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坂戸市民スポーツフェスティバル

今日は、坂戸市民スポーツフェスティバルへ手伝いに行ってきた。

第八回を迎える今大会は、これ以上にない好天の下、各スポーツ団体等が主催するイベントやアトラクションでおおいに盛り上がった。 オープニングセレモニーでは、スポーツ表彰で、新春の箱根駅伝で9区を走り、東洋大学の総合優勝に大きく貢献した大津選手が表彰選手の代表で表彰台に立った。 来賓の挨拶の後は、山村国際高校バトン部と城西大学チアリーダー部の華麗でアクロバティックな演舞に酔いしれた。 Nec_0006

自分が所属する陸上競技協会では、「番付」と称して、50メートル走体験を提供した。 軟式野球グラウンドの芝生上であるが、正確に距離を計測し、雷管でのスタート。 おまけに、電光計時でのタイム表示。 実際の陸上競技に近いシチュエーションで走る機会は、陸上をやっている人たち以外は味わったことがないと思うので、参加者にとってはユニークな経験となったのではないかと思う。

Nec_0003_2  参加者は、小学生と中学生が多かったが、家族連れで来て、姉妹や兄弟、親子で出走するペアもあった。 最初自分は、トレンドとして、走るのが嫌いな子供が増えているというイメージがあったので、参加する人はそんなに多くはないかなと思っていたが、開始直後から大行列。 スタート時フライングをしてしまう人たちも多かったが、それでも、走っている時の真剣で懸命な表情は微笑ましかった。 また、TVでよく観るような、自分が走った後にタイム表示された電光掲示板と一緒に記念写真を撮っている人たちの光景も多く目にした。

このスポーツイベント以外でも、障がい者のためのイベント、体脂肪と血管年齢を測定してくれる健康チェックコーナー、焼きそば、おにぎり、団子等の模擬店などもあり来場者は大いに楽しめたとことと思う。 自分が手伝った、陸上競技協会の50メートル走体験は、大人気で、イベント終了の午後二時まで行列が途切れることがなかった。 この忙しさの中だったので、わずかな時間を利用してであったが、この青空の中で食べる弁当の味はまた格別だった。Nec_0008

来年もまた、ぜひ多くの人たちがこのフェスティバルに足を運んでもらいたいと思う。

最後に、坂戸陸協の役員の方々、本当にお疲れさまでした。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その6(最終回)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 より続く。

立ち止まる回数が増え、もう時計を見る余裕もない。 そのうち35kの関門が見えてくる。 沿道の応援に後押しされ、何とかチェックポイントにたどり着く。 ランナーの本能なのだろうか、こんな状態でもさらに前を追って走ろうとする。 だが、その直後、係員の手で走行を制止される。。。 ジ・エンドである。。。 関門閉鎖のタイムから遅れること13秒という結果のリタイヤであった。

すぐに、収容バスに乗り込む。 関係者の方が、自分の痛々しい走りをバスから見てくれていたようで、「足は大丈夫ですか?」 と気遣ってくれる。 そして、タオルを肩に掛けてくれる。 TVのマラソンで、ゴール後、女性の係員が選手にタオルを掛けてくれる、そんなシーンにあこがれていたが、夢と散ってしまった。 バスのシートに腰を下ろす。 先ほどの方がドリンクを持って来てくれる。 再び、「大丈夫ですか?」 。 その親切と気遣いに感謝する。

自分ではまったく想定していなかった結末であった。 出てくるのはため息ばかりだ。。。 マラソン大会には出場したが、本当の「マラソン」 の走りを経験することはできなかった。 このジレンマが自身の中で葛藤する。 バスはその後もゆっくりと進む。 途中でまた何人かの棄権者をピックアップ
していく。 やはりどの顔にも満足感はない。

収容バスがゴール地点の高知港岸壁へ到着する。 すぐに、ゴール地点で待ってくれている父の姿を探す。 フィニッシュは2時間50分前後だろうと伝えてあったので随分と心配していたのではないかと思う。 父から荷物を受け取り着替える。 父の問いかけに対し、大丈夫だと応えるが、やはり 「途中棄権」 という事実だけが自分の頭の中を駆けめぐる。Goal_w

大会本部が用意してくれたジャンボタクシーに乗り、閉会式会場へ移動する。 ここは入浴施設があり、走った後の汗を流せ、疲れを癒すことができる。 入浴後は、選手控え室で閉会式までの時間をつぶす。 サンドイッチ、バナナ、そしてドリンクの軽食も用意されている。 やがて、準備ができたとのアナウンスと共に、閉会式会場へ移動する。

Heikaishiki_w 選手が集まり、優勝者ならびに入賞選手の表彰である。優勝者は、四国電力の秋山和稔選手、タイムは2時間1825秒での初優勝であった。 2位は原田選手、3位も和田選手と、四国電力勢が3位までを占めた。 この3選手は、元日のニューイヤー駅伝でも走った実力ランナーなのでこの順位は当然の結果であるともいえる。

閉会式が終わり帰ろうとすると呼び止められた。 昨晩のパーティーでお世話になった方だ。 紙面の都合上、掲載できるかどうかわからないということであるが、取材を受けさせていただいた。 その後、足を引きづり電車に乗り、実家へ戻った。 お世話になった父に礼を言う。すると、なんと自分のことがラジオの実況中継で放送されていた! ということを聞いた。 父が、スタートでの自分の付き添い後、自宅に戻るまでのカーラジオで聴いたとのことであった。ぜひ、自分の耳で聴きたかったなと思う。

翌日は実家でのんびりと過ごす。 戦前は、マラソンレースの疲れを癒すための休日だと思っていたが、今回、いわゆる、「マラソンを走った」 とはいえない内容だったので、膝の傷み以外、ダメージは全くない。 沿道で応援してくれた友人・知人にお礼の電話やメールをする。 この日は、新聞休刊日であったので、このマラソン結果は夕刊に掲載される。

届くやいなや、高知マラソン関係の記事を探す。 第6面に大きく報道されていた。 自分は、最後尾だったので全くわからなかったのだが、新聞を読むと、上位はそのようなレース展開だったのかと知る。 さらに隅々まで見ると、なんと自分の記事が載っているではないか! レースは惨敗であったが、こういう形で取り上げていただけたことに感謝したい。 自分の知り合いからも 「見たよ!」 の声をたくさんもらった。Kiji2 

翌朝、龍馬空港行きのバスに乗る。 途中、自分がリタイアした35K地点にあるドラッグストアが目に入る。 係員に制止され、リタイヤしたシーンが鮮やかに浮かぶ。 リタイヤしたことは事実だが、あくまで、それはアクシデントとして自分に言いきかせるとともに、再度このコースでのチャレンジを誓う。

最後に、高知陸協、高知新聞、RKC高知放送の方々、その他、ボランティア含め競技・大会役員の方々には大変お世話になり、本当にありがとうございました。 過去自分が出場した大会の中でも、最高の雰囲気と最大のサポートが得られた大会だと実感しています。 リベンジという言葉は好きではありませんが、来春、この土佐路を再び走れるように頑張っていきたいと思います。 (完)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 エピローグ」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その5

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 より続く。

17K手前の野市跨線橋の上りで4人の集団がばらけ始める。 少しペースが上がっている。 上りが苦手な自分ではあるが、ここはついていくべきかどうか考える。 上りきったあとの下りで追いつけばいいと思い、無理はしない。 17.5Kの給水テーブルで今度はスポンジをとる。 スタート時よりかなり気温が上昇している感じだ。

やがて20K地点を示す看板が遠くに見えてくる。 だが、恐れていた左膝にかすかに違和感を覚え始める。 気のせいかとも思い、そのまま走る。 20Kポイントを通過する。 この大会では20K以降の各関門で制限時間が設けられている。 この20Kでは1時間30分に設定されている。 自分の計時は、1時間2431秒で、この間の5K2141秒である。 上りがあった影響で多少ラップが落ちてしまった感じだ。 自分が用意していた最初のスペシャルドリンクも無事手にする。 その後、約800メートル走ったところが折り返し点である。 しかし違和感が軽い痛みに変わってくる。 この折り返し点を通過後、一旦、立ち止まり、屈伸運動で膝を伸ばす。 そしてすぐに走り出す。 なんとなく嫌な感じがする。

このコースは毎回、不思議なことに風向きが変わる。 それも悪い方向に。 前半向かい風なので、折り返してからは追い風のはずなのだが、風向きが変わり、後半も向かい風といったパターンが多い。 自分はその風向きに関係なく走るが、その後も1Kくらいごとに立ち止まり、ストレッチと屈伸運動を繰り返す。 自分が傷めている腸脛靱帯の場合は、この靱帯を伸ばすことでわずかに痛みは軽減される。 走っているときのペースはこれまでと変わらないが、立ち止まってストレッチをする間のロスタイムが響く。 25Kポイントに達するが、5Kのラップが2424秒と大きく落ちてしまう。 だんだん、止まってストレッチをする回数が増えてくる。 後続からどんどんと抜かれていく。 筋肉痛やスタミナ切れで足にきた場合、それでも頑張れば走り続けることはできるだろうが、腸脛靱帯の場合は、部位が麻痺状態になり、そのうち激痛で足が踏み出せなくなってしまう。

こうなってしまったらもうレ-スでもマラソンでもない。 100メートルおきにストレッチのため立ち止まるというパターンだ。 自分でどういい方に考えても、完走は到底無理だと思う。 ここで、レースを止めることもできる。 だが、なぜか自らリタイアしようという考えは全く起きない。 制限時間内であれば、たとえ痛みが激しくても、前へ出たいという気持だ。

こんな状態で、30Kポイントに達する。 これほどペースダウンしても、まだ関門閉鎖まで215秒あった。 2つめのスペシャルを置いていたのだが、取ることさえも忘れ走り続ける。 やがて、最後尾を走る監察バイクが自分の背後につく。 交差点を通過するごとにバイクから、「最終ランナーです」 と交通整理員の方へ告げていく。 「そうか、自分が最下位のランナーなのか」と思う。 後ろを振り返ると、その監察車のすぐ後ろを、選手収容バスが走っている。 これまで、駅伝で区間最下位という結果を味わったことはあるが走った後の結果であった。 だが、今の自分は、最下位という現実を突きつけられている中での走りである。 前回をはるかに上回る屈辱だ。

そんな辛い走りであるが、唯一励まされるのが、沿道からの声援である。 自分が立ち止まる姿を見て、一生懸命に声援を送ってくれる。 応える余裕はないが、心の中で「ありがとう」 と返す。 また、スタートしてからこれまで、知人でも大会関係者でもないと思うが、自分の名前を呼んで応援してくれた人も何人かいた。なぜ、自分の名前を知っているのだろうと不思議に思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その6(最終回)」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その4

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その3」 から続く。

Start_wスタート後100Mほど走って左折し、メインの国道に入る。 このあたりは高知市の中心街で、休日のこの早い時間でも、応援してくれる人の数はすごい。 はりまやばし付近を通過し、日差しを浴びながらさらに足を進める。 走行路右側には、土佐電鉄の路面電車が行き交う。 電車の中から手を振って応援してくれる人もいる。 2K地点では母と妹の応援があった。 軽く手を振って通り過ぎる。 この地点で、もうかなり選手はバラけている。

Taikaisharyou_w Chiyorichou_w 今自分が走っているペースだが、なんだかとても遅いような気がする。 練習のペースのようだ。 1Kごとのチェックポイントがあれば確認できるのだが、それもないのでそのままのペースで走る。 でもまあ、トラックレースか5K程度の距離の駅伝でのスピードレースしか走っていない自分にとって、このペースは遅すぎるような感覚があるが、42.195キロを走るわけだから、こんなものかなとも思う。

やがて最初のチェックポイントである5Kを通過する。 手元の時計で2045秒。 ほぼ設定ペースどおりだ。 ペースが遅いという感覚で走っていたので、これでほっとする。 チェックポイントの150メートル先にゼネラルテーブルがあるので、最初の水分補給をする。 水とアミノバリューが入った紙コップが置かれている。 自分はアミノバリューを取る。 手袋が濡れるのがイヤなので左手だけ外す。 横から取るよりも、コップを上からつまみ上げて取るほうが失敗がないと聞いていたのでそのようにするが、やはり走りながら取るのは難しい。 TVのマラソン中継を見ていると、みんないとも簡単に取っている。 自分よりはるかに速いペースで走っているというのにすごいなと思う。 コップは取れたが、走りながら飲もうとすると、口に入っていく分より、顔にかかってしまう方が多く、うまく飲めない。

その後、後方から追ってきた3名の集団に吸収される。 追いつかれた後、ペースを上げていくのかなと思ったが、そのままのようなのでこの集団についていく。 一人で走るより、集団で走るほうがラクだ。 向かい風なので、風除けにさせてもらうばかりでは申し訳ないと皆が思っているのか、交互に集団を引っ張るような形で進む。 10Kの通過が手元のタイムで4147秒。 この5Kのラップは2101秒だ。 この10K地点は、全国高校駅伝高知県予選の2区のスタートでもある。 自分は3年時にこの2区を走った。 わずか3Kの区間だが2人に抜かれて順位を下げたことを思い出した。

30年ぶりに走るこの国道55号線沿いの光景は、新しい店舗等が建ったりしてはいるが、なぜだか昔のままのような気がする。 30年前にタイムスリップしたかのような感覚にも陥る。 やはり、自分の脳裏に高校時代に走ったこのコースが未だ鮮明に刻みこまれているからなのだろうか。 暑さはさほど感じないが、12.5キロ地点で、意識的に給水とスポンジを取る。 友人や知人が応援してくれる姿もところどころで見かけては走りながら手を振る。 やがて、15Kを通過する。 手元で1時間0250秒。10Kから15Kまでのラップが2102秒である。 ほぼ正確に目標タイムを刻んでいる。

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その3

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 から続く。

520分に起床。 昨夜は興奮していたのか、ほとんど眠れなかった。 大事なレース前夜ではたまにあることなので気にはしない。 近くのコンビニで朝食を調達するためにホテルを出る。 まだ薄暗い。 ひんやりとするが、思ったほどではない。 レース当日の朝食は、おにぎり3個、豆腐の味噌汁、それにオレンジジュースだ。完全に糖質中心の内容だ。 ポットのお湯をカップ味噌汁に注ぐ。 中に入っているわかめは取り除く。 同様に、おにぎりの海苔も取る。 レース中、もしものことがあってはいけないので、やはり消化の悪いものは避けたほうがいい。

部屋でくつろぎ、7時になって受付場所である高知新聞放送会館へ向かう。 ここで選手の一次受付が行われると同時に、スペシャルドリンクを預ける。 5Kごとのポイント地点が書かれたカゴにドリンクを入れる。 皆、目立たせるように自分と似たような細工をしている。 ちゃんと自分のスペシャルが識別できればいいがと思う。 他の選手も続々と受付を済ませ、アップを始めている。 自分もジョグを開始する。 受付場所の外には、ガラス越しに今朝の高知新聞朝刊を見ることができる。 昨日の開会式のニュースが写真入りで掲載されていた。 よく見てみると、なんと自分の姿も写っている。 Kiji_w これは幸先がよいかなとも思う。 アップは高知新聞社前や高知城周辺を走る。 ウェアの胸にナンバーカードを付けているので、すれ違う一般の人たちから、「頑張って」 と声をかけてもらう。 いよいよレースなんだなという実感があふれてくる。

アップを終え、再びホテルへ戻る。 汗を拭き、ユニフォーム姿に着替える。 このユニフォームは自分が所属するランニングクラブのもので、色がショッキングピンクである。 家族や友達たちにあらかじめ言っていたので、集団の中でもかなり見つけやすいのではと思う。 ゼリー飲料で再び糖質を補給する。 膝のテーピングを念入りに施し、今回付き添いをお願いした父の車でスタート地点である高知県庁前へ向かう。 Sutatomae1 Sutatomae2 車を降りると、大会および報道関係者であふれている。 また、スタート時刻の9時まであと20分くらいなので、ほとんどの選手がすでに集合している。 845分から最終コールである。 2組に分かれて、順番にナンバーカードがコールされる。 いつも思うが、どのレースでもこの最終コールが、自分にとって一番緊張感を覚える時である。 自分のナンバーカードが呼ばれ、胸と背のカードを審判員に見せる。 もう後には戻れないという気持がさらにピークレベルを押し上げる。

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スタート3分前の合図で、ほとんどの選手がスタート地点に移動する。背後には、高知城天守閣を眺めることができる。 Seiretsu1_w自分は最前列に来る。 ここに並んでいいものか? と思うが、昨日の開会式同様、皆、遠慮してなのか前へは並ばない。 実力選手たちのためのポジションという暗黙の了解があるのかとも思ったが、自分はずうずうしくもここに並んでしまった。スタートまでのわずかの時間で、レースペースを確認する。 今回の目標タイムは、2時間40分台に設定した。 初マラソンをなめているわけでは決してないが、膝の調子さえ悪くなければこれくらいのタイムでフィニッシュできる自信はある。前半を抑え気味に、キロ410秒程度で刻み、後半、400秒から4分を切るくらいで走るという展開を頭の中で再確認する。カウントダウンが始まり、スタート10秒前のアナウンス。 静かに目を閉じる。 一瞬、時間が止まったかのような感覚を覚える。そして号砲とともにスタート!
いよいよレースが始まった。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その2

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その1」 より続く。

4時からは開会式だ。ほとんどの選手が参加しているようだ。 前回優勝者からの優勝杯の返還とレプリカ授与、主催者、来賓の挨拶、審判長の注意事項とあって、最後は、四国電力の原田敦之選手による選手宣誓で閉会式が終わった。Kaikaishiki3_w その後は、レセプションである。立食形式のパーティーで、選手は全員参加できる。 会場内に円形のテーブルが6つくらい置かれ、ビールとウーロン茶がセットされていく。 右脇にはバイキング料理の用意がされている。

乾杯の音頭でレセプションが始まる。 Reception_w 本来なら、レース前夜なので、乾杯はウーロン茶でなければいけないかもしれないが、自分はビールにする。 乾杯の後は、皆バイキング料理に殺到する。 料理は、寿司、トマトソースのパスタ、牛肉のカルパッチョ、刺身の盛り合わせ、かつおのタタキ、シーザーズサラダなどなど、どれもおいしそうなものばかりである。だが、一瞬のうちに、料理の周りに人が群がり、列を作っているのかいないのかもよくわからない。 結局、第一陣が終わった後に、自分の分をとろうとするが、もうその時点で、料理は半分近くなくなっており、人気の高い握りずしも全部なかった。 それでも、残り物を食べるがどれもおいしいものばかりだ。 いろんな人と、普段の練習の仕方や明日のレースのことなどを歓談する。 RKC高知放送の関係者の方たちとも話をさせていただいた。 自分は高知出身で、自身初のフルマラソンに故郷のこのマラソンを選んだと話すと、「明日のラジオ実況の中でぜひ紹介させてもらう」と言っていただいた。 約1時間でレセプションが終わる。 こういった関係行事や式典に参加していると、なんだかエリートランナー気分を味わっている感じで気分がいい。 また、レースへの気分が高揚してくるのがわかる。

部屋へ戻り、明日の準備を始める。
ユニフォームにナンバーカードをつける。 ナンバーカードは3枚入っている。 2枚はユニフォームの胸と背中につけるためだと思うが、残り1枚は予備だろうか? よく大会規定を読んでみると、残り1枚はトレーニングウェアの胸に着けると書いてあった。 またこの大会では、5Kごとにスペシャルドリンクを置くことができる。 用意しておいた容器にドリンクを入れる。 自分が置くポイントは、20K30K35Kそして40K4箇所。 最初の2箇所はエネルギー補給も考慮したザバスのパウダー飲料、後半の2箇所は、スーパーヴァームを1.5倍に薄めたものにした。 あらかじめ支給された荷札にナンバーカードと設置ポイントを書き、フリルをつけたゴムワイヤーをボトルにつけて目立たせる。 果たして、各ポイントでうまくとることができるだろうかと考える。 明日の朝、起床し、スタートまでの段取りを確認し、入浴後、早めにベッドに入る。

目を閉じて、明日のレースのことを考える。

実は、不安がひとつだけある。 故障している左膝の状態だ。
昨年末の走り込みで、昔からの古傷である、
腸脛靱帯を痛めている。 このため、今大会の最終調整には失敗した形でレースを迎えることになった。 レース中に痛みが出ることはまず間違いないと思うので、できるだけ距離の後ろの方で出て欲しいと願う。
ただ、
42K走れるスタミナはまったく問題ないし、スピードにも対応できると思うので、良いほうに考えようと思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その3」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その1

羽田から飛行機に揺られ、高知龍馬空港に到着した。
今回帰省した目的は、第63回高知マラソン大会に出場するためである。高知マラソンへエントリー

出迎えに来てくれた妹の車に乗って、宿泊先のホテルを目指す。 思ったより暖かい。 だが、風が多少強い。 ここ数日、高知は暖かい日が続いているそうだ。 空港から市内を目指す道路は、この大会のコースとなっている。 ところどころに、5Kごとの距離表示看板が立っている。 もう準備は整っているようだ。

Sunrise_w_2 高知サンライズホテルに到着する。 ここは、選手の宿泊先とともに、大会開会式の会場にもなっている。 入り口には、「高知マラソン大会開会式会場」の看板が立っている。 「出場するんだな」、という気持ちになる。 チェックインを終え、すぐ調整練習に入る。ホテルから、コースの国道沿いを走る。 昨年から、一部コース変更となった40K手前の鏡川大橋の傾斜をチェックする。 40分ほどジョグし、ウィンドスプリントを多めにやって刺激を入れる。

40k_w_2 午後3時からは健康診断がある。 健康診断は前日のこの時間と、レース当日の朝にある。選手はどちらかを受診する義務がある。 検診内容は問診と血圧測定のみである。 自分は練習後だったので、血圧値がかなり高めに出てしまった。 何か言われるかなと思ったが何もなかった。

その後、レースの受付を済ませ部屋に戻る。 渡された大会プログラムにある参加者リストを見ると、申込者数は98名だ。 市民マラソン大会の参加者数から比べると、随分と少ないが、この高知マラソンは健康志向の市民マラソン大会とは違って、競技志向の強い準エリート的な大会である。 以前は、ユニバーシアードの代表選考レースとしても指定されていたこともある。 参加資格も陸連登録者に限り、さらに県外の出場者は所属陸協の承認を必要とする。 だから人数的にはこんなものかと思う。

そもそも、なぜ自分はこの大会にエントリーしたのか?
自分は中距離ランナーで、ここ
45年、ロードは駅伝中心で、距離も5K程度しか走っていない。 おまけに、過去レースとして出場した一番長い距離は10Kである。 ここまで書くと、自分のことながら、随分と無謀な挑戦のような気もする。 それも初マラソンで、このレベルの高い高知マラソンである。

だが、自分にはこの大会に出たい理由があった。
現在は埼玉に住んでいるが、出身はこの高知である。 高校時は陸上部に所属していた。 この高知マラソンのコース(昨年から一部変更になったが)は、当時も今も、全国高校駅伝県予選のコースでもある。 2年と3年時にこのコースで任された区間を走ったが、どちらもブレーキに近い走りだった。 高校卒業後はずっと関東での暮らしであるが、年に1回くらいは帰省し、空港から市内に向けて走るバスの車窓からこの道路を眺めるたびに、もう一度この思い出のコースを走りたい、との気持ちを持っていた。とは言っても、中距離選手の自分がフルマラソンなんて無理だと思いながらも、初マラソンを走ることがあれば、この高知マラソンだと心の中で決めていた。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 へ続く。

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高知マラソンへエントリー

大会本部から、第63回高知マラソンのナンバーカード連絡票と競技注意事項が送られてきた。

あと一週間後に迫ったフルマラソンである。 中距離ランナーの自分が、フルマラソンを走るというのはかなり無謀な冒険だが、このエントリー完了通知が送られてきたからには、もう後には戻れない。

注意事項を読んでみると、市民マラソン大会とは全く違って、いろんな面にわたって、手順やルールがこと細かく厳しい。 準エリート的な大会だから当然なんだろうと思うが、身が引き締まる思いだ。

調整はうまくいっていないが、もうこうなったら腹をくくるしかない。

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目の当たりに見た学生アスリートのスピード

先日、川越市民駅伝を走ってきた。Kawaeki08

この大会は、川越陸上競技場を発着とする、15.15kmを5区間でリレーする競技だ。 昨年まで我がチームは年代別の部で、4連覇という輝かしい偉業を成し遂げていたのだが、前回不覚をとって2位であった。 だが、今年は、昨年の雪辱を果たし、見事優勝に輝いた。

自分の調子は上昇気流にあるものの、まだ今の時点では、駅伝でのスピードに対応ができなかったが、ほぼ想定どおりのタイムで次走者にタスキをつなぐことができた。 1ヵ月後の埼玉県駅伝に向けて、少しは見通しが立った感じだ。

さて、今回の大会には、大東文化大学の陸上競技部が2チームオープン参加した。 大東文化大と言えば、箱根駅伝2度の連覇を成し遂げ、総合4回の優勝を誇る名門チームである。 今回出場したメンバーは、1年から3年までの選手で、箱根駅伝にエントリーされる16人とは違う部員であったが、そのスピード感は、当たり前のことだが、群を抜いていた。 自分の場合は1区を走ったが、わずか3.4K走って、2分近い差をつけられてしまった。 こういうスピード感の違いを体感できただけでも、貴重な体験だった

大会終了後、一緒に写真を撮ってもらったが、その時話した彼らは皆、本当に好青年であった。 年明けの箱根駅伝での、大東大の快走を見守りたい。

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侍マラソン、再び。。。 その5 (最終回)

相変わらず、道路沿いのギャラリーの数はすごい。 道の両脇をビッシリと固めて、熱烈な声援を参加者へ送ってくれている。 これぞ花道といった感じだ。 街並みに目をやると、「あっ、この光景覚えてる」と、昨年ここを走った記憶がよみがえる。 昨年同様、ロックパフォーマンスをしながら走る。 だが、なんだか体が思うように動かない。。。

Pennant 感覚的に、まだ4、5キロ地点だと思うが、この時点で、もう顔は、汗ダラダラ。 息も荒くなる。 昨年より走るペースが早いのかな、と思うが、後尾車がほとんどすぐ後ろを走っているので、そうでもないようだ。 昨年は、まったくもって軽快だった。 前半は、派手なギターパフォーマンスを繰り広げながら、後半も、ギターを抱えたまま、走りのペースを上げ、余裕でゴールした。

今回の自分は、少し前に骨折してた関係で、1月末から4月始め頃まで走れなかった。 ちょうど1週間前に、やっと、キロ6分ペースでようやく20キロを走れるまで回復した。 当然、走力は落ちているのは事実だが、ここまで体が動かないものか。。。 昨晩、眠れなかったのも影響しているのかもしれない。

実は、今大会の出場に際して、こんなことを考えていた。
「ロンドンブーツを履いて走る!」  これであれば、頭のてっぺんから足の先まで、ロックファッションは完璧だ。 また、おそらく、安政遠足初の、「ロンドンブーツを履いて完走した男!」の称号が与えられる、かどうかは別として、強いインパクトとなるのではないか! 去年、余裕を持って、楽々完走したわけだし、ロンドンブーツで走っても、十分にいけるだろう、と思っていた。 だが、20キロも走ると、大事なブーツが擦り減ってしまう、壊れてしまう、というセコい考えでやめにした。 でもほんと履かなくてよかった。。。

Shizenderock_2   体に鞭打ち、頑張って走る。 沿道の方たちや、すれ違っていく参加ランナーの人たちから、時々、声をかけられる。 「去年も走ってましたよね?」、「そのギター、本物なんですか?」、「プロのミュージシャンですか?」
自分のような参加者でも、人々の記憶に残る、また、印象的なイメージを持ってくれる雰囲気をつくり出すことができたことに喜びを感じる。 

ラスト数キロは、何度か、もどしそうになる。 なんとか我慢し歩を進める。 沿道から「がんばって!」の声が聞こえても、応える余裕はまったくなし。 周りの参加者の方たちからは、「大丈夫ですか?」 と気遣われる。 この沿道からや同じ参加者の声援があるからこそ、頑張ろう、という気になれる。 ゴールゲートが見えて、最後は、カラ元気で思い切りアクションしフィニッシュする。Goal

シューズチップを外し、完走記録を受け取る。 タイムは、昨年より、1時間近く遅い。 そして、昼食のお弁当をもらうが、なんと、昨年支給された「峠の釜飯」ではない。 普通のお弁当になっていた。 自分は、このレースで走った後の、ビールに次ぐ最大の楽しみは、峠の釜飯を食べることにあった。 残念だ。 その後、おいちゃんとTさんに合流し、一緒にお昼を食べる。 しかし自分は、完全に疲労困憊で、支給されたお弁当もまったく口に入らない。 ただただビールを飲みながら、体力回復を待つ(?)。

おいちゃんたちは、このゴール地点そばにある、「恵みの湯」でお風呂に入って帰るそうだ。 横川駅行きのバスが発車しそうなこともあって、その場でおいちゃんとTさんと別れる。 横川駅で、家族にリクエストされた、峠の釜飯を買いこみ列車に乗り込む。 列車内は、大会に参加した人たちであふれかえっている。 天気が良く、のどかな田園地帯を走っていると、瞬時に眠気が襲ってくる。 昨晩一睡もしていないわけだから無理もない。 帰りの八高線と東上線の車内では意識不明状態で眠りこけた。 もう少しで、自分が降りるべき駅を通り越してしまうところだった。

夕刻近く、家にたどり着くと、少し食欲が出てきた。 食べずにもって帰ったお弁当を開こうとするが、クレジットされている消費期限が15:00となっていた。 「う~ん」と考え込んだが、今日のように暑い中、スポーツバッグに入れっぱなしだったので、やめたほうがいいかなと思い、泣く泣く捨てた。

でも弁当なんかより、いろんな人のサポートに接することができたことの方がはるかに意味があった今回の安政遠足であった。 自分の状態は良くなかったけど、本当に楽しい上州路だった。 来年もぜひ参加出来ればな、と思う。

最後に、おいちゃん、Tさん、Tさん、GOOFY、Stray Boysのメンバーの方々、その他everybody。
Thanks to all!

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