カテゴリー「スポーツ」の記事

佐々木 なでしこジャパン監督の話から得たもの

先日、佐々木則夫氏の講演を傍聴させていただく機会があった。

佐々木氏は、日本代表女子サッカーチーム、「なでしこジャパン」の監督として、北京オリンピックで日本サッカーを40年ぶりにベスト4という快挙へ導いた指導者である。 こんな輝かしい実績を誇る佐々木氏であるが、過去には志望校に入学できなかったとか、勤務先でサッカー部が廃部になるなど順風満帆では決してなかった人生であったらしい。

そんな佐々木氏の講演でいくつかヒントになることがあった。

1つめは、自分の人生についての設計というか計画をしっかり立てているということであった。 人生の各ポイントで、自分はこうなっている、こうしている、そしてこうチームや社会に貢献している。 これらの具体的なビジョンをしっかりと思い描くことが重要とのことであった。

2つめは、結果を恐れず挑戦する気持が大事だということであった。 このことは、北京五輪だったかその予選だったか忘れてしまったが、格下のニュージーランドチームに前半を終わって2-0で負けていた。 ハーフタイムのミーティングで佐々木氏の指示は、「ミスを恐れずに攻めるサッカーをしろ」 であった。 そして後半、選手達は本来の攻撃のリズムが戻り、2-2でゲームを終えた。

3つめは、自らが指導するチームにおいて、そのチームの目標と本来あるべき姿とを融合させ、さらにそれを実行していく努力を行っていることであった。 単に、競技面だけではなく、普段の練習や生活においても、「なでしこジャパン」 らしさを常に意識して実践していくことであった。 ちなみに 「なでしこ」 らしさとは、次の4つであった。

1.ひたむきさ  2.芯が強い  3.明るい  4.礼儀正しい

Cimg2573 最後に、佐々木氏のこの言葉にも教えられた。
コーチが自ら学ぶことをしなければコーチの資格はない、とおっしゃっていたことだ。 選手が血のにじむような努力をし、絶えず自らのパフォーマンスを向上させるために頑張っている。 こういった選手をさらにサポートしていくために、そしてより効率的・効果的な指導が行えるよう指導者自ら日々の研鑽が必要であるということであった。 選手は監督やコーチの言動に非常に敏感である。 マンネリ化やブレがないような指導を、これまでにも増して心がけなければいけないと感じた佐々木氏の講演であった。

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痛みの原因はフォームにあり

相変わらず膝の痛みに悩まされている。 1、2日休養すれば痛みはおさまるが長い距離を走るとやはり同じ痛みが出る。 痛みが出たときには練習をやめ、普段の練習後のケアも十分にしているし、膝周囲を鍛えるための筋トレも行っている。 なのにこの痛みの繰り返し。 一体どうすればいいのか? と誰にでもなく問いかけたくなる心境であった。

そんな中、今日クラブの練習会で大先輩のSさんに貴重なアドバイスをもらった。 Sさんも自分と同じく腸脛靭帯の痛みに悩まされていることのことであった。 そのアドバイスとは、自分のランニングフォームが膝に負担をかけているのではないかという事であった。 その自分のフォームの問題点とは、上体が前かがみ気味で、肩から上が前方に突き出している。 また、腕がほとんど振れてないと同時に、左右に流れている。 そして、腰が落ちている。

腕の振りに関しては、自分でも上手くできてないとの認識があったが、上体のポジションと腰高のフォームがとれていないということは全く気がつかなかった。 Sさんによると、そのような乱れたフォームは体軸のバランスが崩れることで膝に負担をかけることになるとのことであった。 自分の走りは、典型的なアンダー・プロネーションである。 この着地だと、指摘された3つのポイントを矯正することなく走り続けることで膝へのダメージが増してしまうことは明らかである。 過去、それを修正するためにピッチ走法に変えようとしたり、シューズやシューズサポートを厳選したりしていたが、結局アンダー・プロネーションの着地はなおらなかった。 それほど、ランニングフォームに対しての意識はなかったということでもある。

今日の20キロ走では、Sさんのアドバイスをもとに自分のフォームに意識を集中させて走った。 ポイントは3つ。 まず、上体が前かがみにならないように両肩をしっかり前に出すような走りをする。 2つめは、腕を前ではなく後ろに振ることを心がける。 そして最後は、腰が落ちたフォームにならないように骨盤の向きと丹田を意識した走りである。

実際の今日の走りであったが、普段は早ければ、10キロで痛みが出ることもある。 だが今日は18キロを過ぎてスタミナがなくなってフォームが乱れてきたこともあり、痛みが出てきたが何となくSさんのいうポイントがつかめてきたかのような気がしたる。 これからの練習でも、今回教わったランニングフォームを意識した走りをしていこうと思う。

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久しぶりのスピード練習

故障復活後、そこそこ走れるようになった今日、東洋大でスピード練習を行った。

スピード練習にも内容や距離により様々なバリエーションがあるが、今日のメニューは 1000m× 5本のインターバル・トレーニングだった。

スピード練習は、やり方によっては練習効果が最大になるが、それを間違えてしまうと、効果は半減する。 ポイントは、ペース管理である。 スピード練習はレースに即した練習という位置付けなので、レースを想定したペース維持がキーになる。 今日の 1000m× 5本の練習に例えると、1本めはやや抑えて入り、2、3本はペースを上げて、4本めがわずかに落ちても、ラスト5本めで、再びペースを上げて気持ちよく終える、というのが理想的かつ最大効果を得る走り方である。 だが、そのペース管理を間違ってしまうと、たとえ練習をこなしたとしても効果は薄く、かつ身体にダメージが残る結果となってしまう。 なので、スピード練習は、こういった意義や効果をしっかりと伝え、コーチする必要があると考える。

一方、今日の自分はどうだったかというと、3本目の途中でリタイヤしてしまった。 練習前は、ゆっくりでも5本を走りきることを目標に、ペースを抑えて走ろうと考えていたが、まったくそれができなかった。

リタイヤの原因は2つある。 まずは、やはり1本めが速いペースで入りすぎたことだ。 そして第2の原因は、その 「速いペースを速い」 と認識・修正できなかったことである。 やはり、ペース感覚や反応がまだまだ戻っていないということが分かった今日のスピード練習であった。

自分が目標にする駅伝シーズンにはまだまだ月日があるので、あわてず落ち着いて調子をもどしていきたいと思う。

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五十肩(?)に悩む

足の故障の影響もほとんどなくなり (「4ヶ月ぶりの20キロ走」参照)、安定的練習に向かいつつある今日だが、足とはまったく違う箇所の痛みにも悩まされている。

それは左肩の痛みである。
肩と言うよりは上腕部の痛みである。 普段は痛みを感じないのだが、腕を真横に平行に上げたり、後ろに回したりすると激痛が走る。 こうなると、日常生活にも、多少支障が生じる。 一番苦痛を感じるのは、ジャケットに袖を通すときである。 走った後のTシャツを脱ぐ時も、痛みをこらえながらである。 夜寝る時も、左肩を下にしては寝られない。 また、腕立て伏せや、手を頭の後ろに回して行う腹筋や背筋のトレーニングにも支障がある。

色々調べてみた結果、どうもこの肩の痛みは、四十肩や五十肩と呼ばれる症状らしい。 少なくとも加齢に伴って起こる現象で、肩の関節をとりまく腱の組織に老化現象が起こることによって発症するとのことである。 加齢はしょうがないが、考えてみると、この満足に走れなかった4ヵ月半の時期、柔軟体操やストレッチの類はほとんどやらなかった。 これが、肩周囲の柔軟性を失い、痛みを悪化させた原因のひとつかもしれない。

実は、この五十肩(?)が自身のランニングに大きく影響を及ぼしている。 何故、肩の痛みがランニングに影響? というところであるが、それは、走るときに腕が十分に振れないことである。 キロ5~6分程度のジョグであればさほど問題はないが、それを超えるペースでのランニングやスプリント走になると、腕が痛く十分に振れず、パフォーマンスに影響が出てしまう。 全くもってやっかいな五十肩である。 だが、本当に五十肩なのかどうか分からないので、早く専門医に受診し、回復指示を仰がねばと思う。

いずれにしても、年齢が自分の陸上人生に影響を及ぼしつつあるということは、しっかりと自覚しなければいけないと考える今日この頃である。

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4ヶ月ぶりの20キロ走

今日、久しぶりにクラブの練習に顔を出し、20Kを走った。

2月に初めてフルマラソンを走って以来、その時のダメージによる故障に悩まされ続けて以来だったので、4ヶ月半ぶりであった。(「フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その1」参照)

右ひざが腸脛靱帯、左ひざが膝外靱帯というダブルひざショックであった。 この期間、痛みが治まって練習を開始する。 ところがまた同じ箇所に痛みが出る。 少し休養した後、練習を再開する。 この繰り返しの4ヶ月半であった。 右ひざは持病のようなものだったので、さほど気にかけなかったが、左ひざの膝外靱帯は初めて痛めた部位で、付き合い方が分からなかったことなどもあり回復に大いに時間がかかった。

7月に入って、走っても痛みも出なくなり、1時間程度のジョグならこなせるようになったこともあり、今日20K走をクラブの仲間と行った。 だが、快適に走れていたのは最初の30分くらいまで。 キロ5分ペースを超えるともう足が重くなり、呼吸も苦しくなる。 走りもガクガクして、フォームがバラバラなのが自分でも分かる。 結局、20キロを走りきるのに、なんと2時間5分もかかってしまった。 膝の痛みはどうだったかというと、残り5キロで少し痛みが出たが、これは想定内だったので対応できた。 しかし、いくら脚筋力と心肺機能が落ちているとはいえ、こんな走りしかできなかったのは情けない。

加齢により身体の退行変性がとっくに始まっている年齢だが、いつまでも昔のままの体力と回復力であるという思い込みや錯覚でついつい練習をこなしてしまう。 やはりこれがよくない。 常日頃、身体のケアは意識して行っているつもりだが、自身の年齢に応じたケアを行っていたかどうかというとそうではなかったかもしれない。 あせることなく、体からの声を素直に聞きながら、体調優先でしばらくはリカバリーに努めたい。

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坂戸市民スポーツフェスティバル

今日は、坂戸市民スポーツフェスティバルへ手伝いに行ってきた。

第八回を迎える今大会は、これ以上にない好天の下、各スポーツ団体等が主催するイベントやアトラクションでおおいに盛り上がった。 オープニングセレモニーでは、スポーツ表彰で、新春の箱根駅伝で9区を走り、東洋大学の総合優勝に大きく貢献した大津選手が表彰選手の代表で表彰台に立った。 来賓の挨拶の後は、山村国際高校バトン部と城西大学チアリーダー部の華麗でアクロバティックな演舞に酔いしれた。 Nec_0006

自分が所属する陸上競技協会では、「番付」と称して、50メートル走体験を提供した。 軟式野球グラウンドの芝生上であるが、正確に距離を計測し、雷管でのスタート。 おまけに、電光計時でのタイム表示。 実際の陸上競技に近いシチュエーションで走る機会は、陸上をやっている人たち以外は味わったことがないと思うので、参加者にとってはユニークな経験となったのではないかと思う。

Nec_0003_2  参加者は、小学生と中学生が多かったが、家族連れで来て、姉妹や兄弟、親子で出走するペアもあった。 最初自分は、トレンドとして、走るのが嫌いな子供が増えているというイメージがあったので、参加する人はそんなに多くはないかなと思っていたが、開始直後から大行列。 スタート時フライングをしてしまう人たちも多かったが、それでも、走っている時の真剣で懸命な表情は微笑ましかった。 また、TVでよく観るような、自分が走った後にタイム表示された電光掲示板と一緒に記念写真を撮っている人たちの光景も多く目にした。

このスポーツイベント以外でも、障がい者のためのイベント、体脂肪と血管年齢を測定してくれる健康チェックコーナー、焼きそば、おにぎり、団子等の模擬店などもあり来場者は大いに楽しめたとことと思う。 自分が手伝った、陸上競技協会の50メートル走体験は、大人気で、イベント終了の午後二時まで行列が途切れることがなかった。 この忙しさの中だったので、わずかな時間を利用してであったが、この青空の中で食べる弁当の味はまた格別だった。Nec_0008

来年もまた、ぜひ多くの人たちがこのフェスティバルに足を運んでもらいたいと思う。

最後に、坂戸陸協の役員の方々、本当にお疲れさまでした。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 エピローグ

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その6(最終回)」 より続く。

先日、高知マラソン大会の事務局より、公式記録である総合順位表と、大会関係の報道が掲載された高知新聞のコピーが送られてきた。 レースから随分と日にちがたっているが、時間がかかったのは、記録がランナーズチップではなく、手動の計測であったからかなと思う。 自分の記憶からこの大会のことはわずかに遠のき気味であったが、送付されてきたものを見ると、大会当日の事が瞬時に脳裏によみがえってくる。

自分の記録を見る。 35K地点で関門タイムオーバーとなっている。 そこまでの5Kごとのラップは自身のウォッチで計時したのとほとんど同じ記録である。 20Kまではほぼ自分の設定通りのペースだった。 35Kの関門でタイムオーバーだったので、大会記録上はその手前の30K地点までだと思っていたが、35K関門までの記録が掲載されている。 関門閉鎖時間から遅れること13秒、あと70mほど先であった。 20K以降の5Kラップは目もあてられないタイムである。

あらためて考える。
なぜ、自分はあそこまで痛みをこらえてまで走ったのだろうか?
そのまま走り続けることで、故障部位へのダメージのさらなる悪化は、自分でもよくわかっていた。 駅伝なら、そういった状況でも、足が折れてでもタスキをつながねば、という気持で無理せざるを得なかったかもしれないが、今回は個人レースであった。 レースをやめようと思えばいつでも自分の意思でできた。

2つ理由があった。
ひとつは、 県内の知人に、「高知マラソン走るから応援よろしくね!」 的なノリでアナウンスしていた。 実際、走りながら、まだあいつの姿が見えないな、とか考えつつ走っていたので、もし復路で応援のために待ってくれているとしたら申し訳ないという思いで走っていた。

ふたつめは、過去どんなレースでも棄権はなかった。 駅伝で区間最下位となった時があったが、それでも、半分歩きながら、中継所までたどり着いた。 やはり、途中で投げ出すのは何があってもイヤだ。 走りきりたい。

この時のダメージは、3週間たった今でも尾を引いている。 リハビリ的な運動と平行しているが、最初からペースを上げた場合、もう5Kの距離で痛みが出てしまう。 これまで、日々の練習で、この腸脛靱帯を傷めてしまった時は、一週間もあれば、痛みも完全になくなり、距離はこなせないが普通に練習できる状態であったのだが。

幸いなことに、自分にとっての今ロードシーズンは終わっている。 夏のトラックレースまでまだ間があるので、無理をせずじっくりと治していきたいと思う。そして、その先の視野には、もちろん、高知マラソンへのリトライである。

第63回高知マラソン大会結果(1/2)
「63_1.pdf」をダウンロード
第63回高知マラソン大会結果(2/2)
「63_2.pdf」をダウンロード

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その6(最終回)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 より続く。

立ち止まる回数が増え、もう時計を見る余裕もない。 そのうち35kの関門が見えてくる。 沿道の応援に後押しされ、何とかチェックポイントにたどり着く。 ランナーの本能なのだろうか、こんな状態でもさらに前を追って走ろうとする。 だが、その直後、係員の手で走行を制止される。。。 ジ・エンドである。。。 関門閉鎖のタイムから遅れること13秒という結果のリタイヤであった。

すぐに、収容バスに乗り込む。 関係者の方が、自分の痛々しい走りをバスから見てくれていたようで、「足は大丈夫ですか?」 と気遣ってくれる。 そして、タオルを肩に掛けてくれる。 TVのマラソンで、ゴール後、女性の係員が選手にタオルを掛けてくれる、そんなシーンにあこがれていたが、夢と散ってしまった。 バスのシートに腰を下ろす。 先ほどの方がドリンクを持って来てくれる。 再び、「大丈夫ですか?」 。 その親切と気遣いに感謝する。

自分ではまったく想定していなかった結末であった。 出てくるのはため息ばかりだ。。。 マラソン大会には出場したが、本当の「マラソン」 の走りを経験することはできなかった。 このジレンマが自身の中で葛藤する。 バスはその後もゆっくりと進む。 途中でまた何人かの棄権者をピックアップ
していく。 やはりどの顔にも満足感はない。

収容バスがゴール地点の高知港岸壁へ到着する。 すぐに、ゴール地点で待ってくれている父の姿を探す。 フィニッシュは2時間50分前後だろうと伝えてあったので随分と心配していたのではないかと思う。 父から荷物を受け取り着替える。 父の問いかけに対し、大丈夫だと応えるが、やはり 「途中棄権」 という事実だけが自分の頭の中を駆けめぐる。Goal_w

大会本部が用意してくれたジャンボタクシーに乗り、閉会式会場へ移動する。 ここは入浴施設があり、走った後の汗を流せ、疲れを癒すことができる。 入浴後は、選手控え室で閉会式までの時間をつぶす。 サンドイッチ、バナナ、そしてドリンクの軽食も用意されている。 やがて、準備ができたとのアナウンスと共に、閉会式会場へ移動する。

Heikaishiki_w 選手が集まり、優勝者ならびに入賞選手の表彰である。優勝者は、四国電力の秋山和稔選手、タイムは2時間1825秒での初優勝であった。 2位は原田選手、3位も和田選手と、四国電力勢が3位までを占めた。 この3選手は、元日のニューイヤー駅伝でも走った実力ランナーなのでこの順位は当然の結果であるともいえる。

閉会式が終わり帰ろうとすると呼び止められた。 昨晩のパーティーでお世話になった方だ。 紙面の都合上、掲載できるかどうかわからないということであるが、取材を受けさせていただいた。 その後、足を引きづり電車に乗り、実家へ戻った。 お世話になった父に礼を言う。すると、なんと自分のことがラジオの実況中継で放送されていた! ということを聞いた。 父が、スタートでの自分の付き添い後、自宅に戻るまでのカーラジオで聴いたとのことであった。ぜひ、自分の耳で聴きたかったなと思う。

翌日は実家でのんびりと過ごす。 戦前は、マラソンレースの疲れを癒すための休日だと思っていたが、今回、いわゆる、「マラソンを走った」 とはいえない内容だったので、膝の傷み以外、ダメージは全くない。 沿道で応援してくれた友人・知人にお礼の電話やメールをする。 この日は、新聞休刊日であったので、このマラソン結果は夕刊に掲載される。

届くやいなや、高知マラソン関係の記事を探す。 第6面に大きく報道されていた。 自分は、最後尾だったので全くわからなかったのだが、新聞を読むと、上位はそのようなレース展開だったのかと知る。 さらに隅々まで見ると、なんと自分の記事が載っているではないか! レースは惨敗であったが、こういう形で取り上げていただけたことに感謝したい。 自分の知り合いからも 「見たよ!」 の声をたくさんもらった。Kiji2 

翌朝、龍馬空港行きのバスに乗る。 途中、自分がリタイアした35K地点にあるドラッグストアが目に入る。 係員に制止され、リタイヤしたシーンが鮮やかに浮かぶ。 リタイヤしたことは事実だが、あくまで、それはアクシデントとして自分に言いきかせるとともに、再度このコースでのチャレンジを誓う。

最後に、高知陸協、高知新聞、RKC高知放送の方々、その他、ボランティア含め競技・大会役員の方々には大変お世話になり、本当にありがとうございました。 過去自分が出場した大会の中でも、最高の雰囲気と最大のサポートが得られた大会だと実感しています。 リベンジという言葉は好きではありませんが、来春、この土佐路を再び走れるように頑張っていきたいと思います。 (完)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 エピローグ」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その5

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 より続く。

17K手前の野市跨線橋の上りで4人の集団がばらけ始める。 少しペースが上がっている。 上りが苦手な自分ではあるが、ここはついていくべきかどうか考える。 上りきったあとの下りで追いつけばいいと思い、無理はしない。 17.5Kの給水テーブルで今度はスポンジをとる。 スタート時よりかなり気温が上昇している感じだ。

やがて20K地点を示す看板が遠くに見えてくる。 だが、恐れていた左膝にかすかに違和感を覚え始める。 気のせいかとも思い、そのまま走る。 20Kポイントを通過する。 この大会では20K以降の各関門で制限時間が設けられている。 この20Kでは1時間30分に設定されている。 自分の計時は、1時間2431秒で、この間の5K2141秒である。 上りがあった影響で多少ラップが落ちてしまった感じだ。 自分が用意していた最初のスペシャルドリンクも無事手にする。 その後、約800メートル走ったところが折り返し点である。 しかし違和感が軽い痛みに変わってくる。 この折り返し点を通過後、一旦、立ち止まり、屈伸運動で膝を伸ばす。 そしてすぐに走り出す。 なんとなく嫌な感じがする。

このコースは毎回、不思議なことに風向きが変わる。 それも悪い方向に。 前半向かい風なので、折り返してからは追い風のはずなのだが、風向きが変わり、後半も向かい風といったパターンが多い。 自分はその風向きに関係なく走るが、その後も1Kくらいごとに立ち止まり、ストレッチと屈伸運動を繰り返す。 自分が傷めている腸脛靱帯の場合は、この靱帯を伸ばすことでわずかに痛みは軽減される。 走っているときのペースはこれまでと変わらないが、立ち止まってストレッチをする間のロスタイムが響く。 25Kポイントに達するが、5Kのラップが2424秒と大きく落ちてしまう。 だんだん、止まってストレッチをする回数が増えてくる。 後続からどんどんと抜かれていく。 筋肉痛やスタミナ切れで足にきた場合、それでも頑張れば走り続けることはできるだろうが、腸脛靱帯の場合は、部位が麻痺状態になり、そのうち激痛で足が踏み出せなくなってしまう。

こうなってしまったらもうレ-スでもマラソンでもない。 100メートルおきにストレッチのため立ち止まるというパターンだ。 自分でどういい方に考えても、完走は到底無理だと思う。 ここで、レースを止めることもできる。 だが、なぜか自らリタイアしようという考えは全く起きない。 制限時間内であれば、たとえ痛みが激しくても、前へ出たいという気持だ。

こんな状態で、30Kポイントに達する。 これほどペースダウンしても、まだ関門閉鎖まで215秒あった。 2つめのスペシャルを置いていたのだが、取ることさえも忘れ走り続ける。 やがて、最後尾を走る監察バイクが自分の背後につく。 交差点を通過するごとにバイクから、「最終ランナーです」 と交通整理員の方へ告げていく。 「そうか、自分が最下位のランナーなのか」と思う。 後ろを振り返ると、その監察車のすぐ後ろを、選手収容バスが走っている。 これまで、駅伝で区間最下位という結果を味わったことはあるが走った後の結果であった。 だが、今の自分は、最下位という現実を突きつけられている中での走りである。 前回をはるかに上回る屈辱だ。

そんな辛い走りであるが、唯一励まされるのが、沿道からの声援である。 自分が立ち止まる姿を見て、一生懸命に声援を送ってくれる。 応える余裕はないが、心の中で「ありがとう」 と返す。 また、スタートしてからこれまで、知人でも大会関係者でもないと思うが、自分の名前を呼んで応援してくれた人も何人かいた。なぜ、自分の名前を知っているのだろうと不思議に思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その6(最終回)」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その4

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その3」 から続く。

Start_wスタート後100Mほど走って左折し、メインの国道に入る。 このあたりは高知市の中心街で、休日のこの早い時間でも、応援してくれる人の数はすごい。 はりまやばし付近を通過し、日差しを浴びながらさらに足を進める。 走行路右側には、土佐電鉄の路面電車が行き交う。 電車の中から手を振って応援してくれる人もいる。 2K地点では母と妹の応援があった。 軽く手を振って通り過ぎる。 この地点で、もうかなり選手はバラけている。

Taikaisharyou_w Chiyorichou_w 今自分が走っているペースだが、なんだかとても遅いような気がする。 練習のペースのようだ。 1Kごとのチェックポイントがあれば確認できるのだが、それもないのでそのままのペースで走る。 でもまあ、トラックレースか5K程度の距離の駅伝でのスピードレースしか走っていない自分にとって、このペースは遅すぎるような感覚があるが、42.195キロを走るわけだから、こんなものかなとも思う。

やがて最初のチェックポイントである5Kを通過する。 手元の時計で2045秒。 ほぼ設定ペースどおりだ。 ペースが遅いという感覚で走っていたので、これでほっとする。 チェックポイントの150メートル先にゼネラルテーブルがあるので、最初の水分補給をする。 水とアミノバリューが入った紙コップが置かれている。 自分はアミノバリューを取る。 手袋が濡れるのがイヤなので左手だけ外す。 横から取るよりも、コップを上からつまみ上げて取るほうが失敗がないと聞いていたのでそのようにするが、やはり走りながら取るのは難しい。 TVのマラソン中継を見ていると、みんないとも簡単に取っている。 自分よりはるかに速いペースで走っているというのにすごいなと思う。 コップは取れたが、走りながら飲もうとすると、口に入っていく分より、顔にかかってしまう方が多く、うまく飲めない。

その後、後方から追ってきた3名の集団に吸収される。 追いつかれた後、ペースを上げていくのかなと思ったが、そのままのようなのでこの集団についていく。 一人で走るより、集団で走るほうがラクだ。 向かい風なので、風除けにさせてもらうばかりでは申し訳ないと皆が思っているのか、交互に集団を引っ張るような形で進む。 10Kの通過が手元のタイムで4147秒。 この5Kのラップは2101秒だ。 この10K地点は、全国高校駅伝高知県予選の2区のスタートでもある。 自分は3年時にこの2区を走った。 わずか3Kの区間だが2人に抜かれて順位を下げたことを思い出した。

30年ぶりに走るこの国道55号線沿いの光景は、新しい店舗等が建ったりしてはいるが、なぜだか昔のままのような気がする。 30年前にタイムスリップしたかのような感覚にも陥る。 やはり、自分の脳裏に高校時代に走ったこのコースが未だ鮮明に刻みこまれているからなのだろうか。 暑さはさほど感じないが、12.5キロ地点で、意識的に給水とスポンジを取る。 友人や知人が応援してくれる姿もところどころで見かけては走りながら手を振る。 やがて、15Kを通過する。 手元で1時間0250秒。10Kから15Kまでのラップが2102秒である。 ほぼ正確に目標タイムを刻んでいる。

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その3

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 から続く。

520分に起床。 昨夜は興奮していたのか、ほとんど眠れなかった。 大事なレース前夜ではたまにあることなので気にはしない。 近くのコンビニで朝食を調達するためにホテルを出る。 まだ薄暗い。 ひんやりとするが、思ったほどではない。 レース当日の朝食は、おにぎり3個、豆腐の味噌汁、それにオレンジジュースだ。完全に糖質中心の内容だ。 ポットのお湯をカップ味噌汁に注ぐ。 中に入っているわかめは取り除く。 同様に、おにぎりの海苔も取る。 レース中、もしものことがあってはいけないので、やはり消化の悪いものは避けたほうがいい。

部屋でくつろぎ、7時になって受付場所である高知新聞放送会館へ向かう。 ここで選手の一次受付が行われると同時に、スペシャルドリンクを預ける。 5Kごとのポイント地点が書かれたカゴにドリンクを入れる。 皆、目立たせるように自分と似たような細工をしている。 ちゃんと自分のスペシャルが識別できればいいがと思う。 他の選手も続々と受付を済ませ、アップを始めている。 自分もジョグを開始する。 受付場所の外には、ガラス越しに今朝の高知新聞朝刊を見ることができる。 昨日の開会式のニュースが写真入りで掲載されていた。 よく見てみると、なんと自分の姿も写っている。 Kiji_w これは幸先がよいかなとも思う。 アップは高知新聞社前や高知城周辺を走る。 ウェアの胸にナンバーカードを付けているので、すれ違う一般の人たちから、「頑張って」 と声をかけてもらう。 いよいよレースなんだなという実感があふれてくる。

アップを終え、再びホテルへ戻る。 汗を拭き、ユニフォーム姿に着替える。 このユニフォームは自分が所属するランニングクラブのもので、色がショッキングピンクである。 家族や友達たちにあらかじめ言っていたので、集団の中でもかなり見つけやすいのではと思う。 ゼリー飲料で再び糖質を補給する。 膝のテーピングを念入りに施し、今回付き添いをお願いした父の車でスタート地点である高知県庁前へ向かう。 Sutatomae1 Sutatomae2 車を降りると、大会および報道関係者であふれている。 また、スタート時刻の9時まであと20分くらいなので、ほとんどの選手がすでに集合している。 845分から最終コールである。 2組に分かれて、順番にナンバーカードがコールされる。 いつも思うが、どのレースでもこの最終コールが、自分にとって一番緊張感を覚える時である。 自分のナンバーカードが呼ばれ、胸と背のカードを審判員に見せる。 もう後には戻れないという気持がさらにピークレベルを押し上げる。

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スタート3分前の合図で、ほとんどの選手がスタート地点に移動する。背後には、高知城天守閣を眺めることができる。 Seiretsu1_w自分は最前列に来る。 ここに並んでいいものか? と思うが、昨日の開会式同様、皆、遠慮してなのか前へは並ばない。 実力選手たちのためのポジションという暗黙の了解があるのかとも思ったが、自分はずうずうしくもここに並んでしまった。スタートまでのわずかの時間で、レースペースを確認する。 今回の目標タイムは、2時間40分台に設定した。 初マラソンをなめているわけでは決してないが、膝の調子さえ悪くなければこれくらいのタイムでフィニッシュできる自信はある。前半を抑え気味に、キロ410秒程度で刻み、後半、400秒から4分を切るくらいで走るという展開を頭の中で再確認する。カウントダウンが始まり、スタート10秒前のアナウンス。 静かに目を閉じる。 一瞬、時間が止まったかのような感覚を覚える。そして号砲とともにスタート!
いよいよレースが始まった。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その2

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その1」 より続く。

4時からは開会式だ。ほとんどの選手が参加しているようだ。 前回優勝者からの優勝杯の返還とレプリカ授与、主催者、来賓の挨拶、審判長の注意事項とあって、最後は、四国電力の原田敦之選手による選手宣誓で閉会式が終わった。Kaikaishiki3_w その後は、レセプションである。立食形式のパーティーで、選手は全員参加できる。 会場内に円形のテーブルが6つくらい置かれ、ビールとウーロン茶がセットされていく。 右脇にはバイキング料理の用意がされている。

乾杯の音頭でレセプションが始まる。 Reception_w 本来なら、レース前夜なので、乾杯はウーロン茶でなければいけないかもしれないが、自分はビールにする。 乾杯の後は、皆バイキング料理に殺到する。 料理は、寿司、トマトソースのパスタ、牛肉のカルパッチョ、刺身の盛り合わせ、かつおのタタキ、シーザーズサラダなどなど、どれもおいしそうなものばかりである。だが、一瞬のうちに、料理の周りに人が群がり、列を作っているのかいないのかもよくわからない。 結局、第一陣が終わった後に、自分の分をとろうとするが、もうその時点で、料理は半分近くなくなっており、人気の高い握りずしも全部なかった。 それでも、残り物を食べるがどれもおいしいものばかりだ。 いろんな人と、普段の練習の仕方や明日のレースのことなどを歓談する。 RKC高知放送の関係者の方たちとも話をさせていただいた。 自分は高知出身で、自身初のフルマラソンに故郷のこのマラソンを選んだと話すと、「明日のラジオ実況の中でぜひ紹介させてもらう」と言っていただいた。 約1時間でレセプションが終わる。 こういった関係行事や式典に参加していると、なんだかエリートランナー気分を味わっている感じで気分がいい。 また、レースへの気分が高揚してくるのがわかる。

部屋へ戻り、明日の準備を始める。
ユニフォームにナンバーカードをつける。 ナンバーカードは3枚入っている。 2枚はユニフォームの胸と背中につけるためだと思うが、残り1枚は予備だろうか? よく大会規定を読んでみると、残り1枚はトレーニングウェアの胸に着けると書いてあった。 またこの大会では、5Kごとにスペシャルドリンクを置くことができる。 用意しておいた容器にドリンクを入れる。 自分が置くポイントは、20K30K35Kそして40K4箇所。 最初の2箇所はエネルギー補給も考慮したザバスのパウダー飲料、後半の2箇所は、スーパーヴァームを1.5倍に薄めたものにした。 あらかじめ支給された荷札にナンバーカードと設置ポイントを書き、フリルをつけたゴムワイヤーをボトルにつけて目立たせる。 果たして、各ポイントでうまくとることができるだろうかと考える。 明日の朝、起床し、スタートまでの段取りを確認し、入浴後、早めにベッドに入る。

目を閉じて、明日のレースのことを考える。

実は、不安がひとつだけある。 故障している左膝の状態だ。
昨年末の走り込みで、昔からの古傷である、
腸脛靱帯を痛めている。 このため、今大会の最終調整には失敗した形でレースを迎えることになった。 レース中に痛みが出ることはまず間違いないと思うので、できるだけ距離の後ろの方で出て欲しいと願う。
ただ、
42K走れるスタミナはまったく問題ないし、スピードにも対応できると思うので、良いほうに考えようと思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その3」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その1

羽田から飛行機に揺られ、高知龍馬空港に到着した。
今回帰省した目的は、第63回高知マラソン大会に出場するためである。高知マラソンへエントリー

出迎えに来てくれた妹の車に乗って、宿泊先のホテルを目指す。 思ったより暖かい。 だが、風が多少強い。 ここ数日、高知は暖かい日が続いているそうだ。 空港から市内を目指す道路は、この大会のコースとなっている。 ところどころに、5Kごとの距離表示看板が立っている。 もう準備は整っているようだ。

Sunrise_w_2 高知サンライズホテルに到着する。 ここは、選手の宿泊先とともに、大会開会式の会場にもなっている。 入り口には、「高知マラソン大会開会式会場」の看板が立っている。 「出場するんだな」、という気持ちになる。 チェックインを終え、すぐ調整練習に入る。ホテルから、コースの国道沿いを走る。 昨年から、一部コース変更となった40K手前の鏡川大橋の傾斜をチェックする。 40分ほどジョグし、ウィンドスプリントを多めにやって刺激を入れる。

40k_w_2 午後3時からは健康診断がある。 健康診断は前日のこの時間と、レース当日の朝にある。選手はどちらかを受診する義務がある。 検診内容は問診と血圧測定のみである。 自分は練習後だったので、血圧値がかなり高めに出てしまった。 何か言われるかなと思ったが何もなかった。

その後、レースの受付を済ませ部屋に戻る。 渡された大会プログラムにある参加者リストを見ると、申込者数は98名だ。 市民マラソン大会の参加者数から比べると、随分と少ないが、この高知マラソンは健康志向の市民マラソン大会とは違って、競技志向の強い準エリート的な大会である。 以前は、ユニバーシアードの代表選考レースとしても指定されていたこともある。 参加資格も陸連登録者に限り、さらに県外の出場者は所属陸協の承認を必要とする。 だから人数的にはこんなものかと思う。

そもそも、なぜ自分はこの大会にエントリーしたのか?
自分は中距離ランナーで、ここ
45年、ロードは駅伝中心で、距離も5K程度しか走っていない。 おまけに、過去レースとして出場した一番長い距離は10Kである。 ここまで書くと、自分のことながら、随分と無謀な挑戦のような気もする。 それも初マラソンで、このレベルの高い高知マラソンである。

だが、自分にはこの大会に出たい理由があった。
現在は埼玉に住んでいるが、出身はこの高知である。 高校時は陸上部に所属していた。 この高知マラソンのコース(昨年から一部変更になったが)は、当時も今も、全国高校駅伝県予選のコースでもある。 2年と3年時にこのコースで任された区間を走ったが、どちらもブレーキに近い走りだった。 高校卒業後はずっと関東での暮らしであるが、年に1回くらいは帰省し、空港から市内に向けて走るバスの車窓からこの道路を眺めるたびに、もう一度この思い出のコースを走りたい、との気持ちを持っていた。とは言っても、中距離選手の自分がフルマラソンなんて無理だと思いながらも、初マラソンを走ることがあれば、この高知マラソンだと心の中で決めていた。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 へ続く。

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高知マラソンへエントリー

大会本部から、第63回高知マラソンのナンバーカード連絡票と競技注意事項が送られてきた。

あと一週間後に迫ったフルマラソンである。 中距離ランナーの自分が、フルマラソンを走るというのはかなり無謀な冒険だが、このエントリー完了通知が送られてきたからには、もう後には戻れない。

注意事項を読んでみると、市民マラソン大会とは全く違って、いろんな面にわたって、手順やルールがこと細かく厳しい。 準エリート的な大会だから当然なんだろうと思うが、身が引き締まる思いだ。

調整はうまくいっていないが、もうこうなったら腹をくくるしかない。

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目の当たりに見た学生アスリートのスピード

先日、川越市民駅伝を走ってきた。Kawaeki08

この大会は、川越陸上競技場を発着とする、15.15kmを5区間でリレーする競技だ。 昨年まで我がチームは年代別の部で、4連覇という輝かしい偉業を成し遂げていたのだが、前回不覚をとって2位であった。 だが、今年は、昨年の雪辱を果たし、見事優勝に輝いた。

自分の調子は上昇気流にあるものの、まだ今の時点では、駅伝でのスピードに対応ができなかったが、ほぼ想定どおりのタイムで次走者にタスキをつなぐことができた。 1ヵ月後の埼玉県駅伝に向けて、少しは見通しが立った感じだ。

さて、今回の大会には、大東文化大学の陸上競技部が2チームオープン参加した。 大東文化大と言えば、箱根駅伝2度の連覇を成し遂げ、総合4回の優勝を誇る名門チームである。 今回出場したメンバーは、1年から3年までの選手で、箱根駅伝にエントリーされる16人とは違う部員であったが、そのスピード感は、当たり前のことだが、群を抜いていた。 自分の場合は1区を走ったが、わずか3.4K走って、2分近い差をつけられてしまった。 こういうスピード感の違いを体感できただけでも、貴重な体験だった

大会終了後、一緒に写真を撮ってもらったが、その時話した彼らは皆、本当に好青年であった。 年明けの箱根駅伝での、大東大の快走を見守りたい。

Kawaeki08dbu_2

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WBC監督は?

来年春の、WBC大会の日本チーム監督に、星野氏が有力らしい。

一体もって、なぜこの人なのか?
惨敗を喫したあの北京五輪で総指揮をしたのはこの星野氏であることは周知の事実であるにも関わらず、本人が意欲をみせているのだから、なんとも始末におえない。

WBC日本チームの指揮官には、千葉ロッテ監督のボビー・バレンタイン氏が適任かと思う。 日米双方の野球に通じており、国際大会の経験も豊富。 短期決戦にも実績を残している。 そして、日本、外国問わず人望も厚い。

また、星野ジャパンのせいで、ここまで落ち込んで、暗い想いをした日本の野球界および野球ファンを希望を持って立て直し、挽回させるのには、バレンタイン監督持ち前の、陽気で前向きなキャラクターが必須であると思う。

明日のプロ野球実行委員会で議題に挙げられ、正式な議論がスタートするWBC監督だが、この北京での戦いを検証することなく、稚拙で非論理的な方向性を出して欲しくないことを祈ってしまう。

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福岡ソフトバンクホークス 勝利!!

昨日、福岡Yahooドームへホークス戦を観に行った。

出張で来た福岡だったが、支店の先輩のHさんがありがたいことに招待してくれた。 予想してなかったので、驚いてしまったがとても嬉しかった。 仕事を終え、午後6時前くらいに天神から球場行きバスに乗り、20分ほどで到着した。

ワクワクしながら入場ゲートへ向かう。 すでに球場入りしているH先輩の奥様に、ゲート前でチケットを渡してもらった。 なんと奥様は、ホークスのレプリカユニフォームを着ていた。 H先輩同様、ホークスファンなんだ! Hさんご夫妻はホークス球団の会員になっているので、そのカードをお借りして入場すると、選手の名前と背番号が入ったピンバッジがもらえた。 自分がもらったバッジは、23番 城所選手だった。

ビールを買って、シートに座る。 今日の試合は、交流戦で中日ドラゴンズが相手である。 交流戦は前から観てみたいと思っていた。 自分は、パ・リーグしか観ない人間なので、セリーグのチームに関してはよくわからないが、この交流戦はすごく新鮮な気分が味わえる。 ドラゴンズは昨年のシリーズでファイターズと戦っていたチームなので、選手はかなり知っている。

スコアボードを見ると1回の裏、ホークスの攻撃で1対1のスコア。 奥様から頂いたスティックバルーンをふくらませ、さっそく応援する。 招待していただいた座席は1塁側の24列目ということでかなり前のほうである。 かなりいい席だ。 このYahooドームは、昨年の同時期に、「鷹の祭典」と称してイベントされた時に来て以来である。Fydme

今日のホークスの選手が着ているユニフォームは、福岡ダイエーホークス時代のものである。 この交流戦では、各チーム、昔のものや交流戦に限定したユニフォームを着ているが、どこのチームの選手も、見た感じ、なんとなく着心地が悪かったり、しっくりきていない感じがしたものだ。 だが、現ホークス選手が着る、FDHのユニフォーム姿には、全く違和感がない。

そして、試合展開は、どちらかと言うと、投手戦。 ソフトバンクは再三チャンスを迎えるが、あと1本が出ず、点につながらない。 一方、ホークスのピッチャー大隣は、特に、ストレートがさえ、課題のひとつであったフォアボールも少なく、素晴らしいピッチングでドラゴンズ打線を2点に抑え、ホークスが2回にあげた、本多のタイムリーヒットと松中の犠牲フライでの勝ち越し点を守り完投した。

やはり、応援チームが勝つと格別の気分だ。
ヒーローインタビューの後は、勝ったゲームでの恒例の花火だ。 球場内が暗くなり、連発の花火が打ちあがる。 ドーム内で放たれるせいか、腹の底に、花火の音が「ズン」と響いて気持がいい。 その後は、ホークスの応援歌が流れたが、試合中のラッキー7の時と同様、歌詞が 「我らの、我らの、『ダイエーホークス』♪」 となっていた。 連覇の時代を思い出した。

花火と応援歌が終わり、ドームの屋根がゆっくりと開いていく。
少し空が見えるだけで、新鮮で開放的な気分になる。
花火の煙がその隙間から徐々に外に出ていく。
それと同時に、心地よい潮風が入ってくる。
そして、屋根の隙間から月が顔をのぞかせる。
この光景は、自分を最高に感動させてくれた。Domeopen

サプライズ観戦をプレゼントしていただいたH先輩とH先輩の奥様には、本当に感謝である。
福岡ソフトバンクホークス万歳!
福岡大好きよかろーもん。

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駅伝監督にみる指導者像とは

名将、岡田亜大監督が勇退し、実業団九電工女子チームの監督に就任されることが発表された。

岡田監督は、かつてニコニコ堂で、松野明美というマラソン選手を育てた名指導者である。 その後、亜細亜大学の駅伝部監督に就任し、チームを建て直し、2006年には箱根駅伝総合優勝を実現させた監督である。

今回の転身は、箱根駅伝ファンの自分としても非常に残念ではあるが、岡田さんの目指す、世界で戦える選手の育成に尽力していただきたいと願う。

岡田監督がいなくなったことで、箱根駅伝に出場する大学の監督も、なんだか個性がなくなってきた。 個性と言ってもいろいろあるだろうが、やはり「指導者」と言う観点からすれば、「リーダーシップ」であると思う。 リーダーシップにもいろいろあるだろうが、体育会的に言えば、陳腐な響きかもしれないが、「体当たり」、「言葉より行動」、「熱血漢」といった要素が必要だと思う。

箱根駅伝の今回大会で不幸にも棄権した3校。 これらどの監督も共通して、ソフトでスマートな指導者たちである。 選手をどやしつけるタイプではない。 技術面での指導には定評があるのかもしれないが、メンタル面を含んだ選手の総合的なコントロールはできていたのか。 選手の目線で体調を把握できていたのか? 選手からの報告を自らの基準でチェックできていたのか? 選手の起用等に関して、感情に左右されることはなかったのか?

岡田さんは温厚そうに見えて、締めるべきところはきっかり締めていた。 岡田さんの著書で、陸上部合宿所の玄関に、脱いだ後、きちんと揃えられていないシューズがあれば、大雨だろうが嵐だろうが、すべて外に放り投げると書いてあった。 教え子が社会人になってこんな常識的なことで恥ずかしい思いをしないようにと追記されていた。

今の箱根常連校の監督で、こういった熱血漢ぶりを発揮しているのは、駒大の大八木監督くらいにしかいないと思う。 このチームは過去の大会の実績でも大くずれしない安定感がある。 駒大は常勝軍団ではあるが、勝利至上という面は置いておくとして、こういった指導者こそがスポーツ界のみならず教育の現場で求められる人材だと思う。

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反省だらけの埼玉県駅伝

昨日、第75回埼玉県駅伝競走大会を坂戸市陸協のメンバーとして走った。

ここ数年、個人レースにエントリーしていない自分にとっては駅伝が全てで、駅伝の中でもこの埼玉県駅伝こそが最大の目標である。 (「駅伝での繰り上げはとても辛いものだった...」参照)

しかし、昨年のこの大会直後に骨折が判明し、シーズンの大半を棒に振ってしまった。 本格的に練習を開始したのは10月の初めだった。 その時点で、本番まであと3ヶ月。 3ヶ月あれば、間違いなく故障前の状態に戻せると思っていたし、その自信もあった。 だが、練習を重ねるが、思うように調子が上がってこない。 その過程で出場した、黒山鎌北湖駅伝や川越駅伝でも本来の走りからは程遠い結果であった。 この時点で、代表選手には選ばれないだろうと、半ばあきらめていた。

しかし、12月の中旬に選考の通知が来た。 まったく驚いてしまった。 多分、今回に限っては、過去の実績で選んでもらったのだろうと思った。 そうなると、選ばれなかった他の選手のためにも自分が頑張らばねばと思う。

レース当日。 担当区間は昨年と同じ4区である。 中継所に到着する。 出走までは、まだ2時間以上あるのだが、会場の設営が始まっており、各チームの選手や関係者の姿を目にする。 その光景だけで、緊張感が高まっていく。

我がチームは、毎年この中継所で繰り上げスタートを食らっている。 タスキをもらって走り出すのと、繰上げ一斉スタートとは、メンタルの部分で大きく違ってくる。 できれば、1秒差でもいいので、タスキをつなげてくれと願う。

先頭の走者が中継所に飛び込んでくる。 やはり埼玉栄高校のランナーである。 大会ルールでは、先頭の走者から10分経過すると繰り上げスタートとなる。 この時点で、繰上げ出発時刻が「11時33分」とプラカードに書かれ、何度もコールされる。 その少し前、自チームの関係者から携帯電話で、前のランナーが中継所をスタートしたのが11時19分だと知らされていた。 予想タイムからすると、11時33分は、ほんとギリギリのラインになる。

中継所に各チームの走者が次々となだれ込んでくる。 繰上げまで、あと3分。。、2分。。のアナウンスがされる。 付き添いの人とともに、走路に身を乗り出して自チームのユニフォームカラーである緑を着た走者を探すがまだ見えてこない。 残り1分を切ったところで、あきらめて白タスキを手にし、繰上げのスタートラインに並ぶ。 もう後ろは見ない。。。 雷管の音でスタートする。 観客からはタメ息が。。。もれない。 15チームくらいが白タスキ出発なのでそれも当たり前かもしれない。

スタートしてすぐに集団が形成される。 前回は自分がその集団を引っ張ったが、今回は自重気味に走る。 1キロを過ぎたあたりでギアを切り替えるが、思ったようにからだが動かない。 レースでの自分の調子のバロメーターは、ストライドを広くとっても、接地での返しを速く、かつ下肢全体でスムーズに回転できるかどうかである。 だが、まだ中間点に到達していないにもかかわらず、足の接地時間が長く、体重の移動がうまくできていないような感じだ。 その状態でも、前を追って1人、2人と抜いていくが、スピードアップができない。 前との差は縮まってこないばかりか、ラスト1Kでは逆に離されてしまった。 身体と心のジレンマではないが、それに似た違和感を感じながら、次走者が待っていない中継所にゴールする。。。

レースは終わった。 気持ちだけが先行し、自分の現在の調子に安易に妥協してしまった走りをした自分が情けない。 駅伝終了後の打ち上げでも、チームに迷惑をかけてしまった、という気持ちが自分の中を支配し、どうにも盛り上がれなかった。

朗報は、我がチームが念願の10位入賞を果たしたということだ。 自分のふがいない走りを他のメンバーがカバーしてくれたことに感謝したい。 来年こそは、実力と実績で代表の地位を勝ち取り、本来の自分の走りをすることをここに誓う。

第75回埼玉県駅伝競走大会総合成績をダウンロード
http://www.japan-sports.or.jp/saitamaken/

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朝青龍のモンゴル帰国に際してのこと

モンゴルでのサッカー騒動に端を発した横綱 朝青龍の騒動は、母国へ帰国し、現地で治療を受ける形で終始した。

自分は、本当これでよかったと思った。 朝青龍への診断は、「解離性障害」。 昔、自分の知人がこの病気にかかっていた事もあり、当時、この病気のことをいろいろ勉強し、その知人とも接していたが、なかなか単純に、どうのこうのと言える病気ではないと身をもって感じたことを思い出す。

しかし、成田出国時の模様をTVで観たが、朝青龍の肉体・精神状態を考えれば、こんな馬鹿なことはない。 解離性障害と診断された状況であれば、メディアから質問をダイレクトに受けるシチュエーション自体が、大きく病気に影響を与えることが分からないのだろうか。 ダメ親方は、朝青龍よりはるか先を、何の気遣いもなく歩いていた。 周りにも、朝青龍を守るようなスタッフもいなかった。

朝青龍の帰国に関しては、確かにいろいろな葛藤や確執があったと思うが、病気と診断されているわけである。 もう少し、細やかなケアが必要であったと思う。

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陸上トラック競技での 「トルソー」差

熱戦が続く、今日の世界陸上では、女子100m決勝が行われた。

実力者揃いだったこともあり、ゴールはかなり微妙なフィニッシュだった。 結局は、写真判定で、ジャマイカのベロニカ・キャンベルがローリン・ウイリアムズとの接戦を制した。 接戦であったことは確かだが、自分の目からは、番組のスローVTRで、V. キャンベルの方が、L. ウィリアムズより先着していることがはっきりと見てとれた。

陸上競技 トラック種目でのゴールは、「トルソー」 がフィニッシュラインを通過することが条件である。 トルソーとは、体幹部分、つまり手足や頭以外の部分を指す。 このトルソー以外がゴールラインを通過しても、フィニッシュとは認識されない。

ところが、TBSのメインキャスターである織田裕二は、この順位に関して、「これはおかしいよ!」的なことを、さかんに強調していた。 見た目には、ウイリアムズが勝っていると思ったのであろう。 だが、写真判定という、完璧な形で判定されているわけである。 織田裕二は、何回も世界陸上のメインキャストを努めているというのに、こんな知識もなかったのだろうか?

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酒気帯び織田選手のコメント

フィギィアスケートの織田信成がミニバイクで酒気帯び運転し、道路交通法違反を犯していた。

大体、今これほど飲酒運転に対し、社会的な視点だけでなく、法的部分でも、罰則の大幅な強化もあり、注目を集めていることである。 それに逆らうかのごとく、大胆かどうかは知らないが、問答無用である。

加えて、織田選手の記者会見では、「自分が情けない」 と言っていたようだ。
「自分が情けない」的な発言は、スポーツの世界、例えば、野球なんかでは、リリーフピッチャーが、ピンチの場面を懸命に抑えようと思ってベストピッチをしても、力負けしてしまったような場合のコメントでよく聞く。 要は、自分の力が及ばなかったという意味である。

しかし、この織田が発した「自分が情けない」という発言には、大きな勘違い、自覚の無さ、責任回避を複合的な要素がある。 あくまで自分の過ちを、感覚的・感情的に処理したいというあさましい現われである。 全くもって、演技のような涙は汚らわしい。

いずれにしても、自らの鈍感さかつ無責任さを露呈した発言である。 アスリートとしての自覚もなく、まともな反省の弁も取れない織田選手には競技を続ける資格は無い。 ひとまずボランティア活動で、自らの姿勢を問いただすべきであろう。

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渡辺二郎を永久追放

日本ボクシングコミッション(JBC)が元世界王者の渡辺二郎の永久追放を決定した。
今後、トレーナーやマネジャーなどの新政権すべてを失い、公式行事への招待も含め、ボクシング界からの永久追放である。

この渡辺二郎は、先に、大阪地検に、例の羽賀研二の恐喝未遂罪で起訴されている。
今回のJBCの決定は至極当たり前のことで、過去にも渡辺は、刑事責任を問われた事実もあり、むしろその決定が遅すぎたとも言える。

自分は、この渡辺を2つのシーンで鮮明に記憶している。
1つめは、渡辺のどのタイトルマッチだか忘れたが、ラウンド終了際に、相手ボクサーへ、「あかんべー」 をしたことだ。 この時は、ほぼ完璧に渡辺が制した試合であったが、この行為によりジャッジから減点を受けた。 試合内容からすると、タクティクス的にする必要もなく、単なる渡辺のレベルの低い行為であったことを記憶している。 その後、この試合のTVゲストだったか、観戦していた、当時のどこかの現役有名ボクサーが言っていた。 「あの行為は信じられませんでした。渡辺さんは紳士ですから」。  この発言を聞いてぶっ飛んだことをいまだに思い出す。 あの渡辺二郎が「人格者」? バカもやすみやすみ言え。 まあ、百万歩譲って、その当時は人格者だったのかも知れないが。

2つめのシーとして、自分は、この渡辺二郎を直に見たことがある。 自分もかつてボクシングをやっていた。 その所属ジムに、現役を退いていた渡辺が顔を出したことがあった。 渡辺が専属契約している雑誌か何かの取材っだったのか覚えてないが、ジムに入るなり、タバコを取り出しプカプカ。 会長がジムの主だった選手を紹介するが、なんだか妙に酒臭い。 あげくの果ては、ラウンドバッグをやっていた自分のところに来て、勝手に「ちょっとストップ」とか言って、当時普及し始めたウォーターバッグを見入っていた。 こっちは残り30秒で、懸命にパンチングしているところだったので、この渡辺の無神経さに驚き、あきれた。

これを機に、あの渡辺の極悪非道な面を見ることも無いと思うとハッピーだが、またどこかの節操の無いTV局のアホバカバラエティ番組で登場するんだろうな。

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やっぱり交流戦はおもしろい

プロ野球交流戦も、半分が終わり、今日から後半戦がスタートした。

交流戦が始まって、今年で3年目であるが、過去2年の、リーグ同士の対戦成績は、ほぼ互角。 一昨年が、パ・リーグ108勝 対 セ・リーグ107勝(1分け)、昨年が、パ105勝 対 セ104勝(7分け)で、いずれもパ・リーグが制している。 そして今年は、交流戦前半が終った6月7日現在、パ・リーグがセ・リーグを、41勝27敗1分と圧倒している。

自分は、パ・リーグしか見ない野球ファンなので、今年のこれまでの勝敗を見ると、飛び上がって喜びたい気分になる。 3年目を迎えたこの交流戦を見ても、いまだに、新鮮な感じがする。 普段、新聞等の活字や写真でしか目にしないセ・リーグの選手が、テレビ画面の中で、パ・リーグの選手と対戦しているのを観ると、なんだか不思議な感触である。

自分は、福岡ソフトバンク・ホークスのビッグファンであるので、当然、この交流戦での試合もチェックする。 だが、面白いことに、他のパ・リーグのチームが戦う試合も、非常に気になる。 ソフトバンクが戦うゲームと同様、応援してしまう。 リーグ戦では、直接対戦していないチームでも、特に、同じ順位争いをしている球団のゲームには、「負けろ、負けろ!」 とエール(?)を送ったものだ。 しかし、この交流戦では、ホークス以外の試合でも、「絶対にセ・リーグに負けるな!」と、もう、ホークス戦と同じくらい、パの他チームを懸命に応援している。

ひと昔前は、例の「人気のセ、実力のパ」 といったキャッチフレーズがあったが、実力はさておき、やはり人気の面では、パ・リーグは、悲しいながら、セ・リーグには追いつけなかった。 自分も、昔からの、パ・リーグファンなので、こういった風潮には悲しい思いをした。 だが、今、「人気のセ」でもないかなと思う。 ジャイアンツは人気降下著しいが、タイガースは、はっきり言って、今や、巨人に替わってセの代表球団となった。 そして、パ・リーグは、間違いなく、ソフトバンク・ホークスがリーグの盟主である。 他にも、パ・リーグは、千葉ロッテ、北海道日本ハム、西武ライオンズ、オリックスバッファローズ、楽天ゴールデンイーグルス。 どこをどうとっても、チームの個性、実力は、セ・リーグを上回っている。 昨年まで、ファイターズにいた、SHINJO選手が、かつて言ったが、「これからはパリーグです!」 まさに、数年たって、今まさにその時代だ、と言える。

こんなにもエキサイティングな交流戦、オールスターゲーム、そして、日本シリーズ。 やはり、棲む水が違う(?)リーグが対戦することに大きな意義がある。 だが、残念なことに、球界1リーグへの統合プランが暗躍しているようだ。 すべては、収益面だけで考察されたプランであるようだ。 もう少し、ファンの声にも耳を傾けて欲しい。

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侍マラソン、再び。。。 その5 (最終回)

相変わらず、道路沿いのギャラリーの数はすごい。 道の両脇をビッシリと固めて、熱烈な声援を参加者へ送ってくれている。 これぞ花道といった感じだ。 街並みに目をやると、「あっ、この光景覚えてる」と、昨年ここを走った記憶がよみがえる。 昨年同様、ロックパフォーマンスをしながら走る。 だが、なんだか体が思うように動かない。。。

Pennant 感覚的に、まだ4、5キロ地点だと思うが、この時点で、もう顔は、汗ダラダラ。 息も荒くなる。 昨年より走るペースが早いのかな、と思うが、後尾車がほとんどすぐ後ろを走っているので、そうでもないようだ。 昨年は、まったくもって軽快だった。 前半は、派手なギターパフォーマンスを繰り広げながら、後半も、ギターを抱えたまま、走りのペースを上げ、余裕でゴールした。

今回の自分は、少し前に骨折してた関係で、1月末から4月始め頃まで走れなかった。 ちょうど1週間前に、やっと、キロ6分ペースでようやく20キロを走れるまで回復した。 当然、走力は落ちているのは事実だが、ここまで体が動かないものか。。。 昨晩、眠れなかったのも影響しているのかもしれない。

実は、今大会の出場に際して、こんなことを考えていた。
「ロンドンブーツを履いて走る!」  これであれば、頭のてっぺんから足の先まで、ロックファッションは完璧だ。 また、おそらく、安政遠足初の、「ロンドンブーツを履いて完走した男!」の称号が与えられる、かどうかは別として、強いインパクトとなるのではないか! 去年、余裕を持って、楽々完走したわけだし、ロンドンブーツで走っても、十分にいけるだろう、と思っていた。 だが、20キロも走ると、大事なブーツが擦り減ってしまう、壊れてしまう、というセコい考えでやめにした。 でもほんと履かなくてよかった。。。

Shizenderock_2   体に鞭打ち、頑張って走る。 沿道の方たちや、すれ違っていく参加ランナーの人たちから、時々、声をかけられる。 「去年も走ってましたよね?」、「そのギター、本物なんですか?」、「プロのミュージシャンですか?」
自分のような参加者でも、人々の記憶に残る、また、印象的なイメージを持ってくれる雰囲気をつくり出すことができたことに喜びを感じる。 

ラスト数キロは、何度か、もどしそうになる。 なんとか我慢し歩を進める。 沿道から「がんばって!」の声が聞こえても、応える余裕はまったくなし。 周りの参加者の方たちからは、「大丈夫ですか?」 と気遣われる。 この沿道からや同じ参加者の声援があるからこそ、頑張ろう、という気になれる。 ゴールゲートが見えて、最後は、カラ元気で思い切りアクションしフィニッシュする。Goal

シューズチップを外し、完走記録を受け取る。 タイムは、昨年より、1時間近く遅い。 そして、昼食のお弁当をもらうが、なんと、昨年支給された「峠の釜飯」ではない。 普通のお弁当になっていた。 自分は、このレースで走った後の、ビールに次ぐ最大の楽しみは、峠の釜飯を食べることにあった。 残念だ。 その後、おいちゃんとTさんに合流し、一緒にお昼を食べる。 しかし自分は、完全に疲労困憊で、支給されたお弁当もまったく口に入らない。 ただただビールを飲みながら、体力回復を待つ(?)。

おいちゃんたちは、このゴール地点そばにある、「恵みの湯」でお風呂に入って帰るそうだ。 横川駅行きのバスが発車しそうなこともあって、その場でおいちゃんとTさんと別れる。 横川駅で、家族にリクエストされた、峠の釜飯を買いこみ列車に乗り込む。 列車内は、大会に参加した人たちであふれかえっている。 天気が良く、のどかな田園地帯を走っていると、瞬時に眠気が襲ってくる。 昨晩一睡もしていないわけだから無理もない。 帰りの八高線と東上線の車内では意識不明状態で眠りこけた。 もう少しで、自分が降りるべき駅を通り越してしまうところだった。

夕刻近く、家にたどり着くと、少し食欲が出てきた。 食べずにもって帰ったお弁当を開こうとするが、クレジットされている消費期限が15:00となっていた。 「う~ん」と考え込んだが、今日のように暑い中、スポーツバッグに入れっぱなしだったので、やめたほうがいいかなと思い、泣く泣く捨てた。

でも弁当なんかより、いろんな人のサポートに接することができたことの方がはるかに意味があった今回の安政遠足であった。 自分の状態は良くなかったけど、本当に楽しい上州路だった。 来年もぜひ参加出来ればな、と思う。

最後に、おいちゃん、Tさん、Tさん、GOOFY、Stray Boysのメンバーの方々、その他everybody。
Thanks to all!

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侍マラソン、再び。。。 その4

やはり、待てど暮らせどタクシーはこない。
こうなったら国道に出て、ヒッチハイクしかないか。。。
こう思い始めたときに、どこかで見たことのある人が、目の前を偶然通りかかった。 背が高く、黒のサングラスをかけ、頭をリーゼントでピシッと決めている。 こんなところで知っている人に会うわけはないのだが、、、ええと、確かあの人は。。。 そうだ! 昨年のこの大会で、コースの途中知り合って、いろいろと話をした人だ! ロカビリーのバンドをやっていたっけ。。。  すぐさま、「こんにちわー」と声をかける。 一瞬、きょとんと固まったかのようだったが、すぐにこちらのことを思い出してくれた。 タクシーを待っているがなかなか来ないんだ、と話すと、彼の仲間たちの車に、気持ちよく同乗させてもらった。 まさに、九死に一生を得たとはこのことだ! その車にありがたく乗り込む。 乗っていたのはバンドのメンバーの人たちだと思うが、みんなきさくでいい人たちだった。

その後、スタート前に、トイレに並んでいると、乗せてってくれた彼に会った。 そして、ギターピックをもらった。 そのピックに刷り込まれている文字は、"Stray Boys" と読める。 その下に、GOOFY と書いてある。 バンドの名前は Stray Boysで、GOOFY は、彼のニックネームかなと思う。 せめて名前くらい聞いておくべきだった。 車の中で、彼は鶴ヶ島に住んでいたことがあると聞いた。 これも何かの縁か。 でも本当に、リーゼント姿の似合うナイスガイだった。 彼と安中駅ですれ違わなかったら、自分は間違いなく今年の侍マラソンには参加できてなかっただろう。 あらためて、ありがとう!Strayboys

会場に到着する。 昨年同様、いろんな仮装の人たちがいて、相変わらず異様な雰囲気だ。 受付を済ませ、コスチュームの最終チェックをした後、荷物を大会本部に預ける。 参加者の荷物はゴール地点まで運んでくれる。 一通り落ち着いたところで仲間を探す。 仲間とは、おいちゃん、女性ブラインドランナーのTさん、そして男性のこれまたTさんの3人である。 彼女たちは、会場近くの宿を借りていたので、スムーズに会場へ移動できたようであった。 すぐに見つけることができた。 いろんな参加者と写真を撮り合っている。 前回は、もっと多くの仲間と参加したのだが、今年は少々さびしい。

Startランナー(?)の仮装は相変わらず新鮮でユニークだ。 やはり、侍関連の姿は、相変わらず決まっている。 この大会に歴史の重みを与えてくれる。 しかし、ギャラリーが期待するのは、「非サムライ」の仮装。 今年もいろいろあった。 去年のトトロの仮装に負けないようなハム太郎の巨大な衣装から始まり、河童一族、東京タワー、みなしごハッチ、トランプマーク、etc. もう、何も、誰も止められない。
昨年巨大なカップヌードルをかぶって走った人は、「峠の釜飯」の格好に扮している。 えくんちょさんは、白と黒のややシックな衣装に、トレードマークのキティちゃんのぬいぐるみと手提げを手にしている。 相変わらず似合ってる。 デンジャラスパンツ君も、さらに過激なコスチュームだ。 バナナがちょっとフニャフニャだったのが残念。(笑)

峠コースにエントリーしている仲間の男性のTさんはシリアスランナー(それでも仮装した!)なので、早めにスタート地点に並んだ。 残りのわれわれは、相変わらず、面白い仮装の人を見つけては写真を撮ったりする。そしていよいよ、号砲がとどろきスタートする。
花火が鳴り、歓声も上がり、なんだか楽しい気分だ。 ランナーたちもその雰囲気を肌で感じているようだ。 自分たちのパーティーは、最後尾に近いところからゆったりとスタートする。 スタート時、およびその後数百メートルはいわゆる渋滞で、身動きが取れない。 それでもおいちゃんは、Tさんをうまく伴走していく。 自分もそれに遅れまいとついていく。

侍マラソン、再び。。。 その5」 へ続く

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侍マラソン、再び。。。 その3

結局、一睡もできず、朝4時過ぎに起き出し、準備を始める。
歯を磨き、丁寧にひげをそり、眉毛を整える。 衣装は、黒のメッシュシャツの上に、ユニオンジャックのノースリーブシャツ、下は、黒のスリムデニムをはく。 それらをベースに、アクセサリー類を上下に散りばめる。 今回のギターはクリーム色のフライングV。 前回の、赤のボディーにジグザグカットのミラーをあしらったランダムスターよりはかなり地味だが、「V」の形はロックっぽくて好きだ。 次に、髪の毛をオレンジのカラースプレーで染め上げようと思ったが、予想に反して、残量が少なく、染めることができたのは一部のみとなった。 最後はメーキャップだ。 妻に借りてきたメーク道具を使うが、ルージュ以外はやり方がわからないので、適当もいいところ。 目の周りはパンダさん状態となってしまった。 大したメークはできなかったのだが、これにおもいきり時間がかかってしまった。 でもまあ、全体的に言えば、昨年よりは、派手なコスチュームに仕上がったと思う。

6時をまわり、チェックアウトのため、フロントへ向かう。 まだ、旅館内は照明も暗く、静まりかえっている。 自分はサングラスをかけてはいるが、その他のメークが施された箇所は露出しているし、イヤリングもつけたりして、誰がどう見ても、女装というかオカマに近い格好だ。 こういう格式のある旅館で、かつて、こんな姿でチェックアウトするやつなんていたんだろうか、と思いながらフロントデスクに到着する。

単に、ルームキーを返して、「ありがとうございました。 またのお越しを」 で、即座に終わる分には問題ないところなのだが、自分の場合、前夜チェックインでの前払いの際に、係りの人が、自分が予約したネット宿泊サイトのポイント還元を忘れていたようで、その分の返金処理があった。 フロントの人は、いくらか年配の紳士で、昔ながらの旅館の番頭さんみたいな雰囲気の方だ。 こっちの姿を目にしたとたん、多少、ギョッとしたかのような表情を見せたが、 「真に申し訳ありませんでした」、「この手違いは、当旅館のミスでありまして、なぜこういうことが起こってしまったかというと......、そういうわけで、....」 と、丁寧にいきさつと事後処理の内容を、珍しいもの見たさのように、チラチラと視線をこちらに向けながら説明してくれるが、受け応える声が、多少裏返っているような気がした。

無事チェックアウトも済ませ、外に出る。 なんだか少しひんやりする。 直前に見たTVの天気予報では、朝方くもりで、それからは晴天だといっていた。 朝の新鮮な空気を浴びながら気持ちよく歩き、磯部駅に着く。 駅の中はまだ誰もいない。 大会が行われる隣駅の安中まで切符を券売機で買うが、駅員さんもいない。 ま、いいかということで、改札なしでプラットフォームに進みベンチに腰掛ける。 誰もいない早朝の駅の光景もなんだか風情があっていい。 プラットフォームの屋根の内側にたくさん巣を作っているのだろうか、何匹かの雀がひっきりなしにプラットフォームに下りてきて、地面を突いばんでいる。 ここも雀のお宿だ、と思った。

発車時刻が近づくにつれ、人が集まってくる。 ほとんどが地元の中高生だ。 スポーツバッグを抱えているので、部活動の朝練習かなと思う。 そんな彼ら・彼女たちも、やはり、こちらの存在が気になって仕方がないようだ。 携帯をいじっているポーズで、時々チラリと視線をこっちに向ける。  「おはよう!」と、大きな声をかけてみると、びっくりした表情をするが、「お、おはようございます...」 と挨拶を返してくる。 自分はこういった生徒たちの素直な性格が好きである。 やがて、電車が到着し乗り込む。 昨夜チェックインした時、フロントの人が、「今日は、マラソンの宿泊客がたくさんいます」と言っていた。 だが、それらしい人はこの磯部駅からは乗ってこない。 30分から45分に1本の電車間隔なので、この大会の受付時間に間に合わせるには、この電車がベストである。 おそらく、ここの宿に宿泊していた他の参加者たちは、自分たちの車で移動するようだ。

約10分で安中駅に到着する。 ここから、大会会場へは、タクシーに乗って移動する。 駅前に降り立ち、タクシー乗り場を探すがすぐわかった。 だが、肝心のタクシーの姿は見えない。 わずかに不安を覚えるが、乗り場でそのまま待つ。 しかし、10分近く待つが、タクシーはまったく来ない。 少し先の国道へ目をやっても、タクシーを目にすることはない。 大会の案内パンフレットには、「電車で来る方は 安中駅 または 安中榛名駅 からタクシー」 と書いてあった。 純粋な自分は、それを信じて待っている。 だが、タクシーは一向に来ない。 そのうち、時刻も7時を過ぎる。 この大会の選手受付時間は7時30分までである。 だんだんというか、かなりあせりだす。 タクシー会社へじかに電話するが、全然通じない。 「ヤ・バ・イ...」。 荷物もあるので、ここから受付会場まで歩いて、または走っても間に合わない。 あいかわらず、タクシーは来る気配すらない。 「ど、ど、どうしよう。。。」  ... 最大の危機が迫っている...

侍マラソン、再び その4」 へ続く

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侍マラソン、再び。。。 その2

この旅館、古来より代々名主をつとめた旧家で、江戸時代より旅館業を営む老舗である。 自分が宿泊する 「雀のお宿 磯部館」が、「雀のお宿」と呼ばれる所以は、当時、このあたりには、うっそうと竹が生い茂っており、そのなかに佇む宿をまるで、おとぎ話の中に出てくる雀のお宿のようだ、と村人たちに言い伝えられてきたそうである。 その後、この宿に滞在した童話作家の巌谷小波の手により童話化され、今日に至ったというそうだ。 館内には雀の絵画やモニュメントなどといったものがディスプレイされており、この伝説をかもし出す雰囲気が館内にあふれている。

チェックインで落ち着いた後、せっかく温泉宿に来たんだから、という思いで、さっそく温泉に入る。 磯部温泉の歴史は古く、1783年 (天明三年) 浅間山の大噴火で、更に盛んに湧き出したと言われているらしい。 泉質は、ナトリウム、塩化物炭酸水素塩泉で、万病に効くとたたえられている。 身体を清めた後、露天風呂の温泉湯に入る。 適度な温度だ。 湯の中で、無意識にからだをなでるが、もう、ツルツル、すべすべの感触だ。 しばらく温泉と呼ばれるところには行ってなかったが、このゆったり、リラックスできるひと時は、何事にも変えがたい。 おまけに、自分が入浴した7時から8時の時間帯は、大半の宿泊客が夕食をとっている時間だったので、ほとんど貸切り状態だった。 至高のひと時を味わい温泉を出る。 身も心も、この1時間程度で、きれいさっぱり浄われて しまったような感覚だ。

さあ、この後は、豪華絢爛な夕食! といきたいところだが、自分の宿泊プランは素泊まりなので、食事は当然のことながらついていない。 ひょっとして、後付けで夕食を追加することができるかな、と思ってたずねてみるが、やはり、素材の調達などもあるわけで、NGだった。 困ったことに、ホテルなんかとは違って、館内にはレストランなどはない。 しょうがないので、磯部駅から旅館への温泉街の道のりでチェックしていた焼き鳥屋で軽く済ませる。 そして宿へ帰り、10時過ぎには床に就く。 部屋の照明を消すとほとんど真っ暗だ。 窓の外からは、かすかな虫の音が聞こえてくる。 いい眠りについけそうな雰囲気だ。。。

しかし、眠れない。 大事なレースの前夜、興奮して眠れない、というのは自分にとって良くあることだが、今回はレースというより、遊びのイベントである。 なのに、気持ちが高ぶって眠れない。 じっと目を閉じていても、明日の衣装はどういうふうにキメようか、この地点の沿道ではどんなパフォーマンスをしようか、などと次から次へと頭に浮かんでくる。 雑念を払って、寝ようとつとめるが、ダメだ。 ついに、安中市役所から碓氷峠までの20.35kmを、頭の中で走りきってしまった。

侍マラソン、再び。。。 その3」 へ続く

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侍マラソン、再び。。。 その1

今年も侍マラソン、第33回安政遠足(とおあし)侍マラソン大会に参加した。

この大会のことは、作年、初出場した時の「安政遠足侍マラソン参加記」に書いたが、群馬県安中市で開催されるこの大会は、日本でのマラソンの発祥とも言われ、歴史と伝統を誇るマラソン大会である。 市民ランナーのためのレースは、数多くあるが、それらのほとんどは、ワンウェイの準競技レースである。 しかしこの大会は、まさに、ランナーが沿道の観衆とコミュニケーションをとりながら、一体となって、楽しめる大会である。
毎年この時期は、自分の仕事の関係で、スケジュールがタイトになるため、数ヶ月前に、参加申込書を出すのは、非常にリスキーであるのだが、昨年初参加し、「この大会は何があっても出たい!」という気持ちだったので、申し込みはしておいた。

しかし、申し込みしてたにもかかわらず、開催週を勘違いしていたせいもあり、宿の手配をすっかり忘れていた。 2、3日前になって、電話をかけまくる。 「部屋ありますか?」、「ありません」、「どうも。 ガチャン」の繰り返しを何回行ったことだろう。 いい加減いやになった。 「もう今回はあきらめようかな」と思った。 ホテルの検索範囲を、安中駅周辺でなく、もっと広域で、値段の高い宿にも広げてみた。 すると、1件ヒットした。 磯部温泉にある宿で、「雀のお宿」。 偶然にも、リーズナブルな値段での素泊まりのプランがあったので、即予約した。

宿泊当日、夕刻過ぎに、宿のある磯部駅に降り立つ。 そして5分ほど歩くと、「雀のお宿」と書いた看板が見えた。 自分が想像したのは、旅館とは言っても、B級レベルの、風情のない民宿並みの宿かな、くらいにしか思っていなかった。 ところが、想像をはるかに上回る、大旅館であった。Suzume ロビーに足を踏み入れると、「いらっしゃいませ」の声とともに、2、3人の係りの人が、自分に群がってきた。 その人たちに従えられ、恐る恐るチェックインを終え、自分の部屋に入る。

侍マラソン、再び。。。その2」 へ続く

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古田監督には失望

果たしてこいつは、監督という器にふさわしい人間なんだろうか。

2年前の、プロ野球界再編騒動の際には、選手会を代表して、真っ向から球団側と交渉に当たった人物である。
自分は、少なくとも、この古田を応援したし、その真摯かつ理性的な交渉態度に、非常に感銘を受けた一人である。

ところが、4月19日のヤクルトスワローズ 対 横浜ベイスターズ戦で、7回の死球劇に端を発し、ヤクルト古田監督が退場処分を受けるという出来事があった。事の発端は、横浜が大きく点差をリードしていた場面での、ベイスターズの盗塁であった。通常、ありえない場面でのスチールかもしれない。古田がこれにブち切れたのかどうかわからないが、続く7回の横浜の攻撃時には、報復とも思われる、2人への連続死球。 2人目の村田へのデッドボールは危険球と判断された。この直後、両軍入り乱れての激しいののしりあいであった。

この際の古田の発言は、「(村田への死球は)カーブのすっぽ抜けやろ。何キロ出てたのか言ってみろ。そんなん(危険球退場)納得できるか。お前、常識持ってんのか。何でお前らに敬語使わなアカンのや!」(サンケイスポーツ)
このマスメディアの報道を100パーセント鵜呑みにすることはできないだろうが、他のマスコミでも、ニュアンス的には、変わりはなかった。

はっきり言って、この古田の発言は、相手の人格および審判という立場を無視した攻撃であり、人道的または常識的に考えても、許されないと思う。古田に対して、審判が取ったペナルティは当然の結果である。古田とは、1監督、1野球人の立場を忘れ、単なる感情マシーンと化してしまった、誠に情けない野球のユニフォームを着た人物である。さらに、この古田は、2000試合出場という快挙を祝福し、共有したかったファンの気持ちも台無しにした。

接戦のゲームならいざ知らず、この退場がチームへアピールできるものは皆無であったし、無意味かつ無責任な退場劇であった。
熱くなるシチュエーションを勘違いするな、と言いたい。

今回の騒動で、あるマスコミが古田を評していた。「燃える指揮官」
まったくもって笑わせる。

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駅伝での繰上げはとても辛いものだった...

これまでの駅伝人生で初めて 「繰上げ」というものを体験した。

過去に数十回、駅伝と名のつくレースに出場していたが、チームが繰上げを食らうことはあっても、自分が走る区間で繰り上げというのは、これまでただの一度もなかった。

それを味わったのが、1月21日に開催された埼玉県駅伝である。 74回を迎えるこの大会は、箱根駅伝の次に歴史ある駅伝競走で、一般、市町村、高校男子、一般・高校女子の各部門でそれぞれ健脚を競う。 自分のチームは、市町村の部で坂戸市陸協としてエントリーした。 任された区間は4区3.8Kである。 自分はこの大会を年間の最大目標としている。 しかし、今回は、作年11月後半からの故障で大幅に計画が狂い、結局、万全でないまま当日を迎えた。 昨年もこの4区で自チームは繰上げがあったので、少しは覚悟をしていた。 しかし、1区、2区は昨年よりレベルアップしているので、なんとか間に合うのでは、とも期待していた。

いよいよ中継所にランナーが飛び込んでくる。 まずは、途中からスタートした一般・高校女子の選手が襷をつないでいく。 そのうちに、高校男子のトップが来る。 埼玉栄高校だ。 後ろを大きく開けて、次走者に襷を渡す。 この駅伝の規則では、同時スタートの、市町村男子または高校男子のトップランナーが通過して10分で繰り上げスタートとなる。 その後も、次々とランナーが入ってくる。 自分のチームのナンバーカードがコールされるのを今か今かと待つ。 時間は刻々と経過する。 前のランナーは、今、どのあたりを走っているんだろうか。 すぐ視界に飛び込んできそうな感覚を覚えるがまだ来ない。 もう祈る気持ちである。 3分前になり、繰り上げ用の白タスキを渡される。 当たり前だが、真っ白なタスキだ。 すでに、結び目も作ってくれてある。 これが白タスキかと、現実が近づいてきたような気がして、なんともいえない気分になる。

しかし、ついに万事休す。 スタートラインに並ばされ、間髪いれず繰り上げスタート。 走りながら、「これが繰上げか...」 と自身に語りかける。 心の準備はしていたが、やはりショックは大きい。 開き直ろうと試みた結果はハイペース。 白タスキ集団を中間地点あたりまで引っ張った。 走りながら考える。 ここで繰上げなら、次もそうだろうな。 しかし、駅伝は何があるかわからない。 ひょっとすると、トップのランナーがブレーキを起こし。。。とかいった不謹慎なことも考えてしまう。 もっと、走りに集中しなければ、と雑念を振り切り走る。 そしてラスト200mで中継所が目に飛び込んでくる。 しかし、近視の自分でも、「あー、繰上げがあったな。。。」と遠くから見る雰囲気でわかる。 結局、タスキを渡す相手なしに中継所にゴールする。 タスキをもらえないで、また、タスキを渡せない。 ダブルショックだ。 出迎えに来てくれたサポートの方たちが、「ご苦労さん」とねぎらってくれるが、自分の耳には入らない。 「繰上げ」と「白タスキ」の事実のみが心の中を駆け巡る。 これが駅伝、勝負の非情さである。

我々のチームは、総合10位以内を目標に掲げていたが、結果は14位。 昨年の12位から順位を下げてしまった。 優勝チームおよび10位でフィニッシュしたチームのタイムを見てみると、追い風でコンディションの良かった昨年よりタイムが上がっている。 やはり他のチームもレベルアップしている。 わがチームも、せめて5区までは、襷を繰り上げなくつなぐことを目標にしていきたいと思う。

「第74回埼玉県駅伝総合成績.pdf」 をダウンロード

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箱根駅伝まであと4日!

毎年この時期、箱根駅伝のことで頭がいっぱいになる。

今日12月29日は、区間エントリーの締め切りである。 1月2日の実際のレース開始以前で、最も気になり、落ち着かない1日である。 やはり、このエントリー発表で、各大学の、戦術がある程度予想できる。 それだけに、関係者はやきもきする。

今回の区間エントリー発表での最大のサプライズは、東海大が1区に佐藤を配置したことだろう。 戦前の予想では、2区、あるいは前回同様の3区でのエントリーが濃厚であったが、1区佐藤、2区伊達で、往路好位置をキープし、往路優勝、復路へつなげる作戦か。

続いて下馬評の高い、順大は、順当に5区に今井をもってきて、この区間だけでも、大量の貯金を作る戦略である。 リザーブにまわっている、松岡やその他の実力ランナーをどの区間に持ってこれるかで、かなり、戦う戦力が整えられるチームだと思う。

亜大、日大は、かなり、いい選手配置ができていると思う。 亜大の場合、特に、復路 9区、10区は磐石である。 益田、岡田直をリザーブに置いているあたり、どんな区間編成でも対応できる布陣である。 唯一、気にかかるのは、2区の山下の復調具合である。

日大は、無理をせず、ダニエルを3区、土橋を9区にもってきた。 1区の松藤も実力ランナーなので、その後の2区福井と、リズムに乗れば、その後の布陣もとりたてて穴がないので、高順位でレースがキープできると思う。

東洋大は、1区 大西智、2区 黒崎は、東海大は別として、他大学からは、圧倒的にアドバンテージを奪える配置である。 リザーブの、北島、尾田の区間配置で、バランスの取れた、限りなく上位を狙えるチームだと考える。 個人的には、いつも自チームの練習で、工学部キャンパスの陸上競技場を使わせてもらっている身近な大学なので、ぜひ頑張って欲しい。

城西大も、戦えるメンバーでエントリーしてきた。 田上が3区であるが、バランス的には、さほど見劣りしない。 シード獲得以上が見える布陣であるとおもう。 城西大の選手が、夕方、自分が住むエリアをジョグする姿をたびたび見かける。 多分、本練習は終わった時間であると思うが、さらに走る彼らにエールを送りたい。

そして、我が母校、大東大。 無難なオーダーだ。 2区の金塚、5区の佐々木にはぜひとも頑張ってほしい。

今大会、自分は、こう予想する。
【1位】 亜大、【2位】 日大、【3位】 順大、【4位】 東洋大、【5位】 駒大

頑張れ、大東、東洋、城西!!!

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駅伝エントリー登録者の定義

駅伝シーズン開幕!」で書いたが、我がチームは黒山・鎌北湖駅伝大会 一般の部で、3位入賞を果たした。 クラブとしても、初めてのことであったので、大いに沸いた。

ところが、後日、大会事務局からクレームがついた。 そのクレームとは、チーム編成上、違反である学生が、我々 「一般チーム」 のメンバーの中に含まれていた。 今回は許すが、次回からは気をつけるように、とのことであった。 その場は、事情もよく理解できず、事実関係も確認できなかったこともあり、低調にお詫びして帰途に付いた。

その後、大会要綱を確認すると、確かにそれらしい規則が明記されていた。 となれば、我々チームも、スポーツマンシップにのっとるべきであるので、入賞を辞退するとともに、表彰状・メダルを大会事務局へ返還した。

確かに、我がチームの中に1名学生がいた。 それは事実である。  我々の感覚では、「学生」というと、大学等の陸上競技部に所属し、学連登録をしている競技者というイメージがある。 だが、我々のチームで走った学生は、大学の陸上部には所属していなくて、ローカルのクラブチームで練習している、いわば市民ランナーである。

この大会規定では、「一般」および「学生」について、明確に定義していない。 単に、一般のチームは、一般のランナーだけで編成、学生のチームは、学生のランナーだけで構成するといったものであった。 別に、これらの言葉尻をとらえるつもりは全然ない。 ただ、もし、そういうカテゴリーでくくってしまうと、今回の我がチームでの学生ランナーはどうなるのか。 他にも、夜間の学生、通信教育の学生、浪人生はどうなるのか。 駅伝に出たいと思っても、この規約の縛りから、現実的に出場できず、宙に浮いてしまうのではないか。

我がクラブは、入賞辞退とは別に、この問題を大会事務局へ提起した。 クリアな回答を期待したい。

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電撃トレード! SB寺原・横浜多村

衝撃的なトレードニュースが飛び込んできた。

福岡ソフトバンクホークスが、寺原隼人投手との交換トレードで、横浜ベイスターズの多村仁外野手を獲得した。 寺原投手は、自分の一番好きな投手であっただけに、ホークスを離れることだけでなく、自分がほとんど観ないセントラルリーグの選手となってしまうことが寂しい。

自分の頭をもたげるのは、福岡SBHは、チームの強化策としてとして、どういうプランを持っているのかということだ。  ホークスの打線の充実は急務かもしれないが、それでは、作年バティスタを解雇し、若手に競わせるといった方針は何だったのか。FAで獲得した小久保と、この多村。 はっきり言って、この二人とも、ケガや故障が多く、シーズンをフルに戦える選手ではない。 戦線離脱したときに、若手のチャンスだと、けしかけるつもりなのだろうか。 はっきり言って、「勝てるチーム」と「強いチーム」の定義は異なる。 ホークスの球団および首脳陣は、これらを混同、もしくは理解できていないのだと思う。

ズレータ選手との契約交渉もそうである。 ソフトバンク球団は、かたくなに複数年契約を拒んでいる。 バティスタ、カラスコの例があるからだ。 しかし、ズレータは明らかに実績がある。 それも、内容的には、日本人投手にも慣れて、パフォーマンスは上昇している。 プレーオフで見せた勝ち越し2ランホーマーは、勝負強さも見せつけた。 本気で、ズレータ選手の残留を望むのであれば、単年3億5千万などどいうふざけた数字で交渉するべきではない。

ホークスのことをコメントするたびに言うが、自分はホークスのビッグファンである。 どこかの金満球団と同じようなアプローチは、絶対にとって欲しくはない。 ただ、寺原には、新天地の横浜ベイスターズで、放出したホークスを見返すような、胸のすくような活躍を期待したい。

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駅伝シーズン開幕!

いよいよ駅伝シーズンの到来だ!

TVで観る駅伝は、もうとっくにシーズンインしていたが、自らが走る駅伝は、昨日の黒山・鎌北湖駅伝大会が今シーズンの幕開けだった。 黒山・鎌北湖駅伝は、毛呂山総合公園前をスタートし、鎌北湖まで登り、越生町役場前を通過し、黒山で折り返し、再び越生町役場がゴールの、24.3Kmの駅伝である。 今年で、第40回を迎え、地元の風物詩となっている駅伝大会である。

今年の大会は、学生および一般の部あわせて、53チームが参加した。 自分の仕上がりは1か月程度遅れているが、上昇気味ではあるので、現在の調子を計る意味では、いいタイミングでのレースである。 自分の担当は、2区。 距離は3.4K。 鎌北湖から下っていくコースである。 早朝は、かなり冷え込んだが、走り始めるころには、陽も出てきて少し暖かくなる。

駅伝では、走者を待つ間の時間が一番いやだ。 何をしても落ち着かない。 そして、緊張感のピークは自分のチームのゼッケンを呼ばれた時だ。 「いよいよだ!」と、もう後には引き下がれない状況が、さらにピークレベルを押し上げる。 予想通り、1区のT君は上位で来る。 タスキをもらい走り出す。 全体での順位は5位である。

最初の500Mは急な下り。 3.5Kの距離なので、最初から突っ込んで行こうと思っていたが、下りが苦手な自分なので、走りはどうもバタバタしてしまう。 このままでは転んでしまうか、ブレーキのかかった足の運びになってしまいそうなので意識的にペースを落とす。 急坂を終えると、緩やかな下りに変わる。 ここで少し切り替える。 しかし、なんというのどかな風景だろう。 天気もよいので、すべてが美しく見える。 これで沿道に、応援してくれる人がたくさんいればもっと気合も入るのだが、山間の道だから仕方ない。

そうこう思ってるうちに、一人抜く。 カーブが多く、なかなかリズムに乗れない。 視界には前のランナーが見える。 そのままのペースで走り、下界に降りてきた。 ここから、中継所までは約700Mくらいだ。 スパート気味にまた走りを切り替える。 中継所まで残り400M地点で、もう一人とらえる。 必死についてこようとするが振り切る。 そしてそのまま、3区のS君へタスキを渡す。

その後、順位の変動はあったが、結局、チームは総合4位。 一般の部3位で見事入賞を果たした。 チームはハッピーであったが、自分の走りはもうひとつという感じだった。 現在の調子でも、もう少しいい走りができるのでは、と思っていた。 自分の走った区間距離および下りというコースに相当するスピードが生み出せなかったのが敗因だ。 下りが苦手なのは別として、スパートのタイミングを逸したというのは、やはり、体の反応能力およびレース感覚が戻っていないからだと思った。 課題である。

特筆したいのは、優勝チームで、あの真也加ステファン選手が3区を走っていた。 この選手は、駅伝ファンならおなじみのあのマヤカ選手で、山梨学院大学のエースとして、箱根駅伝等で活躍した。 現早稲田大学競走部の渡辺康幸監督とは大学時代、各レースで熾烈な争いをおこなっていた。 第一線は退いたのかどうかわからないが、その走りは圧巻であった。 自分のチームの3区走者も実力者ではあるが、まるで歯が立たなかったようだ。 順位的には、真也加ステファンの次にタスキを受け取ったのであるが、みるみるうちに離されたそうである。 表彰式で、真也加選手を見た。 ジャージ姿ではなくジャケットとスラックスを着ていた。 体型的には意外と小柄だった。 ニコニコ笑っていてとても感じがよかった。

チームは入賞できたことだし、自分も結果は別として、この快適な環境の中で走り、リフレッシュできたと思う。 最大目標である、埼玉県駅伝まであと1か月ちょっと。 何とかこれから調子を上げていって、昨年のレベルに仕上げたいと思う。

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ホークスよ目を覚ませ!(下)

ホークスよ目を覚ませ!(上)」より続く。

しかし、打線面での強化だけではないらしい。
FA宣言する、広島東洋カープの黒田投手の獲得を狙っているとのことだ。
これには、小久保獲得の件を通り越してあきれてしまった。
現在のホークスの投手陣だが、先発柱の、斉藤、和田、新垣、杉内の強力な四人に加え、寺原、神内といる。 ファームでも、ベテランの田之上、星野、倉野が存在する。 確かに、前年度、成績を上げた投手でも、翌年はスランプ等々に陥り、チームに貢献できなくなる可能性は否定しない。 しかし、それであっても、中継ぎ、抑えも含めた、ホークスの投手陣全体の充実さは、セ・パ他球団が羨むほどのレベルである。 今年、ソフトバンクがリーグ優勝を逃したのは、投手陣に起因するものだったのか?

黒田投手は、最終的に、カープ残留を決意した。 非常に立派な決断であったと思う。 それでも、黒田投手レベルの選手が欲しいと言うのなら、二軍の、山田、山村はどうなのかと思う。 王さんの監督復帰を心待ちにし、短期間でのチーム力アップを完結し、ペナント奪取という狙いは、ここ近年、常勝を課せられたホークスにとっての最善策なのかもしれないが、それではこれまで、中長期的な視野で地道におこなっていた、チームの若返り策および方針は何だったのかと思えてしまう。

せめて、小久保が加入したとしても、実績による特別扱いはせず、小久保を含め、ポジションというものは競い合い、結果を出したものに対してのみ与えられる、というポリシーは貫いて欲しいと考える。

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ホークスよ目を覚ませ!(上)

福岡ソフトバンクホークスが、現読売ジャイアンツの小久保選手の獲得に、以前にも増して力を入れている。

この小久保選手の獲得についての疑問は、先の「FAで巨人小久保獲得!?」で述べた。  今季のソフトバンクのペナントレース、プレーオフの戦いぶりを見れば、投手陣は合格点に近かったが、打撃面での、あと一本がでない実力および拙攻が敗退の明らかな要因であった。  確かに、現状、小久保が入れば、松中、小久保、ズレータの超強力打線が組めるであろう。  また、チームに与える精神的な面での影響も大きいであろう。  そういった面での貢献も念頭においての獲得であろうと思う。

しかし、自分が言いたいのは、それでは、
- 昨オフでの、バティスタの解雇の意味は何だったのか?
- また、その時点でわかっていた、メジャーに行く城島の打撃面での補強をどう考えていたのか?

これに対する、球団側の説明では、チームの若返りを図るための苦渋の決断であった、ということであった。 バティスタの後釜については、松田を中心に、江川、森本などの選手がシーズン中、起用されたが、バッティング面だけで言っても、バティスタの役割はとても務まらなかった。  また、城島に代わる、強打の選手補強はなかった。

また、小久保は素晴らしい選手であることには疑問の余地は無いし、ソフトバンクへの復帰で、福岡も盛り上がることは間違いない。  ただ、自分が危惧することは、小久保はシーズンをフルで戦えないであろうという危惧である。  年齢的な面もあるし、体のあちこちに持病を抱えている。  実際、今年在籍した読売ジャイアンツでも、度重なる故障で、多くの試合を外れている。   

ソフトバンクという、若手が台頭しつつあり、ベテランとのバランスがそこそこ取れているチームでは、あくまで、若手とベテランが競い合ってポジションを奪い合う、シチュエーションでの強化が必要であったのではないか。

ホークスよ目を覚ませ!(下)」へ続く。

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日米野球辞退者への楽天野村監督の発言

楽天ゴールデンイーグルスの野村監督が、日米野球に選出されたプレーヤーたちの辞退者続出について、苦言を呈した。

野村監督のコメントはこうだ。 「ベストメンバーが組めない。4番打者がいない。カブレラ(西武)ウッズも辞退。松中、金本もいない。辞退者が多いのは選ばれても名誉に思わないから。器量がせまいというか、日本人の島国根性ちゅうやっちゃ」。

日刊スポーツ記事
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=npb&a=20061018-00000014-nks_fl-spo

こういう華やかな舞台に選出され、しかもファン投票である。間違いなく、どの選手も名誉だと考え、出場したいと思う。 なんといっても、日本の野球選手が目指す米メジャーとの対戦である。 それにもかかわらず出場を辞退するのにはやはり理由がある。 今回ノミネートされた選手のほとんどが、ケガや故障を抱えているにもかかわらず、レギュラーシーズンを戦い抜いた選手たちである。彼らは、日米野球のために、プレイしているのか? そうではないと思う。 彼らは、ペナントを争って、年間、百数十試合戦って、ファンに素晴らしいプレーを見せることこそが、自らの使命だと自覚している。また、そうあるべきだと思う。 来シーズン、ファンのみんなに元気なプレーを見せるため、リハビリに励んだり、オーバーホールにあてる。 その意味で、辞退に踏み切った彼らの勇気と決断を評価したい。 日本チームの監督ということで、舞い上がっているのかもしれないが、野村村監督こそ、「器量がせまい」人間ではないか。

今年の、楽天公式戦で、自軍のフェルナンデス選手のあるプレーが、チームの勝敗を左右したとして、この野村監督は、試合後、フェルナンデスを「人格的に信じられない」というようなニュアンスの発言をしたことがあった。少なくても、メジャーリーグでは、個々のプレーに関して、その結果が悪いほうに向かったとしても、それはあくまで選手の力量、状況判断の結果であって、プレーヤーの人格に対しての攻撃は絶対にしない。というかありえない。 なぜ、人格の話が出てくるのか? 最初、自分がこのニュースを聞いたとき、これはとんでもない! 訴訟問題になるのではと危惧したが、フェルナンデスが大人だったのか知らないが、その後大きく取り上げられることはなかった。

このような発言しかできない野村監督こそ、「日本人の島国根性」の典型的な人物なのではないか。

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朝日山部屋とちゃんこの思い出 (下)

朝日山部屋とちゃんこの思い出 (上)」から続く

通されたところは、10畳くらいの部屋。 部屋に入るなり、真ん中にあるテーブルの上では、もうすでに、「ちゃんこ」が煮えている。 プーンと、おいしそうな匂いが漂う。 親方を囲み、我々の一行が食卓に着く。

準備してくれたちゃんこは、ソップ炊きといって、鶏がらスープに、しょうゆで味付けした鍋で、ちゃんこの中ではポピュラーなものだ。 多分、力士の食事はもう少し遅い時間だと思うが、ゲストのためということなのか、普段より早い時間で、食事の準備をしてくれていた。 ちゃんこ鍋の周りには、ビールや日本酒の瓶もならんでいる。

食卓の感謝の祈りの後、食事が始まった。 親方自ら、ゲストにビールを注ぎ、ちゃんこを取り分けてくれる。 このちゃんこ鍋の中に煮えているのは、肉団子、豚バラ、鶏モモ、白身魚、海老、焼き豆腐、油揚げ、大根、にんじん、たまねぎ、白菜、ウズラの卵、しらたき、しいたけ、ウインナー、がんもどき、あとほかにもいろいろあったような気がする。 ちゃんこを食べるのは、もちろん初めてだし、こういった相撲部屋に来て、生で本場のちゃんこを味わえたことだけで感動した。 食べるものすべてがおいしく、スープも最高の味、特に、肉団子は、絶品であったことを思い出す。

この親方、人をもてなす流儀を心得ているのか、それが地だったのかはわからなかったが、とにかく、楽しい方だった。 少し、Hは話題もあったりして、参加者みんな大いに楽しんだ。 やはり、大所帯での鍋を囲んでの食事は、本当に楽しいものだということを実感できた。 その後、力士の部屋を案内してくれたり、ある関取と一緒に、色んな質問に答えてくれたりして、とても楽しい相撲部屋訪問だった。

この訪問を機にして、自分の相撲好きが始まったと言っても過言ではない。 お相撲さんというと、別世界の人間かな、というイメージもあるが、あの日、自分が接した力士の皆は、ごくごく普通の、やさしく、シャイな若者であった。 本当に、彼らが好きになった。

若二瀬親方は、1997年の場所中に他界された。 まだ、55歳であった。 あの相撲部屋訪問時に受けた、この親方の、気配り、情熱、信念は、自分の心の片隅に記憶されている。 その後、朝日山部屋は、元大関の大受親方が継承していると聞く。 朝日山部屋の力士たちの活躍を願いたい。

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FAで巨人小久保獲得!?

福岡ソフトバンクホークスが、今オフFA取得する、現巨人の小久保選手の獲得に乗り出すことが報じられた。(「ソフトB3年10億、FAで巨人小久保獲り」)

今の、チームの現状、戦力を見れば妥当な選択かもしれない。 それでは、作年オフの、改革は何だったのか? 球団は、あのトニー・バティスタを解雇した。 理由は、若手にチャンスを与えるためであった。 素人目から見ても、打撃面でチームの戦力ダウンは明らかであった。 よく、こんな決定をしたものだと思った。 このことは、このブログでも書いた。(「福岡SBホークス 松田の起用方」)

バティスタは、最高レベルとまではいかなかったと思うが、大きくチームに貢献した。 しかし、今季その代役とまでは言わないが、サードポジションを期待された、松田や江川は、とても期待に沿うだけのレベルには達しなかった。 それゆえ結果的に、下位の打順で、複数の選手が、日替わり的にスターティングラインナップに名を連ねることに終始した。 二人とも、疑う余地もない、好素材であったが、ファームでその資質を、開花できなかった。 これとは関係がないかもしれないが、大きな使命感を持って彼らをみてきた秋山2軍監督は、来季、1軍首脳陣に昇格とのことだ。

バティスタを解雇し、若手にチャンスを与えるという、今季の選択・ビジョンを持ったのは、長い目を見ての球団の選択であったと思う。 ならば、小久保選手の獲得より、もっと中期的な目で、彼らを育成する、もしくは起用していくチャンスが必要ではないかと考える。

本末転倒。 朝令暮改。 どこかの金満球団と同じ路線に行ってほしくないと願う。
大好きな、福岡ソフトバンクホークスのために、あえて書いた。

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朝日山部屋とちゃんこの思い出 (上)

ちゃんこのおいしい季節は、実際、もう少し寒くなったほうが雰囲気が出るかもしれない。

自分は、秋冬の季節には、大好きなちゃんこをよく作る。 「ちゃんこ」というのは、お相撲さんが食べる食事の総称で、特に、味噌やしょうゆで味付けされた鍋物というわけではない。 自分はこれまでも、料理をするのが好きであったが、「ちゃんこ」と意識したものは作ったことがなかった。 作ろうと思ったのは、相撲部屋で、実際のちゃんこを食したことからであった。

もうかれこれ、20年近く前であるが、当時自分が所属していた、通訳ガイド団体のある人が、相撲記者と懇意にしていたことで、研修と名もって、この相撲部屋訪問が実現した。 この時は、朝稽古から見学ということもあって、早朝6時くらいに、葛西駅に集合した。 訪れたのは、朝日山部屋。 相撲界初の、外国人力士であるトンガらの若者を受け入れたことのある由緒ある相撲部屋であった。 親方は、現役時代、元小結まで昇進した、若二瀬親方であった。

早速、朝稽古を目にする。 全体的にゆったりとしたリズムであるが、土俵上でぶつかり合う迫力には圧倒された。 頭同士がぶつかり合う鈍い音、力士が発する気合の声と、苦しそうにあえぐ息遣い、転がされた力士の背中にべっとりとつく土俵の砂。 訪れた時期は、2月だったと記憶するが、暖房なんかない稽古部屋で、力士たちの体からは、もうもうと湯気が立ち上る。 その土俵から10メートルほど離れたところにある、桟敷席のような場所から見ている我々も、熱気を感じたことを思い出す。 早朝から、ここまでハードな稽古をするのか、と驚いた。

稽古を見届けた後、別室に案内され、いよいよちゃんこタイムだ。

朝日山部屋とちゃんこの思い出 (下)」 へ続く

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ソフトバンクホークス 終戦...

北海道日本ハムファイターズとの、パシフィック・リーグ プレーオフ第二ステージ2戦目で、福岡ソフトバンクホークスは、1-0で惜敗し、リーグ優勝はならなかった。

この試合でも、投手陣が好投するものの、打線にあと一本が出ない。 今レギュラーシーズンを象徴したような試合だった。 しかし、勝負は時の運、また勝敗は紙一重。 本当に、両チーム、熾烈なまでに互角の戦いを行い、見ている者を釘付けにした、非常に中身の濃い戦いであった。

サヨナラ負け直後に、ファイターズ選手の歓喜する姿の近くで、斉藤和巳投手が、マウンド上にひざまずいて泣いていたシーンを見て、自分も、もらい泣きをしてしまった。 中4日での先発にもかかわらず、この日の気迫のピッチングは、意気に、そして熱く胸に感じた。

力投するマウンドでの表情、また試合後のインタビューを受ける時の、いつもの、あのクールなまでの斉藤投手が、ここまで感情を表した姿は見たことがなかった。 すべてのメディアは、斉藤投手が打者を抑えることができずに、サヨナラでの決勝点を与えてしまったことに責任を感じて涙を流した、というふうに終始していた。 確かに、人一倍責任感の強い斉藤投手にとってはそうであったと思う。

しかし、それ以上に、あの時、斉藤投手が流した涙の意味の一部、または大部分は、9回裏、自らが先頭打者に四球を与えてしまったことが、結果的に、サヨナラ負けに繋がってしまった、ということの自責の念が大きく関わっていたのではないかと思う。

とにかく、ソフトバンクの選手の皆には、「本当にお疲れさまでした。 そして、素晴らしいゲームをありがとう!」 とねぎらいたい。

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ホークスよ! なぜ内側を攻めない?

今日、パシフィックリーグ・プレーオフの第二戦が行われた。

ソフトバンク・ホークスが雪辱して、逆王手(この表現は正確ではないが。。。)をかけた。  過去2回のプレーオフでは、いずれの試合も1、2点差の拮抗したゲームであったと記憶するが、今日の第2戦は大差がついた。 2戦めを取ったことで、勢いはソフトバンクにあるような感じはするが、まだまだ、この行方はわからない。

1試合めは、両エースが素晴らしいピッチングを見せ、1点を争う、純粋に、いい試合だった。 しかし、投手陣が好投するものの、打線にあと一本が出ないという、今レギュラーシーズンを象徴するようなホークスのゲームであっただけに、ファンは、大きなため息をついた。

確かに、これまでほとんどのゲームでの打線の停滞が、現在の位置を端的に表しているのだが、どうも、ここ最近の試合を見て、ソフトバンクバッテリーからは、厳しいコースをついていくという意識が見受けられない。 ホークスとライオンズの試合でいうと、シーズン終盤のゲームで、斉藤和己がカブレラに内側の球を投げて、お互いが一切触発の場面があった。 どうも、これを機に、ソフトバンク投手陣が、ライオンズの打者、特にカブレラへ、厳しい攻めをできていないような気がする。 斉藤和も、実際、内角を突いてはいるが、これまでのような思い切りのよさがなく、「腰砕け」のような内角への攻めである感がする。 はっきり言って、カブレラが、どんなに挑発しようが、威嚇しようが、ひるむ理由はひとつもない。

野手陣からは、「なんだ、そんなへっぴり腰の投球は! もっと厳しく相手の胸元を突け!」
という声が上がってもおかしくないのだが、いかんせん、それ以上に、チーム打線の湿り加減が最悪なので、彼らは言いたくても言えない。

第1戦めでの松坂の投球。 結果的に4死球を与えたが、見事な攻めのピッチングだった。 斉藤和も気迫、精神的な面では、むしろ松坂を上回っていたと思うが、ここ一番で、コントロールが狂ったのか、集中力を欠いたのか、痛恨の1点を与えてしまった。 確かに、斉藤和はベストピッチであったが、打者の胸元を、これまで以上に積極的に突いていくピッチングが求められたのではないかと思う。 そして他の投手にも同様のことが要求される。 今のソフトバンク投手陣からは、カブレラに、「打たれて怖い」 というより、「ぶつけたほうが怖い」 というように感じ取れてしまう。

明日第3戦の先発は寺原だ。 これまでは、弱気になり、四球からランナーをためて自滅するパターンが顕著だった。 だが、ここ数試合、KO されてはいるが、打たれた末の結果であった。 最近有効なショットとして確立してきたシュートを効果的に使い、ぜひプレーオフ3戦のマウンドを死守してもらいたいと思う。

がんばれ、寺原! がんばれ、ソフトバンク・ホークス!

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日刊スポーツ 亀田世界戦記事について

亀田vsランダエタ戦の試合に関する報道も大分落ち着いてきた。

そんな中、日刊スポーツ紙が、「亀田世界戦、ボクシング関係者80人の判定」と題する記事を載せた。 元世界王者ら、関東、関西のボクシング関係者80人にアンケートを実施した。 総計では、42.5%が亀田の負けとしたが、関東、関西での結果を見てみると、関東勢では、亀田の勝ちとした専門家が小差で多かった。 一方、関西では、半分が亀田の負けと見た。 さらに、この記事では、この結果は、会場での観戦者が多かった関東勢に比べ、関西勢のほとんどはテレビ観戦であった点を、判定の差としてあげている。 だが、分析はここまでである。

自分は、この試合では、ホームタウンでの開催による事情が、採点へ大きく影響したと思う。 ここで言う影響は、いわゆる、「八百長」とかいう問題ではなく、オーディエンスが与える影響のことである。 特に、今回のように、人気選手である亀田が登場する試合の盛り上がり方は尋常ではなかった。 有効でも何でもないパンチが一発当たるだけで、会場はヤンヤの喝采。 ちょっとした連打で、スタンディングオベーション、「カ・メ・ダ!」を連呼しながらの手拍子。 はっきり言って、この会場内の雰囲気が、ジャッジの冷静な判断を狂わせる要因となる可能性があったのではないかということだ。 それであれば、会場観戦であった関東勢が、亀田の勝ちとし、テレビ観戦であった関西勢が、亀田の負けとした判定にも大いに納得できる。

このあたりまで踏み込んで報道すべきであったと思う。

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「梵」選手頑張れ!

広島東洋カープで、見慣れない(聞き慣れない)選手が、連日活躍している。
その選手の名は、梵 英心選手。

しかし、その「梵」の読み方がわからない。 "ぼん"?
新聞、雑誌等、どの活字メディアを見ても、「梵」選手の名前に、ルビをふっているものはない。

公式ホームページでやっとわかった。 「そよぎ」 と読むということを知った。

自分は、パ・リーグしか見ないファンなので、遅れているのか、漢字よみの常識に欠けているのか?  でも、「梵」が、常識的な漢字レベルなんだろうか?  なぜ、ルビをふらない?

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亀田選手と日本ボクシングの良識

昨日の、WBAライトフライ級王座決定戦で、亀田興毅選手が、べネズエラのファン・エストラダ選手に判定で勝利し、王座についた。

挨拶もろくにできない、あきれた亀田親子のことは、このブログの「具志堅さんの発言を支持する」 で述べた。 礼儀、あいさつは、リングに上がる以前の問題なので、百歩譲るとして、亀田選手の実力がどの程度か、少しは興味があったので、自分もこの試合はTVで観た。

実際の試合では、1ラウンド終了間際、ダウンを喫し、11、12ラウンドはパンチをもらい続け、立っているのがやっと。 素人目に見ても、まず負け試合。 多くのボクシング関係者も、今回の判定を疑問が残ると話している。  自分の採点でも、エントラダが上回っていた。(以下のスコアは自分がおこなった採点表)

     1   2  3   4  5  6   7  8  9  10 11 12  計
ファン 10 10  9 10  9  9 10  9 10   9 10 10  115
亀田  8   9 10  9 10 10  9 10  9 10  9  9  112

僅差のラウンドでも、10対9でどちらかにつけるというネバダ・ステート・ルール下での試合であるので、試合の流れや、見た目で結果が分かれる事がある。 それを差し引いても、亀田の負けは明確であった。  亀田が攻めてるなと感じたのは、こだわった左ボディへのパンチと、意味もないただ手打ちだけの速い左右コンビネーションだけだった。

自分も、わずかな間ではあったが、ボクシング界に身を置いた人間である。 所属していたジムは、協栄系であった。  その間、色んなことを見聞きした。 ここでは書かないが、ランキング、マッチメーク、健診、等々。  「イズ・ディス・ボクシング?」 と、ため息ともつかぬ嘆きを、心底ボクシングが好きであった自分が、都度味わった。  少なくとも、20年以上前から何も変わっていないということを証明した今回のタイトル戦だった。  ボクシングを志そうとする若者。 こいつらは、本当に純粋な奴らだ。 中には、親の加護もない、親すらいない奴らもいた。 陳腐な言葉だが、「ハングリー精神」。 これが、彼らの中にも生きていたし、少なくともジムの中にも生きていた。 それが、完全に崩壊してしまったような気がする。  今、ジムで、プロデビュー、日本王座、果ては世界チャンプを夢みている彼らが、このような不可解な判定をどう感じるだろうか。

とにかく、亀田よ。 直後のインタビューで、「不細工な試合ですみません」は、ないだろう。  少なくとも、この試合で闘った相手の強さと自分の実力を考えれば、こんな失礼なコメントはない。  九分九厘負けていた中での思いもかけない歓喜の勝利。 こういう時には、自然と人間としての本音が出るものだ。  亀田選手を取材した事があるという人たちは、「普段は礼儀正しい、好青年です」というようなことを言っていたが、それらが全くウソであったという事がわかった瞬間だった。  亀田よ、今からでも遅くない。  相手選手に対する礼儀だけは、最低限守れ。  アホ親父にも教えてやれ。

また、テクニック面でもアドバイスしたい。  自分は、何も亀田が嫌いなわけではない。  もっと、自分及び相手個々の人格を尊重し、自らの実力を客観的に把握しろという事である。  実力に関しては、今回のタイトルマッチで、わずかながらその片鱗は見せたと思う。  初防衛戦までに以下を克服することを願う。

1.相手の正面に立ちすぎる
2.打ち終わったあとにガードが下がる
3.前進している割には、相手へプレッシャーを与えていない
4.ロープに詰めてからが甘い
5.局面的に防戦になった時に、修正がきかない

また、今回を機に、このバカ親父も、少しは礼儀面について、三兄弟に教育すべきだと思うが、タイトル奪取で舞い上がっているこいつじゃ無理か。

まだまだ書きたいが、また次の機会にする。

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サッカー ワールドカップでの報道について思う

2006年サッカー ワールドカップも決勝戦を残すのみとなった。
残念ながら、ジーコジャパンチームは、予選リーグで敗退し、ベスト16に届かなかった。 特に、負けた試合での、「負けっぷり」 が悪すぎた。 戦った選手自身、「われわれはまだ弱い」、とコメントしていた。 そしてマスコミも「世界の壁は厚い」と報道していた。

だが、冷静に振り返ってみると、決して日本チームが弱かったわけではないと思う。 日本チームは、確実に、前回の日韓ワールドカップからは、飛躍的に強くなっていると思う。 では、なぜ、1次リーグ敗退だったのか。 それは、日本チームが成長する以上のペースで、他国のチームも強くなっているという、ただそれだけのことである。

このワールドカップでのジーコジャパンが戦った中で、その報道という面に関して、マスメディアの責任は大きい。 今回の、ジャパンチームの動静に関する一連の報道は、明らかに方手落ちであるとともに、情報操作とは言わないまでも、情報誘導に近いものであったのではと感じる。

その理由として3つあると思う。

1つめ。 日本チームの実力を過度に評価した。 FIFAランキングを例にとり、直前のドイツとの練習試合もふまえ、戦う上昇ジーコジャパンのイメージを作り上げた。 ケガ人や体調不良者が出ても、それを現実とは受け止めないような希望的・楽観的な報道で、「イケイケ」シンドロームなものを作り出した。

2つめ。 諸外国チーム、特に、同じく組で戦う、オーストラリア、クロアチアの実力レベルを、的確かつ公平に報道できていなかった。 オーストラリアは別としても、クロアチアは、今回の予選組みの中でも、ポイントとする強豪チームであったと思うが、客観的な目で、このチームの強さを伝えることをしなかった。

3つめ。 オーストラリアに敗れ、クロアチアと引き分けた、そのタイミングで、報道姿勢の軌道修正ができなかったことだ。 ド素人でも、この時点で、ベスト16への必須条件として、ブラジルに2点差で勝つなんてことは、まず考えられなかった。 たとえ、ブラジルが主力を外したチーム編成で来たとしてもだ。

マスコミはその可能性を必要以上に煽りたてる。日本人は、メディアから発信される情報を素直に受け取ってしまう。 しかし、可能性と実現性とは別問題である。 実現性には目をつぶって、ただ数パーセントしかない可能性を煽っていくメディア側の姿勢を、いつぞやの時代とダブらせた。。。

最後になるが、これはマスコミのせいではないだろうが、日本選手というか、日本人の国民性特有だが、勝者に敬意を表する態度・発言が、日本チームから、ほとんど聞かれなかったのは残念だった。 ほとんどの選手のコメントが、自分のプレーやチームの戦い方だけに終始していた。 他国の、イレブン、監督およびその関係者たちは、勝っても負けても、開口一番、心底そう思っているかどうかは別として、マナー、エチケット、儀礼として、相手を称える。 海外在籍の選手も多い日本チームだが、こんな単純なことだけでも、世界のレベルには到達できていないことが証明されていると思う。 スポーツマンシップという、やや陳腐な響きも、ジャパンイレブンには虚しく響く。

明日は、いよいよ決勝戦。 両チームにベストプレイを期待したい。

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具志堅さんの発言を支持する

具志堅さんが、亀田に対して苦言を呈した。 その発言が、各所で波紋を呼んでいる。

新聞等で報道されている内容を要約すると、以下の通りである。

1 亀田興毅君の最近の試合は内容が悪い
2 弱い外国人(いわゆる咬ませ犬)と対戦ばかりして、
  空位の王座決定戦を金で掴もうとしている
3 その亀田君が狙う王座は、かつて具志堅さんが持っていたタイトルで、
  一緒にされたら困る
4 会見や計量のときに相手に挑発する非紳士的態度はやめよ
5 次男の大毅君が試合後にリングで歌うという特別扱いはやめよ
6 負けるのを恐れず、経験を積んでほんものの強さをつくれ

確かに、これら6つは、亀田ブラザーズに対して十分に言える。
2. 以外は、主観的な要素があるのでここでは大きくとりあげない。 だが、やはり、2.で指摘しているように、日本・海外、強豪ランカーと対戦することなく、タイトル戦のマッチメークに走ることには疑問を感じる。 多分、具志堅さんが、一番言いたかったのは、これではないかと思う。 具志堅さんが苦言を呈したのも、これからの、日本ボクシング界の発展を願っての発言であったと思う。 自分からすれば、「具志堅さん、よく言ってくれました!」。

2006年の元旦におこなわれた、実業団対抗「ニューイヤー駅伝」の、スペシャルゲストでこの亀田親子が出演した。 役目的には、各スポットでの選手の応援みたいな感じだったが、これがまったくもって、効果なし、無意味な演出であった。 どこでだったか、忘れたが、亀田父が、得意もって、焼きそばを焼いている場面があった。 しかしまあ、この親父は、あいさつすらできてない。 同じスポーツ界に身を置く人間として、恥ずかしいと思った。 他にも、どの亀田だったか忘れたが、レポーターが真剣に質問しているにもかかわらず、「亀田と世界はセットや!」と、何を聞かれてもこのオウム返し。 ボクシングで強くなるためには、教養なんて必要ないかもしれない。 自らの拳だけが信頼できるものである。 しかし、それを差し引いても、この亀田親子の、教養を通り越して、常識レベルにも、大きく疑問符がつく。

辰吉丈一郎。 まだ、このボクサーの名前は、今のボクシング界では伝説である。 自分も、好きなボクサーの一人である。 強い云々はさておいて、自分が一番好きだったのは。この辰吉のスポーツマンシップである。 彼も、対戦相手を、リング外で必要以上にあおったり、試合の中でも、相手を挑発したりすることもあった。 だが、辰吉は、必ず、相手への尊敬・感謝を忘れていなかった。 一般的に、日本人選手は、自分自身の事しか目になく、「今日は恥ずかしい内容の試合でした」、「KOできなくてすみません」とかいうような、自分中心の発言しかできない。 辰吉が、薬師寺とタイトルをかけて戦い敗れた後、薬師寺に対して、「これまで中傷した発言を謝りたい」と言った。 俺はこれに感動した。 辰吉の器の広さを、素晴らしいと思った。 今の亀田にこれができるか?

具志堅さんの発言は、全くもって、悪意を感じるものでなく、逆に、日本のプロボクシング界の発展を願ったものである。 これを、ケツの穴の小さい、亀田バカ親子が、取り返しのつかない反応をしてしまったからだ。 今からでも遅くない。 具志堅さんに対して、詫び状でもいれるべきだろう。

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安政遠足侍マラソン参加記

Dscn0121_1 第三十二回安政遠足侍マラソンに参加した。

この大会のユニークさは、「侍マラソンへ申し込んだ」で紹介したが、通常のマラソン大会と違って、「仮装」が正式に認められている。 今大会も、各参加者が趣向を凝らした姿で、群馬県安中市から長野県境の碓氷峠までの中山道を、峠越えの29.17Kmの峠コースと、峠ふもとまでの20.35Kmの関所コースに、全国から集まった1352人が快走した。

これまで、こんなおもしろい大会があるなんてことは知らなかったが、過去五回出場経験のある、走り仲間のオイちゃんに誘ってもらった。 自分は、シャイで恥ずかしがり屋の性格であるが、大胆で目立ちたがり屋でもあるので、うってつけの大会だと思い二つ返事で参加した。

前日夜に宿舎に入った。 おいちゃんとしんさんがわざわざ駅まで迎えに来てくれた。 小雨が降り、肌寒い天候だったので、明日の天気が気になる。 翌日のスタート時間が午前八時なので、早めに床に着いたが寝つきが悪い。

翌朝、5時半に起き、変身の準備を始める。 自分の仮装テーマは、1980年代のハードロック/ヘビーメタル系のアーチスト。 黒で決めた衣裳に、アクセサリーを散りばめ、本物のエレクトリックギターを携える。 メークもするがグラサンをかけるのであまり関係ない。 本当は金髪に染め上げる予定だったが、長年保管していたためか、ヘアスプレーの中身が変質してしまったようでほとんど水のような液体しか出てこない。 誤算である。
6時半に参加仲間と集合し会場へ向かう。

やはりスタート前の会場の雰囲気は異様な感じだ。 基本の武者姿を筆頭に、 忍者・影武者、江戸時代の魚屋さん、籠の担ぎ手、飛脚など、江戸時代にスリップしたような衣裳から、手作りのシルバーの蓑をまとったトトロ、巨大なカップヌードルのカップをかぶった人、頭の上から爪の先までそっくりのいでたちの寅さん、大正時代の南蛮乙女、母の日にちなんで、全身カーネーション尽くめにした方など、みんなおもいおもいの衣裳でスタートを待つ。

昨夜は天候を心配したが今日は大丈夫。 早朝のうす曇から徐々に日差しが照りつけ始める。
今回一緒に走る自分の仲間の人たちの衣裳は、高校3年生を体現した、鳩山高校の制服に身をまとったおいちゃんと学ラン姿のKさん、侍姿のNさん、かぶりもののマサカズさんが仮装して出場。 また、峠コース優勝を狙うしんさん、今回応援に駆けつけてくれたUさんもいる。

そして、午前8時、スタート。仮装なしの順位を狙うランナーは早々に駆け出していく。 我々はスタート時の渋滞を待って、のんびりと走り出す。 スタートしてからの数キロは、まさに花道といっていいような感じだ。 沿道にギャラリーが途切れない。 ちびっ子からご老人までが、声援を送りながら手をたたいて、走るランナーたちを励ましてくれる。 この感激と感動はこれまで味わったことのないものだ。 自分はもう、行く先の距離は考えず、ハイテンションで、沿道の人たちにギターパフォーマンスをする。

そんな状態で、体が自然に動いたのか、パーティーをあとにし、先に向かう。
やはり気になるのは制限時間である。 ここまで、最後尾車のすぐ前を走っていたので、これはヤバイと思い始める。 自分は今回仮装して走っているといっても、マラソン大会で関門でアウトになるのは、やはり自分にとって許せない。
ギャラリーのいないところで懸命に走り、応援のあるところでパフォーマンスをして休む(?)。 関門が非常に気になる。 しかし、キロ表示がほとんどなく、自分が今何キロ地点を走っているのか、腕時計もしてなかったので、まったく分からない。 でも昨晩、おいちゃんから、キロ7分半が関門シャットアウトのペースだ、と聞いていたので、とにかく歩を進めた。

途中から国道にそった歩道を走ることになる。 ギターを抱えて走る自分を他のランナーたちが異様な目を持って見ていく。 自分はペースを上げたいが、狭い歩道の上では、抜くこともままならず。 前のランナーのペースに合わせ歩を進める。 前が抜けないままイライラ状態が長く続く。 レースと違うんだからこれもありか、と思って我慢する。
そのうちまた田舎道に入る。 自分の感覚時計では、まだゴールまですこし距離があるかなと思っていたが、神社っぽい石段をのぼり、太鼓の音がドンドン聞こえる。  「あー、ここがゴールだ」と思いきや、通過点。 でもここは単なる通過点ではなく、有名な碓氷関所跡である。 しかし、雰囲気的にも、ここがゴールだと感じたランナーはかなり多かっただろう。。。 あとすこし。 まだまだ先は続く。

この地点で、かなり疲れたこともあって、路傍に腰をおろし、後方の仲間たちを待つ。 ギャラリーもいない。 すこしさびしい。 ギターの弦もほとんどが切れてしまった。
しばらく待っても姿が見えないのでまたそのまま走リ始める。

最後の数キロは登りがつづく。 ほとんどの人は歩き状態だ。 でも頑張る。 最期の角を右折するとゴールのゲートが見えた!
疲労困憊なのだが、なんだかこのままゴールゲートをくぐるのがもったいなくて、左右の沿道の人たちに、再度ギターを構え、精一杯のアクションをした後ゴール!

その後すぐ、ゴール手前で仲間のフィニッシュを待つが、自分のゴール後30分以上待ってもまだ来ない。 「ひょっとして収容車?」と、心配になった。 そのうち風が冷たくなり体育館へ移動した。

しかし、その後、Nさんが現れ、仲間みんな無事ゴールしたとのこと。 本当に良かった。
そのあとは、皆で、大会から昼食として支給された、有名な駅弁 「峠の釜飯」を食べながらお互いの労をねぎらった。
自分の場合は、足腰はガクガク。 ギターのストラップを掛けていた左肩の皮はベロンとむけてしまい、ギターのボディが当たるお腹の皮も擦り傷だらけ。 また、走っている間ギターがバウンドしないように右手でグッと押さえつけていたせいで、手首の下が内出血。 この夜は、悲鳴をあげて風呂に入った。。。

帰路は、マサカズさんに、小川町まで車に同乗させてもらった。 マサカズさんも、一緒に関所コースを走ったので当然疲れていたと思うがとても助かった。 ありがたかった。 途中の藤岡で、楽しいイベントをやっていた。 お土産もたくさん買った。

一緒に走ったNさん、Kさん、応援のUさん、峠コースでの快走しんさん。 みんなお世話になりありがとう。
でも、もう今から考えている。 来年はどういう仮装をして走ろうか。。。

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清原選手の死球発言について思う

4月20日の東京ドームでの北海道日本ハムファイターズ戦で、オリックス・バッファローズの清原選手が、ダルビッシュ投手から死球を受けた。

そのことに関し、清原選手が、次のように語っている。
「今度(死球が)出たときは、故意にしろ故意でないにしろ、僕は守りたいものを命を懸けて守りたい。そういうことがあれば、命を懸けてマウンドに走っていき、そいつを倒したい」http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=npb&a=20060422-00000011-dal-spo

この言葉を聞いて、一瞬、耳を疑った。 こいつは、何を考えているのか、何様のつもりか?

単に、感情的なものだったとしても、ダルビッシュ投手やファイターズチーム等にとっては、非常に不愉快な発言であったと思う。 まずもって、ぶつけようと思って投げる投手はいないと思う。 ゲームの局面や、死球を受けた箇所から、故意であったとはまったく判断できない。

それ以上に不快感を感じるのは、これからは、俺に対して、内角攻めをした場合、相応の報復もありうると、いうニュアンスが伝わったことだ。
清原選手が、内角にウィークポイントを抱えていることは知られている。 清原選手に限らず、強打者に対しては、厳しい内角攻めの投球がマストであるのは共通認識である。
今回の清原選手の発言は、「自分は内角が打てないので、それ以外のコースで勝負しろ」 と言っているのに等しい。

しかし、清原選手に告ぐ。 君がそう考えているほど、世間は甘くない。 「清原番長」の名前だけでは、レベルの高いパシフィック・リーグでは通じない。 この発言を機に、さらなる内角攻めが、君の打席で展開されるだろう。 投手にとっても意地がある。 「内角攻めをする奴には、命を懸けてマウンドに走っていき、そいつを倒したい」 こんな言葉には、パ・リーグのピッチャーは微塵ほども感じない。 逆に、火に油を注ぐことになるかもしれないよ。 彼らも、命がけで、チームそして自分自身のためにマウンドを守っているのだから。

清原選手よ。 勘違いをするな。 グラウンドで受けた借り(はっきり言って、この場合は全然意味が違うのだが)は、グラウンドで返せ。 自分が、内角厳しいコースへの対応を克服するか、当たりそうな球をよける技術を体得しないことには生き残れないということを念頭におく必要がある。

どうも、清原選手は、巨人に移籍した後、「番長」、「アニキ」といった称号を、マスコミから与えられてから変わってしまったように思う。 これらの呼称に、清原本人が満足していたのかは分からない。 しかし、何度かケガを患っていたとしても、そのイメージに埋没してしまい、現状維持での意識やプレーが目立つ。

いずれにしても、清原のような大選手の発言は、当然ながら大衆の目にとまる。
自分は、清原選手は好きな選手で、ライオンズ入団時から絶えずチェックしてきた。 今年、パ・リーグに戻ってきてくれたことはとても嬉しかった。
清原選手には、こういった、過激、独断、不毛な発言でしか、注目を浴びることのできない選手にはなって欲しくない。

清原選手。 お前の真価が問われるのは、グラウンドだ!

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登りの走りを克服中

自分は、本当に登りの走りが苦手である。
コースの中に登りが出てくると、途端にスピードダウン。 まったくもって、からだが反応してくれない。 やはり、中距離ランナーでは登りを走るのは無理があるか。

自分が所属するランニングクラブには、「登りが好き」、「山が大好き」という選手がたくさんいる。 彼らは、色んな山岳レースに出場する。 自分からすれば、まったくもって信じられないことだ。

なぜ、自分はここまで登りの走りが苦手なのか?
当然、適性がある。 登りを走ることに対するメンタルな抵抗や脚筋力の不足が大きく影響していると思う。

登りでの走りのポイントをまとめてみよう。
登りでは平地と違い、負荷がかかるため、効率的でリズミカルな動きが要求される。

 ‐ からだは前傾させ、数十メートル先に視線を保って走る
 ‐ 力強く踏み出すのではなく、足を前に置いていくようなイメージで走る
 ‐ 腕を推進力として、しっかりと、特に後ろへ意識して振る
 ‐ 脚の動きと、呼吸とを合わせるリズムをとる

登りでの走りと言えば、箱根駅伝の一番過酷な、5区山登り。
2004年の大会で、学連選抜チームで5区の区間賞を取った、筑波大の鐘ヶ江選手の走り方。 まず、上体は前傾ではなくアップライトスタイル。そして、腕振りは、ダイナミックではなく、身体の前で軽く合わせる程度。 ただし、リズムは取っている感じだ。 非常に軽い、リズミカルな走りでこれまでの箱根の山登りのイメージを覆すような走りであった。

翌年2005年の箱根駅伝5区で、区間1位となったのが、順天堂大の今井選手だ。 この今井選手の走り方は、鐘ヶ江選手とは、走り方がまったく逆。 思い切り前傾姿勢で、グイグイと腕をふり、着地時のキックも強く、躍動感あふれるフォームだ。 この今井選手は、2006年も続けて区間賞を獲得した。

登りの走り方に対するセオリーはあったとしても、個々のランナーの、意識、体格、走法等によって、アプローチの仕方は異なるものだと認識した。

じゃあ、自分でも出来るかなと発奮し、登りに対応すべく練習を意識している。
先々週、高知に帰省していたこともあり、登りのトレーニングとして、正蓮寺を走る。 愛宕の先から高知カントリークラブまで5kあまり登りが続くコースだ。 感覚的に、キロ5分30秒ペースで走る。 頭の中では、絶えず、「省エネ」、「リズム」を意識した走り方を心がける。 前回、このコースを走ったときは、もう、ヒイヒイ言いながら走っていたような気がするが、今回は余裕がある。 フォームの乱れもない感じで走れている。 頂上を前にして、ペースアップもできた。

以前ほど、登りに対するアレルギーはなくなったような気がする。
出場レースもないので、この成果(?)を試す場もないのだが、確実に登りに対する対応が出来つつあるといった今日この頃である。

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福岡SBホークス 松田の起用方

福岡ソフトバンクホークスがここのところ低迷している。

そのホークスのホットコーナーを開幕以来守っているのが、今年、亜細亜大学からドラフト希望枠で入団したルーキーの松田宣浩である。

昨年オフ、トニー・バティスタが突然解雇された。
理由は、「若手にチャンスを与えるため」。 正確ではないかもしれないが、このようなニュアンスだった。

果たして、プロの世界で、ポジションは与えられるものなのか?
違うと思う。 自ら掴み取るものだと思う。
ホークスの内野手でサードを守れる選手も、ファームの選手を含めれば、松田のほかに、森本、江川、吉本、明石といる。 少なくとも、今年は、バティスタとともに、これら選手でポジション争いをさせるべきであったと思う。
松田の潜在的な能力は、自分も十分に評価している。 その能力を、バティスタとの競いの中で、さらに磨きをかけて成長することに、はるかな意味があったと考える。

選手の育成といえば、いろいろなやり方がある。 確かに、サラブレッドを、実績が出ないまま使い続けて、後に大化けすることもある。 城島がその例だ。
しかし、前期ダイエーホークス時代の弱小チームだったその頃とは違う。 今では、リーグ優勝、日本一を重ね、常勝球団となったホークス。 ファンとして、勝つための選手起用を第一に考えて欲しいと思う。

また別の意味で、このあたりで、松田を、一度スタメンから外してみるのも、逆に松田にとってもいいと思う。 メンバーを外れて、ベンチから試合・戦況を見つめ直してみることも勉強になるのではと考える。

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「栄養費」野郎 一場に負けた福岡SBホークス

楽天ゴールデンイーグルスとの初カードで、福岡ソフトバンクホークスがよもやの負け。
昨日の、西武ライオンズとの接戦を制し、3連戦を勝ち越し、いいムードで挑んだ試合であっただけにとても残念だ。 この結果、楽天イーグルスへ今季開幕初勝利をプレゼントしてしまった。

昨年の、ホークスとイーグルスの対戦成績は、ホークスの17勝3敗。 お得意様を通り越して、カモ同然の相手である。
今日も、初回に、松中の2ランホームランが出て、間違いなく勝てると思っていたが、高橋秀投手のノーコンピッチングと松田選手のマイペースエラーもあって、2ケタ失点で完敗してしまった。
まあ、楽天に負けてしまったことは仕方ないとして、何より気分が悪いのは、今日のホークス打線が、一場投手に牛耳られてしまったからだ。

この一場靖弘投手。 もうほとんどの人は、記憶にないだろうが、明治大学在学中に、プロ球団からの金銭授受問題で時の球界を揺るがした張本人である。
この時受取った金銭、これは、「栄養費」という名目で、有望な大学生・高校生選手に他チームからの勧誘を断らせるために、選手の育成費と称してプロ野球球団から援助される金銭の類である。

一場の場合、巨人から栄養費をもらっていたのが発覚したのが、2004年の8月。
あのナベツネ読売オーナーが辞任したりして、かなり話題になったが、「断りきれなかった」などという勘違いの弁明や、他の選手にも同様の事例があるといったこともあって、この問題はそれなりにおさまった。 まあこれは、一万歩譲って許そう。

しかし、この一場を許せないのは、その後の10月にも、横浜ベイスターズからも同様の栄養費を受取っていたことが明るみになったことである。
一場が、男であり、普通の常識を持った人間であるならば、巨人からの金銭授受が明らかになり謝罪した段階で、「実は、他球団からも同じようにお金をもらってました」とでも、潔く告白すれば、このスポーツマンの風上にも置けない、腹黒い、カネの亡者に対して、少しは見直したかもしれない。
しかし、事が明らかになるまで、隠し通そうとした卑劣なやり方。 こんな奴が、日本のプロ野球界で、ぬくぬくと投げていることに強い憤りを感じる。

この一場の件では、数年前の多田野数人投手のことを思い出す。
彼は、有能な大卒即戦力投手としてプロ入りを期待されていたが、立教大在学中に、ホモビデオに出演していたことが暴露され、国内で野球を続けることが出来なくなり、活動のチャンスを米国に求めた。 そして、クリーブランド・インディアンズの2Aから地道に努力を続け、メジャー登板も果たし、今季も米国で活躍している。

一場も本来なら、潔くこうすべきであっただろう。 「世間をお騒がせして申し訳ありません」、「出来るだけ野球は続けたい」などという、自らへの反省なしのモラル、スタンスは、はっきり言って"木村一八"と同じレベルだと思う。

ソフトバンク・ホークスは次に、この一場と対戦するような事があれば、完膚なきまで打ちのめし、絶対に勝って欲しい。

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2006年プロ野球開幕

2006年度のプロ野球が今日開幕した。

プロ野球開幕とは言っても、今日開幕したのはパ・リーグである。
まあ、自分はパ・リーグしか見ないファンなので、プロ野球イコールパ・リーグになるのだが。

先のWBCでの、日本チームの世界一達成の興奮と余韻が覚めやらず、プロ野球がおおいに盛り上がっていることもあり、今日の開幕3試合へは、昨年より2万5000人多い観客が詰めかけた。

福岡ヤフージャパンドームでは、開幕セレモニーで、WBCの優勝トロフィーが披露された。 インボイス西武ドーム球場では、トリノのゴールドメダリストの荒川静香が始球式を行った。 札幌ドームでは、新庄選手が、バイクに乗ってのパフォーマンスで、観衆の度肝を抜いた。 やはりこういうことをやれば、ファンは大喜びする。 ファンあってのプロスポーツなので、技術レベルの向上、手に汗握る好試合を展開することは当然として、ファンを引きつけ、獲得し、満足してもらえる施策をグラウンドの内外で実施する必要がある。

パ・リーグの素晴らしい面は、チームや個々の選手が魅力的であるだけでなく、下記のような、パ・リーグ独自の施策を講じ、ファンにアピールしているからだ。

 1. プレーオフ
 2. DH制
 3. 予告先発
 4. マンデーパ・リーグ

残念ながら、4. は今年からおこなわないそうだが、それでもセ・リーグより、大いに独自性が出ていて好きである。 もっと、もっとファンが増えてもらいたいものだと思う。

そして、わが福岡ソフトバンクホークス。
今日のゲームは、斎藤和巳が素晴らしいピッチングでチームを引っ張り、2回の集中打、5回のカブレラのホームランなどがあり、効果的に試合を進め、随所での野手の好プレーもあり、最後は、馬原が三者三振で締めくくった。 ほぼ完璧と言っていいようなゲーム内容だった。

今シーズンは、城島とバティスタが抜け、打撃面での戦力低下は否めないが、ルーキー松田や江川といった、若手が順調に伸びてきているようで頼もしい。
今年こそは、プレーオフを勝ち抜いて、日本シリーズに駒を進めて欲しいと思う。

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カミカゼ 吹く! 日本、WBC準決勝へ

今日、米アナハイムスタジアムに、KAMIKAZE が吹いた。

米国がメキシコに2-1で破れたため、崖っぶちにあったジャパンチームの、WBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)セミファイナル進出が決まった。
昨日、韓国チームに負けた時点で、準決勝進出は苦しいかと思われていたこともあり、予想外の朗報であった。

各地区で開催された一次リーグでは、出場チームの実力に、ややばらつきがあり、コールドゲームもたくさんあったが、この二次リーグでは、どのチームも、戦力および実力は、非常に拮抗していた。 事実、ほとんどが僅差のゲームであった。

日本人のメンタリティからすると、ゲームに負けてしまった場合、戦っている側も、観戦・応援する側も、「負けたということは、力がなかったこと」、といったコメントに終始するのだが、このWBCは違う。 このような、接近したレベル同士で、国の名誉・威信をかけて競い合う試合の勝ち負けは、はっきり言って、「時の運」。 勝利の女神がどちらに微笑むか、という、非常に高レベルの戦いである。 だから、負けたとしても、萎縮・懺悔する必要はまったくない。

生き返ったジャパンチームは強い。
無欲で、プレッシャーもない。 モチベーションも維持できていると思う。
何より、この運の強さを信じて、次の韓国戦を戦って欲しいと思う。

頑張れ、王監督、日本チーム!

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ランニング変身

プッツンしないで走ろう」を、書いて以来、また走るほうでは少し頑張り始めた。

今日の練習では、15K走での後半を、キロ3分35秒~3分40秒のペースでずっとおしていけた。 1月の埼玉県駅伝の頃の、調子に戻りつつある。 5000m、16分台で走れる手ごたえだ。

ここ数年、それなりに練習しても、目に見えるパフォーマンスの向上につながらなかった。
しかし、この数ヶ月は、少し輝きを取り戻しつつある。 走り仲間からも、「ここんとこ調子良いね」と言われる。

この調子を取り戻してきた理由は3つほどある。

1つには、フォームを変えたことにある。
過去、自分は、短距離をやっていた影響からか、つま先で着地し、やや、ピョンピョン跳ねるような走り方であったり、体格を生かして、ストライドでかせぐ走り方であった。 これは、それなりに、効果があった。 特に、短い距離のレースの場合や、ラストでのスプリント勝負では大いに効果を発揮した。 しかし、その反面、長い距離のレースや、後半ガクっとペースが落ちてしまったような場合は、大きなブレーキとなっていた。 その要因は、脚筋力が弱い、すなわち、体格および走法を支えるだけの下半身の力が弱いことであった。

昨年12月頃から、思い切って、ストライド走法から、ピッチ走法に、また、つま先走りを、踵からしっかり着地する走り方に変えてみた。
最初は、違和感もあり、なかなか、スムーズに走ることが出来なかったが、最近、かなり、はまった走りが出来るようになった。 特に、下りを走る時に、見違えるような走りが出来るようになっている。 でもまだ、ピッチ走法の方は、完全に習得するまでにはいっていない。 また、完全にピッチを利用して走るのか、ある程度は、ストライドでかせぐ走り方も、うまくミックスできるのか、今後の課題でもある。

2つめは、平日に練習時間を確保するようになったことだ。
仕事の関係で、自身の練習は、土日に集中的に行っていた。 しかし、次の週末まで中5日空いてしまえば、コンディションもゼロに近いくらいにリセットされてしまう。 それでは週末の練習の意味も、半減してしまうので、今では、水曜日だけは、リハビリもかねて、早めに帰宅し、練習に充てている。 これが、やはり、思いのほかいい結果を出している。

3つめは、お酒を控えたことにある。
これに関しては、大好きな酒を控えるにあたった経緯を述べるとややこしいが、大きな影響を与えてくれた。 ランナーにとって、重要な内臓器官である、肝臓に負担をかけることがなくなったこと。 そして、アルコールの摂取による、カロリー過多を防ぐことが出来たことが、挙げられる。

これら3つの要因で、自分の全盛時代の調子へ戻りつつあるので、これからも自己管理していかねばと思う。 ただ、最近、また酒の量がわずかに増えつつあるのでその節制と、次の目標とする大会を設定してないことによるモチベーション低下は注意しなければと思う。

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Kaz頑張れ!

大リーグ、ニューヨークメッツの "Kaz" こと松井稼頭央選手にとっては、今度のシーズンが正念場だ。

鳴り物入りで、メッツに入団し、デビュー戦での大活躍もあり、これは相当活躍してくれると期待していた。 しかし、そう甘くはなかった。 人工芝と天然芝の違いからか、日本で見ていたときには考えられなかったエラーの連発。 それでリズムを崩したのか、その後、打撃面も急カーブで下降していった。
昨シーズンは、ショートストップのポジションを、ガルシアに奪われ、セカンドを守ることになった。 しかし、出場機会も、前年並みとはいかず、バッティングでも、首脳陣にアピールできる内容にはやや遠かった。
西武ライオンズ時代の、松井稼頭央の雄姿を記憶している自分にとっては、なんとも信じられないKazの不調ぶりだ。

自分は、現地でKazのゲームを、一度だけ、生で見たことがある。
1昨年の5月23日、ニューヨークメッツのシェイスタジアムヘ足を運んだ。
まだこの頃は、Kazの働きぶりも鮮明な時期だった。 相手は、コロラドロッキーズ。

オープニングセレモニーもアメリカ的で、空中からパラシュートで人が降りてきた。 米国国歌の演奏は、なぜだか感激して、涙が出た。 やはり、今自分は、野球の発祥であるアメリカのメジャーリーグのゲームを、本場このシェイスタジアムで見ているのだ、という感慨だったのだろう。

この試合はKazの先頭打者ホームランで始まった。
まだ、この時、自分はオープニングの球場内の雰囲気に酔いしれていたので、Kazが打った時も、「エッ!?」という感じで、まだゲームに集中できていなかった。 確か、前日のゲームでも、先頭打者ホームランを打っていた。
この試合は、メッツのグラビン投手が、7回だったか8回途中まで、パーフェクトピッチングをしていて、球場全体が大きく盛り上がっていた。 そして、最終回、ロッキーズ最後の打者が打った飛球は、ウイニングボールとして、しっかりとKazのグラブにおさまった。

その試合でのKazの光景がしっかりと自分の中に焼きついているので、Kazは絶対、こんなレベルでは終わるような選手ではないと信じている。

その雄姿を再び。 頑張れ、Kaz Matsui!

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photos at Shea Stadium on Sun May 23, 2004

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プッツンしないで走ろう

走ることに対して、気持ちが切れて、プッツン状態だ。

まずもって、走ろうという気がおきない。
練習しても、気分的に乗らないし、当然、その分、パフォーマンスも悪い。

1月15日の埼玉県駅伝で燃え尽きてしまったからだ。
この大会は、自分の最大目標として、昨年の同大会終了直後から、日々の練習でも絶えず意識し、本番に向け、徹底的に調整した。
実際この時の、ピーキングはうまくいった。 例のジベルさんの病気を除けばだが。。。

しかし、その大会が終わって以来、目標を失って、適当に練習をこなしている今日この頃だ。
自分は、「ランナーズ」などの雑誌を見て、色んな大会に申込みをするたぐいのランナーではない。 駅伝以外で出るレースと言ったら、毎年3月に実施される、鶴ヶ島グリーンロードマラソンくらいだ。 しかし、悲しいことに、この大会は、市の都合で、2006年はなくなってしまった。 こうなってしまうと、はっきり言って、出るレースがない。

走りへの影響だけでなく、最近では、体重と体脂肪の増加ぶりがひどい。
ここ2週間足らずで、体重は約3kg増えた。
体重増加のメカニズムは簡単なものだ。 消費する以上のカロリーを摂取することで体重は増える。
これまでは、食事についても、カロリーの高いものや、油で揚げたものは極力控えるように、精神的なガードが自分の中でかかっていた。 だが、今では全くの無制限状態。 食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んでいる。 練習量も減っているし、体重が増えても当然だ。

人間、目標を失ってしまうとこうなってしまうのかなと認識した。

しかし、まだ、取り戻せるだろう、と思う。
ロードシーズンはほぼ終わりだが、ここ5、6年の間、封印していた(というわけでもないのだが)トラックレースに再チャレンジしてみようかと考えている。
埃をかぶったスパイクシューズを取り出してみようか。

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侍マラソンへ申し込んだ

走り仲間の誘いもあって、群馬県安中市で開催される、侍マラソンへの申込みをした。

侍マラソン、正確には、安政遠足侍マラソン大会という。 遠足は「とおあし」と読む。
この仰々しいまでの名前だが、しっかりとした由来があるのだ。
安政2年(1885年)、安中藩主、板倉勝明侯は、藩士の心身鍛練の目的で、安中城内より、熊野権現まで七里あまりの中山道を走らせ、その着順を記録させた。これを、「安政遠足」といい、日本におけるマラソンのはじめとされている。

これを聞くと、なんとも、厳粛で真剣な競技が行われるような感じであるが、そうではない。
侍姿に扮したランナーや、その他思い思いの衣裳で大勢が参加する仮装マラソンといってもいいような大会なのだ。 もちろん、普通のランシャツ、ランパンのランナーもいる。
だが、この大会は仮装して走ったほうが断然楽しめそうだ。 昨年の大会の写真を見たが、仮装のレベルがみんなハンパじゃない。 とにかくすごいのだ。 よくここまでやるな、といった感じだ。
自分は、今回が初めての出場なので、仮装して走るとすると、どんな格好がいいのか今から思いをめぐらせている。 5月実施の大会なので、まだまだ日にちはあるが、雨だけは降ってほしくないな。

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トリノの氷上で舞った素晴らしい天使

今日は、トリノ五輪女子フィギュア荒川静香選手の金メダル獲得に日本中が沸いた。

自分の妻も早朝からテレビに釘付けで見ていたらしい。
女子フィギュアスケートは、多くの人の興味と期待を集める競技であり、マスコミの報道も必要以上に加熱するので、日本選手の実力以上に、話題が先行しているのではないかと思っていたが、なかなかどうして、欧米の強豪選手と、正面から渡り合い、金メダルをつかみとった荒川選手の姿には感動を覚えた。

他の日本選手もがんばったが、表彰台までは届かなかった。 調子がいまひとつのようだった。やはり、どのスポーツでも、ピークをあわせることは難しいものだと感じた。

トリノの余韻が残る中、今日から、WBC(ワールド・ベースボール・クラッシックス)ナショナルチームの壮行試合が始まった。 テレビ中継もされたので見たが、いよいよ球春到来という感じで、ワクワクした。 この時季に、野球が観れるのはとても嬉しい。 王ジャパンチームには、ケガなく戦ってきてもらいたい。

しかし、放送では、「イチロー」、「イチロー」と、はしゃぎすぎている。 確かに、いい選手で、久々に日本で雄姿を見られるからだと思うが、もう少し、他の選手達にもスポットをあててほしい。

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カーリングっておもしろい

自分は、いわゆる、「ウインタースポーツ」 はほとんどやったことがないのだが、オリンピックとなると燃える。 見ていて結構楽しい。
スーパー大回転の極限なまでのスピード、ジャンプ競技の雄大さや飛行の美しさ、スピードスケートでの巧みなコーナーリング。 すべてにスケールの大きさ、躍動感があり、見ている者をわくわくさせる。

今回のトリノ五輪、これらのような、派手さはないが、おもしろいなと思った競技がある。
「カーリング」 だ。
漬物石のようなストーンをすべらせ、トイレ掃除でもするかのように、せっせとモップブラシを動かす。 見ていても、どういった競技なんだか、全く分からないのだが、ルールが分かると、とてもおもしろい競技だ。 たまに、カーリングは、「氷上のチェス」とたとえられる。 しかし、機械的に駒を動かすのではなく、人間の腕、手首、指先の感覚および氷上のコンディションを意識してのスロー。 そして、フォロワーの、ブラッシングおよびディレクションワーク。
タイム競技では、100分の1秒ということをよく聞くが、カーリングは、100分の1感覚、といった感じがする。

これぞ、人間の感覚を、氷上に極限にまで集中させたメンタルスポーツであると思う。 しかし、メンタルな部分だけではない。 ストーンを投げる時のあのポーズ。 低姿勢を保つ柔軟性、筋力、およびバランス感覚が必要とされる。

今日の時点で、日本チームのベスト4進出はかなり厳しくなってきたが、カナダを破った試合、スウェーデンと互角に渡り合ったゲームを思い出し、何とか頑張ってもらいたい。

カーリングのルールを以下のサイトで解説しています。
http://www.triumph-tokyo.jp/rulerule/1001.htm

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高麗川ふるさと駅伝

高麗川ふるさと駅伝を走ってきた。

この大会は、平成元年にスタートし、特に、地元の中高生の実力を競う大会として開催されている。 部門は、一般男子の部、小学生女子の部・一般女子の部、小学生男子の部、の3部門に分けられ、それぞれ健脚が競われる。

自分が所属するチームも、恒例行事としてこの大会に参加しており、3位までに与えられる入賞を、過去何度か獲得している。
しかし、今年は、同日に開催される、青梅マラソンへの参加者が多く、チームが組めるかどうか心配されていた。
当日、監督を除き、なんとか7人集まり、出場可能となった。

さて、実際のレースだが、自分は、一ヶ月前の、埼玉県駅伝で燃え尽きてしまい、今後の目標もないまま、適当に練習していたのだが、1区のS君にトップでタスキをもらった。 こうなっては、恥ずかしい走りは出来ないと思い、本当は消化試合だったはずだが、目の色を変えて頑張った。 トップの順位を守り、後続への差も広げることができ、3区走者へタスキをつないだ。 その後、チームは順位を落としたものの、3位入賞ラインでゴールした。

この大会は、完全に地元密着型で、ほのぼのとして非常にいい雰囲気があり、別の意味で楽しい。
特に、小学生や中学生、また、陸上とは関係のない、野球、サッカー、バスケットなどのクラブの若い選手が、この駅伝というスポーツで一生懸命に走っている姿はとても好感が持てる。
また、チームのメンバーには、中高年の人が多く、 彼らが言うには、「この年になって、息子や娘たちと同じくらいの年齢の子供たちと一緒に走れることはとても楽しい」との声が聞かれた。 ぜひ、この大会は今後も存続してもらいたいと思う。

最後に、あまり大きな声ではいえないのだが、我がチームは、A、Bと2チーム出場した。
そろった選手が7人だが、1チーム6人編成なので、ほとんどの選手が、2度走ったことになる。。。

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「結果」と「記録」

今日は東京国際マラソンがあった。
優勝は、アンベッセ・トロッサ選手。 タイムは、2時間8分53秒だった。
やはり、強風というコンディションがタイムに影響を与えた。 条件さえ良ければ、2位の高岡選手を含め、好タイムが期待できたのではないかと思う。

2週間前の、奥むさし駅伝で走ったことを思い出した。
前の週の前半にカゼをひいてしまったこともあり、今回はメンバーからはずしてもらった。 しかし、前々日に、コーチから連絡があり、「カゼで走れなくなった選手がいるので何とか出てくれないか」と言われた。 困ったな、と思ったが、「パフォーマンスは期待できないと思うので、Aチームでなければいいですよ」 と返事した。
そして当日、確かにAチームではなかったが、エントリーされた区間は、一番距離の長い1区9.9K。 またもや、困ったな、だったがチーム事情だから仕方がない。

いざ、走り出してみてもやはり体が重い。 たび重なる上りと下りの繰り返しで、リズムにのれない。 そのうち、体育の授業で着ているようなダボダボなウェアを着た、おおよそ陸上をやっているには程遠いような選手に抜かされていく。。。
走り終えたが、タイムは10K換算で約36分ちょうどくらいという、平凡すぎるくらいのタイム。 数日後、記録がオフィシャルになって発表されると、仲間やそのほかのチームの知り合いから、「よくなかったねー」と言われる。。。
自分では、「体調的には頑張ったほうか」と思っていたが、やはり、タイムは一つ。 タイムはすべてを語る。 そして、記録として残り、関係者の目にふれる。 その記録に、どんな条件、事情があったにせよだ。
病み上がりでもそこそこ走れるというガラスのような自信と、大会終了後、チームの反省会で、飯能の「ぬまうどん」というとってもおいしい店に行けるというよこしまな考えが、出場を決めてしまった。 やはり、奥むさし駅伝は出るべきでなかった。。。

ところで、東京国際マラソンには、チームメイトのU君が出場した。 身近な人が、東京国際みたいなエリート大会に出場しているのは、とても興奮するし、励みにもなる。 結果はどうだったのだろう。

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