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川越小江戸マラソン

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昨日、川越小江戸マラソンが開催された。

大会が行われるの埼玉県川越市は、県南西部に位置し、人口約34万人。 江戸時代には川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」の別名を持ち、神社や蔵造りの街並みなどの歴史的建造物が多く存在する。 また、昨年、NHKの連続朝ドラマ「つばさ」の舞台にもなった場所でもあり、知名度は上昇中である。

その川越で開催されるマラソン大会。 実は、過去に1回だけあった。 15年くらい前に行われたのだが、なぜかそれっきりで終わっている。 なので「小江戸川越マラソン」と称して開催される大会は今回が初めてなのだが、その大会のことがあるせいか、「第1回」という名称はこの大会には付けられていない。 ちょっと残念だ。

コースは川越水上公園を発着するコースで、ハーフ、10K、ファンラン(4K)の種目がある。 この大会の最大の魅力は、川越が誇る、蔵造りの街並みがマラソンコースに組み込まれていることである。 その街並みを眺めながら走るのは最高だろうなと思う。

ゲストランナーもこの大会にふさわしい有名なアスリートたちである。 谷川真理、早川英里、そしてダンカンである。 東洋大学陸上部からも10名が招待選手として走ることになっている。 その中には、昨年の箱根駅伝優勝メンバーが数人いたり、今ブレイク中(?)の設楽兄弟もいる。 なんとも豪華なゲスト・招待選手の面々である。

大会当日の朝、同じ大会役員をするSさん夫妻の車に乗せてもらい6時に会場である川越水上公園へ到着する。 朝日が昇りかけ始めたころで、まだあたりは暗い。 その中でも、何人かのスタッフは忙しそうに動き回っている。 ミーティングの後、バスに乗って各自の持ち場へ移動する。自分の持ち場と業務は、5Kポストでの監察業務である。 すでに走路部会の方たちが、準備を始めている。 本格的な準備は、道路が封鎖される8時からなので、その間に、コーンやパイロンの設置場所などの確認をする。Cimg4313 

8時になり、走路の準備を始める。 チームワークよろしく準備があっという間に完成する。 あとは、先頭の到着を待つのみである。 だんだん沿道にギャラリーが集まってくる。 スタッフジャケットを着ている自分に、いろいろと質問してくる。 「ここを通過するのは何時頃か」、「ゲストランナーは誰ですか」、「制限時間はあるんですか」 などいろいろだ。Cimg4317 

9時15分、ハーフ種目のランナーが先導バイクのあとに通過する。 東洋大の千葉選手と設楽(どっちだかわからない)選手が並走し、目の前を通り過ぎていく。 その10数秒あとに、東洋大選手の集団が過ぎていく。 彼らのユニフォームは、箱根駅伝などの大会で見かける鉄紺カラーではなく、白地に黒いロゴのユニフォームだ。

しばらくして、谷川真理が目の前を通り過ぎる。 ピンクを基調としたシャツとランパンに、アームウォーマーと膝タイツを着用している。 やはり谷川選手の走っている姿はオーラが出ているとともに、華があると感じる。 その後、しばらくしてからは、どんどん走ってくる選手が増えていく。 人の波がどどっと押し寄せるような感じである。 もうランナーの波、波、嵐、嵐。 道幅もそれほど広くないので、やや渋滞気味である。 いつになったら途切れるのかと思うほどたくさんの選手たちが走って(歩いて?)くる。

女性ランナーのおしゃれなことに感動する。 なんと言っても、ランニングギアがおしゃれである。 ランニングブームに乗って、各メーカーからたくさんのアパレルが出されているのだろうが、自分に合ったウェアの選択や着こなしが素晴らしいのである。 ギア以外で身につけるアクセサリーや小物でも、さりげなく自己主張している。 すべての女性ランナーがとても輝いて見えた。 それに比べると、男性ランナーは、まだまだ負けている。。。Cimg4321_2

その後の10Kレースでの先頭グループが通過した後、ファンランの部ゴールである川越市役所前へ移動する。 ここで、ファンランランナーのゴールへの誘導と、それ以外の選手のコース振り分けを行う。 相変わらず、途切れることなく選手が走ってくる。 ゼッケンの色の違いに注意し、ファンランの選手をゴールへ誘導する。 やはり、ファンランの選手は、表情も険しくなく  余裕もある。 ペアで走っているので、ゴールでは笑顔もある。 こういう楽しみ方ができるのも、マラソン大会の魅力の一つであると思う。

無事自分の業務を終え、会場へ戻る。 表彰式が行われている。 自分のチームメンバーも年代別の種目で多数の入賞者を出した。 嬉しい限りである。 表彰式では、ゲストのダンカンもプレゼンテーターとして参加し、絶妙のトークで会場を盛り上げている。 その光景を見ながら、大きなトラブルもなく、大会が終わろうとしている状況にホッとするとともに、全国から参加してくれたランナーの人たちは、この川越の街を楽しんでくれたかなと願う。 この素晴らしい大会をサポート出来たことは、自分にとっても喜びであり、また来年、ぜひお手伝いさせてもらおうと思う。

最後に、同乗させてもらったSさん夫妻、WGM関連の役員の方々、本当にお疲れさまでした。

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やっと出会えた消炎鎮痛剤

この7、8月もこれまでと変わらず、走れない苦しい日々が続いた。
この膝の痛みはなぜ消えない、なぜ良くならない。 あの瀬古利彦さんが膝の故障で苦しんでいた1982年頃にこういうことを言っていた。 「この膝をえぐってどうなっているのか見てみたい」。 自分も同じような心境になってくる。 もうこの歳だし、陸上人生も終わりかなとの思いもよぎる。

これまで、医師の処方のもといくつかの薬を試してみたが、どれも決定打となるには至らなかった。 内服用の鎮痛剤は別として、外用の塗布薬はほとんどが、インドメタシンやフェルビナクを配合したもので、あまり即効性はなく、継続利用で症状が改善される薬である。 そんな中、職場の同僚の先生にある薬を紹介してもらった。

「糾励根(キウレイコン)」という名の、自然の生薬を主成分とした粉末の外用塗布薬である。 特長としては、漢方薬品であることと、薬が粉末状ということである。 用法は、薬の粉末を水で溶き、患部に塗るというやり方である。

先週、キロ4分半で60分走を行った。 40分過ぎに、膝に痛みが出たがメニューはこなした。 この膝の状況では、いつものように中2、3日完全休養しなければ練習を再開することができなかった。 だが、この練習直後、この「糾励根」を試してみた。 薬を水で溶いて痛むところに塗るという 江戸時代的なやり方(おおげさか?)なので、少々めんどうくさい。 塗ってしばらく経つと、その部分が熱を帯びてくる。 これがけっこう熱い。 火傷するんじゃないかというくらいの熱の持ちようである。 あとで知ったが、熱すぎる場合、小麦粉を少し加えるとよいらしい。 だが、これが効き目なのかなとも思う。 効いてくれるかなと願う。

翌朝、薬を塗ったシートをはがす。 そして、膝を動かしてみるが、痛みを感じない。 走れそうな感覚がある。 ストレッチを十分に行い、ロードへ出る。 若干の違和感はあるが、走りを妨げるほどではない。 ペースを抑えつつ60分ジョグを終えた。 膝は問題ない感じだ。 これまで苦労していた膝の痛みは何だったんだろうという気持である。 自分のフォームや練習内容などチェックすべき点はあるが、糾励根を知ったということはとても大きい。

この薬を紹介していただいた先生は、以前、野球部顧問の時代に、肩を痛めた投手にこの薬を与えてあげたところ、肩の痛みが消え、連投に耐えることができたという体験やその他多くの事例を持ってらっしゃる。 この糾励根は、炎症以外にも、神経痛、腰痛、肩こりなどの症状にも有効である。 製造販売元は株式会社 霜鳥研究所で、自分は川口のタカギ薬局で入手できた。 残念ながらどの薬局・薬店でも売っているわけではないが、ネットでも購入できるようである。 ぜひ多くのアスリートに知って欲しいと思う。

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惨敗だった埼玉駅伝

昨日、第77回埼玉県駅伝競走大会が開催された。
わがチームは昨年より順位こそひとつ上げたが、タイムは2分近くも遅かった。 自分の走りも昨年より30秒以上遅いという大失態であった。

自身のラップが信じられないタイムを刻んでいた。
1K - 3'26、2K - 4'05、3K - 3'20、2K - 3'30 という推移であった。 なんと1Kから2Kまで4分05秒もかかってしまっている。 これはレースではありえないというか、考えられないほど遅いペースである。 自分が走った区間は4Kなので、中間地点の看板でウォッチを確認した時、走りながら思わず 「ウソだろ ...」 と発してしまった。

中間地点少し手前から、同じ色のナンバーカードの選手とデッドヒートを展開していたこともあって、それ以降は自分にとってのペースで中継所へタスキを運んだ。 しかし、キロ4分もかかってしまったという事実。 考えられる原因はひとつ。 昨年は自分の陸上人生の中でももっともタフな1年であった。 相次ぐ故障でまともに練習ができず、今回はスピードトレーニング無しで、ジョグのみで最低限のレベルへの到達を目標に練習し調整せざるを得なかった。 そのため大会へもほとんど出ることができず、レースペースがどれくらいのものであるかという感覚が大きく鈍化していたせいであると考える。 何度も言うが、キロ4分を超えるペースというのはあってはならないことである。 そのペースの遅さを走りながら感じることができず、すぐに修正できなかった自分は本当に情けないと思ってしまった。

今回の失敗を繰り返さないためにも早く故障を治し、走りのリズム、ペース、そしてレース感覚を取り戻していきたい。
やはり駅伝を甘く見てはいけないと痛感した。77saitamaekiden

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奥むさし駅伝不参加

自チームの今年の奥むさし駅伝への不参加が決定された。 出場選手そして彼らをサポートできる必要最小限の人数を確保できなかったことが理由である。 やはり駅伝では走る選手だけではなくその選手たちをサポートとケアする付き添いの人が必須となる。 この駅伝は何年か前に交通事情の関係で一時中止となり、その数年後に復活した大会である。

チーム発足以来、十数年続けて出場してきた大会である。 連続出場が断たれるということは大変残念であるとともに、この駅伝を走りたいために準備してきた自分にとってもショックであった。 昨年の大会では、箱根駅伝初優勝を果たした東洋大学の箱根を走ったメンバーがいくつかのチームで多数エントリーされていたこともあり大いに盛り上がった。

以前は、この駅伝に自分たちは5チームを配していたこともあった。 だが復活後のレース規則ではその道路事情があるせいか、後半区間の中継所での制限タイムが厳しくなり、繰上げスタートが続出した。 自分のチームのランナーもそれを何度となく味わった。 こういった体験も、このクラブには多数いるファンラン志向のランナーにはストレスに感じたのかもしれない。 ファンラン志向とレースラン志向のランナー両方を満たすことのできる駅伝大会があればベストであるのだが。

この駅伝でのもう一つの楽しみがあった。 「ぬまうどん」での食事だ。 (「うどん マイブーム!」 参照)  いつも走り終えたあと、東飯能駅前に集合し、反省会会場である 「ぬまうどん」へ向かう。 その途中で、今日のレースの感想や反省をお互い話す。 語りきれなかったことを、ぬまうどんのお店で話す。 レース後の軽い慰労とコミュニケーションをおいしいうどんで共有できる場がこのぬまうどんであったが今年はそこで食べられないとなると本当に意気消沈してしまう。

ぜひ来年はこの奥むさし駅伝でチームとして復活出場したいと思う。

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佐々木 なでしこジャパン監督の話から得たもの

先日、佐々木則夫氏の講演を傍聴させていただく機会があった。

佐々木氏は、日本代表女子サッカーチーム、「なでしこジャパン」の監督として、北京オリンピックで日本サッカーを40年ぶりにベスト4という快挙へ導いた指導者である。 こんな輝かしい実績を誇る佐々木氏であるが、過去には志望校に入学できなかったとか、勤務先でサッカー部が廃部になるなど順風満帆では決してなかった人生であったらしい。

そんな佐々木氏の講演でいくつかヒントになることがあった。

1つめは、自分の人生についての設計というか計画をしっかり立てているということであった。 人生の各ポイントで、自分はこうなっている、こうしている、そしてこうチームや社会に貢献している。 これらの具体的なビジョンをしっかりと思い描くことが重要とのことであった。

2つめは、結果を恐れず挑戦する気持が大事だということであった。 このことは、北京五輪だったかその予選だったか忘れてしまったが、格下のニュージーランドチームに前半を終わって2-0で負けていた。 ハーフタイムのミーティングで佐々木氏の指示は、「ミスを恐れずに攻めるサッカーをしろ」 であった。 そして後半、選手達は本来の攻撃のリズムが戻り、2-2でゲームを終えた。

3つめは、自らが指導するチームにおいて、そのチームの目標と本来あるべき姿とを融合させ、さらにそれを実行していく努力を行っていることであった。 単に、競技面だけではなく、普段の練習や生活においても、「なでしこジャパン」 らしさを常に意識して実践していくことであった。 ちなみに 「なでしこ」 らしさとは、次の4つであった。

1.ひたむきさ  2.芯が強い  3.明るい  4.礼儀正しい

Cimg2573 最後に、佐々木氏のこの言葉にも教えられた。
コーチが自ら学ぶことをしなければコーチの資格はない、とおっしゃっていたことだ。 選手が血のにじむような努力をし、絶えず自らのパフォーマンスを向上させるために頑張っている。 こういった選手をさらにサポートしていくために、そしてより効率的・効果的な指導が行えるよう指導者自ら日々の研鑽が必要であるということであった。 選手は監督やコーチの言動に非常に敏感である。 マンネリ化やブレがないような指導を、これまでにも増して心がけなければいけないと感じた佐々木氏の講演であった。

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痛みの原因はフォームにあり

相変わらず膝の痛みに悩まされている。 1、2日休養すれば痛みはおさまるが長い距離を走るとやはり同じ痛みが出る。 痛みが出たときには練習をやめ、普段の練習後のケアも十分にしているし、膝周囲を鍛えるための筋トレも行っている。 なのにこの痛みの繰り返し。 一体どうすればいいのか? と誰にでもなく問いかけたくなる心境であった。

そんな中、今日クラブの練習会で大先輩のSさんに貴重なアドバイスをもらった。 Sさんも自分と同じく腸脛靭帯の痛みに悩まされていることのことであった。 そのアドバイスとは、自分のランニングフォームが膝に負担をかけているのではないかという事であった。 その自分のフォームの問題点とは、上体が前かがみ気味で、肩から上が前方に突き出している。 また、腕がほとんど振れてないと同時に、左右に流れている。 そして、腰が落ちている。

腕の振りに関しては、自分でも上手くできてないとの認識があったが、上体のポジションと腰高のフォームがとれていないということは全く気がつかなかった。 Sさんによると、そのような乱れたフォームは体軸のバランスが崩れることで膝に負担をかけることになるとのことであった。 自分の走りは、典型的なアンダー・プロネーションである。 この着地だと、指摘された3つのポイントを矯正することなく走り続けることで膝へのダメージが増してしまうことは明らかである。 過去、それを修正するためにピッチ走法に変えようとしたり、シューズやシューズサポートを厳選したりしていたが、結局アンダー・プロネーションの着地はなおらなかった。 それほど、ランニングフォームに対しての意識はなかったということでもある。

今日の20キロ走では、Sさんのアドバイスをもとに自分のフォームに意識を集中させて走った。 ポイントは3つ。 まず、上体が前かがみにならないように両肩をしっかり前に出すような走りをする。 2つめは、腕を前ではなく後ろに振ることを心がける。 そして最後は、腰が落ちたフォームにならないように骨盤の向きと丹田を意識した走りである。

実際の今日の走りであったが、普段は早ければ、10キロで痛みが出ることもある。 だが今日は18キロを過ぎてスタミナがなくなってフォームが乱れてきたこともあり、痛みが出てきたが何となくSさんのいうポイントがつかめてきたかのような気がしたる。 これからの練習でも、今回教わったランニングフォームを意識した走りをしていこうと思う。

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久しぶりのスピード練習

故障復活後、そこそこ走れるようになった今日、東洋大でスピード練習を行った。

スピード練習にも内容や距離により様々なバリエーションがあるが、今日のメニューは 1000m× 5本のインターバル・トレーニングだった。

スピード練習は、やり方によっては練習効果が最大になるが、それを間違えてしまうと、効果は半減する。 ポイントは、ペース管理である。 スピード練習はレースに即した練習という位置付けなので、レースを想定したペース維持がキーになる。 今日の 1000m× 5本の練習に例えると、1本めはやや抑えて入り、2、3本はペースを上げて、4本めがわずかに落ちても、ラスト5本めで、再びペースを上げて気持ちよく終える、というのが理想的かつ最大効果を得る走り方である。 だが、そのペース管理を間違ってしまうと、たとえ練習をこなしたとしても効果は薄く、かつ身体にダメージが残る結果となってしまう。 なので、スピード練習は、こういった意義や効果をしっかりと伝え、コーチする必要があると考える。

一方、今日の自分はどうだったかというと、3本目の途中でリタイヤしてしまった。 練習前は、ゆっくりでも5本を走りきることを目標に、ペースを抑えて走ろうと考えていたが、まったくそれができなかった。

リタイヤの原因は2つある。 まずは、やはり1本めが速いペースで入りすぎたことだ。 そして第2の原因は、その 「速いペースを速い」 と認識・修正できなかったことである。 やはり、ペース感覚や反応がまだまだ戻っていないということが分かった今日のスピード練習であった。

自分が目標にする駅伝シーズンにはまだまだ月日があるので、あわてず落ち着いて調子をもどしていきたいと思う。

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五十肩(?)に悩む

足の故障の影響もほとんどなくなり (「4ヶ月ぶりの20キロ走」参照)、安定的練習に向かいつつある今日だが、足とはまったく違う箇所の痛みにも悩まされている。

それは左肩の痛みである。
肩と言うよりは上腕部の痛みである。 普段は痛みを感じないのだが、腕を真横に平行に上げたり、後ろに回したりすると激痛が走る。 こうなると、日常生活にも、多少支障が生じる。 一番苦痛を感じるのは、ジャケットに袖を通すときである。 走った後のTシャツを脱ぐ時も、痛みをこらえながらである。 夜寝る時も、左肩を下にしては寝られない。 また、腕立て伏せや、手を頭の後ろに回して行う腹筋や背筋のトレーニングにも支障がある。

色々調べてみた結果、どうもこの肩の痛みは、四十肩や五十肩と呼ばれる症状らしい。 少なくとも加齢に伴って起こる現象で、肩の関節をとりまく腱の組織に老化現象が起こることによって発症するとのことである。 加齢はしょうがないが、考えてみると、この満足に走れなかった4ヵ月半の時期、柔軟体操やストレッチの類はほとんどやらなかった。 これが、肩周囲の柔軟性を失い、痛みを悪化させた原因のひとつかもしれない。

実は、この五十肩(?)が自身のランニングに大きく影響を及ぼしている。 何故、肩の痛みがランニングに影響? というところであるが、それは、走るときに腕が十分に振れないことである。 キロ5~6分程度のジョグであればさほど問題はないが、それを超えるペースでのランニングやスプリント走になると、腕が痛く十分に振れず、パフォーマンスに影響が出てしまう。 全くもってやっかいな五十肩である。 だが、本当に五十肩なのかどうか分からないので、早く専門医に受診し、回復指示を仰がねばと思う。

いずれにしても、年齢が自分の陸上人生に影響を及ぼしつつあるということは、しっかりと自覚しなければいけないと考える今日この頃である。

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4ヶ月ぶりの20キロ走

今日、久しぶりにクラブの練習に顔を出し、20Kを走った。

2月に初めてフルマラソンを走って以来、その時のダメージによる故障に悩まされ続けて以来だったので、4ヶ月半ぶりであった。(「フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その1」参照)

右ひざが腸脛靱帯、左ひざが膝外靱帯というダブルひざショックであった。 この期間、痛みが治まって練習を開始する。 ところがまた同じ箇所に痛みが出る。 少し休養した後、練習を再開する。 この繰り返しの4ヶ月半であった。 右ひざは持病のようなものだったので、さほど気にかけなかったが、左ひざの膝外靱帯は初めて痛めた部位で、付き合い方が分からなかったことなどもあり回復に大いに時間がかかった。

7月に入って、走っても痛みも出なくなり、1時間程度のジョグならこなせるようになったこともあり、今日20K走をクラブの仲間と行った。 だが、快適に走れていたのは最初の30分くらいまで。 キロ5分ペースを超えるともう足が重くなり、呼吸も苦しくなる。 走りもガクガクして、フォームがバラバラなのが自分でも分かる。 結局、20キロを走りきるのに、なんと2時間5分もかかってしまった。 膝の痛みはどうだったかというと、残り5キロで少し痛みが出たが、これは想定内だったので対応できた。 しかし、いくら脚筋力と心肺機能が落ちているとはいえ、こんな走りしかできなかったのは情けない。

加齢により身体の退行変性がとっくに始まっている年齢だが、いつまでも昔のままの体力と回復力であるという思い込みや錯覚でついつい練習をこなしてしまう。 やはりこれがよくない。 常日頃、身体のケアは意識して行っているつもりだが、自身の年齢に応じたケアを行っていたかどうかというとそうではなかったかもしれない。 あせることなく、体からの声を素直に聞きながら、体調優先でしばらくはリカバリーに努めたい。

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坂戸市民スポーツフェスティバル

今日は、坂戸市民スポーツフェスティバルへ手伝いに行ってきた。

第八回を迎える今大会は、これ以上にない好天の下、各スポーツ団体等が主催するイベントやアトラクションでおおいに盛り上がった。 オープニングセレモニーでは、スポーツ表彰で、新春の箱根駅伝で9区を走り、東洋大学の総合優勝に大きく貢献した大津選手が表彰選手の代表で表彰台に立った。 来賓の挨拶の後は、山村国際高校バトン部と城西大学チアリーダー部の華麗でアクロバティックな演舞に酔いしれた。 Nec_0006

自分が所属する陸上競技協会では、「番付」と称して、50メートル走体験を提供した。 軟式野球グラウンドの芝生上であるが、正確に距離を計測し、雷管でのスタート。 おまけに、電光計時でのタイム表示。 実際の陸上競技に近いシチュエーションで走る機会は、陸上をやっている人たち以外は味わったことがないと思うので、参加者にとってはユニークな経験となったのではないかと思う。

Nec_0003_2  参加者は、小学生と中学生が多かったが、家族連れで来て、姉妹や兄弟、親子で出走するペアもあった。 最初自分は、トレンドとして、走るのが嫌いな子供が増えているというイメージがあったので、参加する人はそんなに多くはないかなと思っていたが、開始直後から大行列。 スタート時フライングをしてしまう人たちも多かったが、それでも、走っている時の真剣で懸命な表情は微笑ましかった。 また、TVでよく観るような、自分が走った後にタイム表示された電光掲示板と一緒に記念写真を撮っている人たちの光景も多く目にした。

このスポーツイベント以外でも、障がい者のためのイベント、体脂肪と血管年齢を測定してくれる健康チェックコーナー、焼きそば、おにぎり、団子等の模擬店などもあり来場者は大いに楽しめたとことと思う。 自分が手伝った、陸上競技協会の50メートル走体験は、大人気で、イベント終了の午後二時まで行列が途切れることがなかった。 この忙しさの中だったので、わずかな時間を利用してであったが、この青空の中で食べる弁当の味はまた格別だった。Nec_0008

来年もまた、ぜひ多くの人たちがこのフェスティバルに足を運んでもらいたいと思う。

最後に、坂戸陸協の役員の方々、本当にお疲れさまでした。

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