつけていたせいで、手首の下が内出血。 この夜は、悲鳴をあげて風呂に入った。。。

帰路は、マサカズさんに、小川町まで車に同乗させてもらった。 マサカズさんも、一緒に関所コースを走ったので当然疲れていたと思うがとても助かった。 ありがたかった。 途中の藤岡で、楽しいイベントをやっていた。 お土産もたくさん買った。

一緒に走ったNさん、Kさん、応援のUさん、峠コースでの快走しんさん。 みんなお世話になりありがとう。
でも、もう今から考えている。 来年はどういう仮装をして走ろうか。。。

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WHITESNAKEが来日

WHITESNAKEが来日する。
彼らの、2006年ツアーオープニングとなるジャパンツアーだ。

今度こそは見たい。
今度こそはというのは、前回、確か2003年だったと思うが、WHITESNAKEの来日公演を見逃してしまったのだ。
俺の友達、Ritchieと一緒に行こうと計画していた。 でも、前売りは買わなかった。 これまで、外タレのライブに数多く足を運んで、チケット入手のノウハウに長けている、Ritchieの経験から言うと、「当日チケットで十分だから」、「むしろその方がいい席が取れることがある」ということだった。

その言葉に安心して、開演日に、当日券を狙って会場である東京国際フォーラムへ行った。 開演前の当日チケット発売に時間を合わせ、それまで、のんきに有楽町で一緒に飲んでいた。
しかし、その後、会場前で待っていても、一向に当日券を売り出す雰囲気がない。
「そろそろスタッフのにいちゃんが、当日券の束をもって来るよ」 というが、全然来ない。 そのシチュエーションのまま待つ。 公演時間はだんだん迫ってくる。 しかし、ついに待ち人来たらず。。。

結局、当日券は手に入らなかったのだ。 このあたりの事情は全く分からない。 俺もRitchieと一緒に、途方にくれた。 少なくとも、この時の公演は、フルキャパではなかったということだ。 なんだか分からないが、とにかく教訓となった。

しかし、公演のチケットが全席指定はいいとして、一律 8,000円てのはどう思う?
値段が一律というのは、関係者やコネ等での来場者を優遇、または彼らのチケット予約を優先するという施策が見え見えである。
これこそが、若年層への音楽の浸透を阻害している大要因である。
また8,000円という値段。
普通に考えてみれば分かると思うが、中高生が、1公演 8,000円も小遣いが出せるか?
純粋に音を触れ合いたい、音楽を楽しみたいと思っている学生たちから8,000円もよくもカネが取れるな。 せめて、学割というか、彼らにはディスカウント価格を提供する必要があると考える。 彼らは、未来の、ミュージックシーンをサポートしてくれるやつらだからだ。

今回のWHITESNAKEのツアーでは、昨年末の海外ツアーでも演奏したDEEP PURPLE時代の名曲、"BURN" も演ることが噂されている。
当日が待ち遠しい。 間違いなく、今回は前売りチケットを買う。

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侍マラソンへ申し込んだ

走り仲間の誘いもあって、群馬県安中市で開催される、侍マラソンへの申込みをした。

侍マラソン、正確には、安政遠足侍マラソン大会という。 遠足は「とおあし」と読む。
この仰々しいまでの名前だが、しっかりとした由来があるのだ。
安政2年(1885年)、安中藩主、板倉勝明侯は、藩士の心身鍛練の目的で、安中城内より、熊野権現まで七里あまりの中山道を走らせ、その着順を記録させた。これを、「安政遠足」といい、日本におけるマラソンのはじめとされている。

これを聞くと、なんとも、厳粛で真剣な競技が行われるような感じであるが、そうではない。
侍姿に扮したランナーや、その他思い思いの衣裳で大勢が参加する仮装マラソンといってもいいような大会なのだ。 もちろん、普通のランシャツ、ランパンのランナーもいる。
だが、この大会は仮装して走ったほうが断然楽しめそうだ。 昨年の大会の写真を見たが、仮装のレベルがみんなハンパじゃない。 とにかくすごいのだ。 よくここまでやるな、といった感じだ。
自分は、今回が初めての出場なので、仮装して走るとすると、どんな格好がいいのか今から思いをめぐらせている。 5月実施の大会なので、まだまだ日にちはあるが、雨だけは降ってほしくないな。

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高麗川ふるさと駅伝

高麗川ふるさと駅伝を走ってきた。

この大会は、平成元年にスタートし、特に、地元の中高生の実力を競う大会として開催されている。 部門は、一般男子の部、小学生女子の部・一般女子の部、小学生男子の部、の3部門に分けられ、それぞれ健脚が競われる。

自分が所属するチームも、恒例行事としてこの大会に参加しており、3位までに与えられる入賞を、過去何度か獲得している。
しかし、今年は、同日に開催される、青梅マラソンへの参加者が多く、チームが組めるかどうか心配されていた。
当日、監督を除き、なんとか7人集まり、出場可能となった。

さて、実際のレースだが、自分は、一ヶ月前の、埼玉県駅伝で燃え尽きてしまい、今後の目標もないまま、適当に練習していたのだが、1区のS君にトップでタスキをもらった。 こうなっては、恥ずかしい走りは出来ないと思い、本当は消化試合だったはずだが、目の色を変えて頑張った。 トップの順位を守り、後続への差も広げることができ、3区走者へタスキをつないだ。 その後、チームは順位を落としたものの、3位入賞ラインでゴールした。

この大会は、完全に地元密着型で、ほのぼのとして非常にいい雰囲気があり、別の意味で楽しい。
特に、小学生や中学生、また、陸上とは関係のない、野球、サッカー、バスケットなどのクラブの若い選手が、この駅伝というスポーツで一生懸命に走っている姿はとても好感が持てる。
また、チームのメンバーには、中高年の人が多く、 彼らが言うには、「この年になって、息子や娘たちと同じくらいの年齢の子供たちと一緒に走れることはとても楽しい」との声が聞かれた。 ぜひ、この大会は今後も存続してもらいたいと思う。

最後に、あまり大きな声ではいえないのだが、我がチームは、A、Bと2チーム出場した。
そろった選手が7人だが、1チーム6人編成なので、ほとんどの選手が、2度走ったことになる。。。

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