カテゴリー「生活・社会・文化・芸術」の記事

ランナーのマナー

今日の夜、7時のNHKニュース 「NHKニュース7」 で取り上げられていたトピックがあった。 東京都千代田区が皇居周辺の歩道を走るランナーと歩行者の安全を守るため、新たなルール作りを開始するとのことであった。

ここ近年のランニングブームはすごいものがある。 普段の日常生活で目にし、耳にする情報の中で、ランニングに関する情報は格段に増えたと感じる。 ランニングに関する様々な催しやイベントも多く見かけるようになった。 その結果、ランナー人口も急増した。 実際、東京マラソンが始まった平成19年以降、朝6時から夜9時までの間、皇居のコースを走るランナーの数は、1日でなんと約4,500人に上るとのことである。 TVの画面でランナーたちの姿を見たがびっくりした。 自分が、皇居周回コースを走っていた10年くらい前の光景とまったく違って驚いた。 この皇居周囲のランニングコースとは、皇居のお堀の歩道を走る1周5キロのコースである。 信号がなく、コースも平坦で、1周が5キロとキリがいい。 皇居の穏やかなたたずみと、都心の活気あるも整然とした雰囲気が楽しめる。 特に、夜のライトアップされた光景は美くしい。 ファンランナー、シリアスランナーともに人気がある練習コースである。

このニュースで取り上げられていたイシューとは、皇居の周回歩道を歩いている歩行者がランナーと接触した、または接触しかねないシチュエーションが急増し、危惧を抱いているということであった。 番組では、レポーターが自らランナーとなって、そのコースを走りながら取材をしていた。 そこを歩いている人たちへのインタビューも含まれていた。 なかには、ランナーをよけようとし転んでケガをした人もいた。 ここを散歩がてら、ゆっくりと歩いて楽しむ人たちのランナーへのイメージは急落し、「一触即発」状態になっている、ということを聞いた。

ランナーたちが犯している、また犯しやすいマナー違反、自分の経験から言って、大きく以下があげられると思う。

  1. グループで歩道を横に広がって走る
  2. 車道を走る
  3. 信号無視する
  4. 道路などに平気でツバを吐く
  
他にも、公共に近い場所で上半身ハダカで走ったりすることなんかもあげられると思う。 もちろん、ランナーの中には、きちんとマナーを守って走っている人たちもいる。 かつて、喫煙者、ペットオーナー、また携帯電話に関してマナーの悪さが指摘されたことがあった(今でもそうだが)。 しかし、これらの人々から比べると、人口比ではもっともっと少ないランナーがマナーの悪さを指摘されたという事実は大きいのではないかと思う。 恐らく、この皇居のコースだけではなく、国内の他の場所でも同じような、問題が起こっている、または起きる可能性もあるのではないか。

千代田区ではランナーも含めた関係者を集い、ルール作りを始めるとのことである。 まずその前に、できることなら、我々ランナーがマナーやエチケットを守って走るためにはどうすればいいか考え、そしてそのためのルールを提示していく必要があると考える。

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落ちこぼれの学力向上こそ重要な教育政策

「Newsweek」 1月27日号で、世界の教育最新事情を特集していた。

中でも、教育政策についての内容が興味を引いた。 最も重要で効率のいい教育とは、落ちこぼれ対策であると述べていたことである。 現在、どの主要国も教育分野への予算を大きくつぎ込んでいる。 だが、その割には期待されるほどの効果が上がっていないのが現状である。

問題は、本当に資金を必要としているところに、あるいは効果のあるところにその金が届いているのかという点である。 ほとんどの国では、拡充した教育予算は学校設備の充実や教員数の増加や教員の給料の増大などに費やされている。 教育政策の方向性を誤ることの弊害は、この厳しい経済状況下では大きい。言い換えれば、教育が十分に機能しないことによる経済的損失は、金融危機による損失をはるかに上回るということである。

逆に今、目を向けなければいけないのは、学力が平均レベル以上の生徒たちのために予算を増額するのではなく、落ちこぼれている生徒たちにもっと金をかけるべきだという。 これらの落ちこぼれと言われる学力の低い生徒や何らかの事情で学習機会の乏しい若者の学力が向上すれば、結果的に彼らの所得が向上し、生産性の上昇やGDPの拡大など経済全体に対する恩恵も大きい。 ひいては、犯罪が減り、福祉予算も少なくてすむようになり、社会の一体感が高まるというメリットも期待できる。 実際、カナダでは国を挙げて取り組みを行っており、国際的な学力調査でトップレベルの成績をあげている。

しかし、こういった事実に目覚めていない国が多い。 理由のひとつは、目先の成果にこだわっているからである。 先に挙げた学校施設の充実、学級規模の縮小や教員数の増加、また教員の給与の増額などの施策は保護者や教員にも歓迎される。 なぜなら、目に見える変化を実感できるからである。 それに対して、落ちこぼれ生徒に対する教育の充実といった政策は数年、もしくは十数年待たなけらば成果が出ないこともある。 教育現場に身を置く自分も、やはりスロー・ラーナーと称される落ちこぼれ生徒の学力向上をどのように実践していくかが最大の悩みである。 いずれにしても、日本の10年後、20年後を考えると、早急そして、効率的かつ効果的な教育政策は国家の最重要課題のひとつであると考える。

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「動物に学ぶ子育てのヒント」

 日本動物愛護協会理事長である中川志郎氏の講演を聴く機会があった。

中川氏は茨城県出身、上野動物園で獣医として勤務の後、1972年中国との国交回復の記念に贈られた、パンダ飼育プロジェクトのチーフリーダーを務め、さらに多摩動物公園でも日本初のコアラ飼育を手がけ、現在は茨城県自然博物館館長を務めると共に、各種審議会、動物関連団体理事等を務め、多方面にわたり活躍している方である。


中川氏の講演は、「動物に学ぶ子育てのヒント ~ 絆の原点を考える ~」と題し、動物行動学的視点から、子育てに関しての類似性や共通性についてのお話をしていただいた。 まず、サルの世界を例に取っていたが、様々な理由があるにしても仲間同士のコミュニケーションをとることができないと集団生活は難しいということであった。 またこのような社会化不全の結果起こる問題行動は人間でも動物の世界でも変わらないということである。 さらにヒトにはその問題行動を助長し、今の若者に悪影響を及ぼしている「3つのスクリーン(3S)」があるとおっしゃっていた。 すなわち、パソコン、携帯電話、TV。 動物もツールの使い方を間違えば逆効果である。

また、子育てにおいては母親が非常に重要な役割を果たしているとおっしゃった。 母親は「子宮」と「抱擁」という2つの大事な袋を持っている。 子宮は胎内で子どもを包む袋であり、抱擁は子どもを抱きしめる袋。子宮は生命を育て、抱擁はココロを育てる。 これこそが目に見えない 「絆の原点」 であると言える。 他にも、堀に落ちてしまった仲間の象を救い出すために周りにいた象たちが知恵を絞って救出したり、病気になった象を瞬時に感知し2ヶ月にもわたって仲間が看病したことをお話いただいた。 これらの象の行動は本能的かつ自発的なものであるが、根底には仲間に対する思いやりの心が行動化させたものであるということであった。

そして、「見守られていることの大切さ」と、ドウラと呼ばれる「一緒にそばにいることの重要性」。この2つこそが「絆」の基本であるとおっしゃった。 そして、好奇心は学びの基本。 好奇心は安心感に立脚する。 すなわち、新しい試みをしようとする子どもたちを温かい、かつ失敗を恐れさせない目で見守ってあげることが大事であると強調されていた。

最後
に、小林登氏のマヤ・インディアンの歌の一節に子育てのヒントやモットーというか、本質的で感動的な姿が表現されていると教えていただいた。 その歌の部分を紹介して締めくくりたい。

 『お母さんは赤ちゃんを胸にしっかり抱きしめて、人間は信頼できる世界は平和であることを教えなさい。 お父さんは赤ちゃんを高い丘の上に連れていき、高い高いをして世界はいかに広いか、そしていかにすばらしいか教えなさい。』

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佐々木 なでしこジャパン監督の話から得たもの

先日、佐々木則夫氏の講演を傍聴させていただく機会があった。

佐々木氏は、日本代表女子サッカーチーム、「なでしこジャパン」の監督として、北京オリンピックで日本サッカーを40年ぶりにベスト4という快挙へ導いた指導者である。 こんな輝かしい実績を誇る佐々木氏であるが、過去には志望校に入学できなかったとか、勤務先でサッカー部が廃部になるなど順風満帆では決してなかった人生であったらしい。

そんな佐々木氏の講演でいくつかヒントになることがあった。

1つめは、自分の人生についての設計というか計画をしっかり立てているということであった。 人生の各ポイントで、自分はこうなっている、こうしている、そしてこうチームや社会に貢献している。 これらの具体的なビジョンをしっかりと思い描くことが重要とのことであった。

2つめは、結果を恐れず挑戦する気持が大事だということであった。 このことは、北京五輪だったかその予選だったか忘れてしまったが、格下のニュージーランドチームに前半を終わって2-0で負けていた。 ハーフタイムのミーティングで佐々木氏の指示は、「ミスを恐れずに攻めるサッカーをしろ」 であった。 そして後半、選手達は本来の攻撃のリズムが戻り、2-2でゲームを終えた。

3つめは、自らが指導するチームにおいて、そのチームの目標と本来あるべき姿とを融合させ、さらにそれを実行していく努力を行っていることであった。 単に、競技面だけではなく、普段の練習や生活においても、「なでしこジャパン」 らしさを常に意識して実践していくことであった。 ちなみに 「なでしこ」 らしさとは、次の4つであった。

1.ひたむきさ  2.芯が強い  3.明るい  4.礼儀正しい

Cimg2573 最後に、佐々木氏のこの言葉にも教えられた。
コーチが自ら学ぶことをしなければコーチの資格はない、とおっしゃっていたことだ。 選手が血のにじむような努力をし、絶えず自らのパフォーマンスを向上させるために頑張っている。 こういった選手をさらにサポートしていくために、そしてより効率的・効果的な指導が行えるよう指導者自ら日々の研鑽が必要であるということであった。 選手は監督やコーチの言動に非常に敏感である。 マンネリ化やブレがないような指導を、これまでにも増して心がけなければいけないと感じた佐々木氏の講演であった。

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橋下知事の教育観を支持する

橋下大阪府知事が、府内の市町議員との教育懇談会で、教員免許更新制度について 「座学だけの現行の制度は意味がない」 と見直しに言及した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090925-00000001-san-l27

教員免許制度の更新については、橋下知事の言うような、「座学」だけではないのだが、その視点には評価できる。

また、先般実施された全国学力テスト。 橋下知事は、「教育非常事態宣言」 を発し、前回の大阪府の結果を受け、各方面へ学力向上の施策を求めるよう指示・実行していた。 結果、今年の大阪府のスコアは橋下知事が納得できるレベルではなかったようだが上昇していた。

そして、教師の服装についてもコメントがあった。
ラフな服装で通勤している教員に対し、府教委が規範意識を高める対策をとるようにとの議員からの要望について、「公務員である以上は服装のルールは必要である」 と答えた。 実は、これを聞いて自分は反省するところがあった。

この夏休み期間中に学校へ行くのは、部活指導があるときがほとんどであった。 自分の出退勤の姿はいつもジャージであった。 授業をするわけでもなく、生徒と部活で汗を流すためだけに来ているのでジャージ姿で、何が悪いと思っていた。

だが、生徒の目、保護者の目、近隣地域の目、そして社会一般の目、というふうに突き詰めて考えてみれば、ジャージ姿での出退勤はやはり不適切かなと考え直しててしまった。 モンスター・ペアレントという存在もあるし、それ以外でも、ほんと些細なことで学校に意見・文句を言うクレーマーも多数いる。 また、ここのところ、教師の不祥事が後を絶たないという事実もある。

橋下知事は、学力向上だけではなく、教育それ自体を変えようという信念をもっていると感じる。 また、その変革を実行に移せる強力なリーダーシップを持った人だと思う。 今後の橋下知事の教育施策に期待するとともに、各首長も 「教育」 の意味合いと、学力向上のプランをいま一度考えなおして欲しい。

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教科書の内容への理解度に関して

小学校の教員の61%が、児童は教科書の内容を8割以上理解していると思っているのに、実際には8割理解している子は20%にも達していない。 教科書の理解度を巡る教師と児童・生徒の意識ギャップを示すこんなデータが、民間の教育研究機関「中央教育研究所」(東京都北区)の調査で明らかになった。

こうしたギャップは中学・高校でもみられ、中学で「7~6割程度」とする教師が64.8%なのに対し、生徒は34.5%どまり。 逆に「5~4割程度」とする教師は16.1%に過ぎないのに、生徒では36.5%にのぼった。
 教科書 教師が思うほど児童分からず…理解度にギャップ(毎日新聞)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090817-00000006-maip-soci

英語を例に取ると、英語という教科は非常に好き嫌いが分かれる教科である。 語学は、言語以外の事を生徒たちに、どれだけ興味深くかつ効果的に教授できるかがポイントであり、単に、英語そのもの、すなわち言語という観点からのみの指導では少し無理があるかもしれない。 言語とは、単に書き言葉、話し言葉ではなく、その言語を中心とした歴史や文化にも大きく影響される。 そのあたりを体系的に網羅させ指導に展開できれば、確実、また格段に生徒の理解度を向上させることが可能であると考える。

ちなみに、自分の頃中学校で習った時の教科書は、いきなり、"This is a pen." とか "I'm Miss Green." などと言った、英語で必要なロジカルな展開や英米文化の背景をまったく考慮していないナンセンスな教科書であったように記憶している。 しかし、今の教科書は、そういった過去のウイークポイントを解消し、格段に進化していると思う。

このニュースでの結末は、「今後、子供たちに分かりやすいという、子供の視点に立った教科書作りが求められている」 として、教科書の内容改善を指摘している。 果たして、本当にそうだろうか。 確かに、分かりやすい教科書への改善は当然のことではあるが、その教科書を手に授業を行う教師の側にも何か改善が必要なのではないか。 教師が思う理解度と、児童・生徒達が感じる理解度にここまで差が生じているのは何故なのかをもっと真剣に考えてみる必要があると考える。

だが残念ながら、一つ言える事は、教師がいくら改善しようと思っても、教師側に、教材理解や指導方法構築といった時間の確保が十分にできないのが現状である。 なぜなら、今の教師は多忙過ぎるからである。 教科だけではなく、校務分掌業務や生活・生徒、進路、部活指導など多岐にわたる仕事を教師はこなしている。 1日の授業がほとんど時限の空きがなくスケジュール化され、その後は部活指導。 その他の業務は生徒が帰った後に夜遅くまで行われている。

いくら完璧な教科書を作ったとしても、それを活用する側の教師に、たとえ意欲や能力が十分にあっても、今の教師の多忙な勤務状況からすると、その教科書を最大限に実践・運用する準備ができないのである。 この現実をもっと直視して欲しい。

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足利事件に見る司法上の問題点

栃木県足利市で1990年、4歳女児が殺害された「足利事件」で東京高検は今日、無期懲役が確定し服役中だった菅家利和受刑者(62)を1991年12月の逮捕から17年半ぶりに釈放した。 現場に遺留された女児の着衣の体液と菅家さんのDNA型が一致しないとする再鑑定結果を覆す証拠はないと判断し、今日、再審開始に反対しないとの意見書を東京高裁に提出した。 再審開始が確実になり、無罪が言い渡される公算が大きくなった。

この事実に関して重視する点は2つ。
一つは、自白の信憑性。 もう一つは、DNA鑑定である。 前者は、これまでの刑事裁判でことごとく争点にされていたことなので、ここでは触れないが、問題はDNA鑑定である。 現在では、DNA鑑定は容疑者特定の決め手として広く使われるようになった。 だが、足利事件が起こった1990年当時は、DNA鑑定が産声を上げた時期で、鑑定技術や精度に疑問もあった。 科学技術が発達した現在では、DNA鑑定は兆分の1の一致率である。 しかし、19年前のレベルでのDNA鑑定率は、なんとそれが800分の1程度であった。

こういった、鑑定精度には目もくれず、DNA鑑定手法は、最先端の科学捜査の産物であるという先入観での判断・判決には大きな問題がある。 それにもかかわらず、度重なった、DNA再鑑定への依頼が棄却されたのは何故なのか。それらは、裁判官の科学捜査への盲信とともに、冤罪に対する意識の低さであったのではないか。

今後、DNA鑑定がポイントとなった過去の判決の見直しがされることが明らかになった。 当然のことだとは思うが、難点が一つある。 証拠物件の保存方法・状態である。 足利事件のDNA鑑定の対象である体液であるが、一般的な事件での証拠物件と同様、常温で保存されていた。 だが、かろうじで、判定が可能であった。 DNA鑑定のガイドラインでは、DNA鑑定資料は、氷点下80度の超低温状態で保管することになっていると聞く。 しかし、足利事件同様、そのDNA鑑定資料が常温で保存されていないとなると、量および質の劣化によって鑑定不能になる可能性もある。 日本政府は、DNA鑑定の再鑑定とDNA鑑定に用いた証拠物件の安定的保存を法制化すべきだと思う。

1992年、今回の足利事件と似た刑事事件があった。
2人の女児が殺害され、DNA鑑定が重要な証拠となった「飯塚事件」 である。 終始、無罪を主張し、この事件で有罪判決を受けた受刑者は、昨年10月死刑を執行された。 もしも、この受刑者が無実であったなら一体どうするのか。

日本で導入された、裁判員制度。 国民の健全な常識を裁判に反映させるのが目的である。 今回の事件を機に、冤罪と極刑が紙一重にあるという事実について深く考えてみる必要があるのではないかと思う。

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眠りたいのに眠れない人へ

眠りたいのに眠れない。こういう経験をした人はたくさんいるのではないか。

自分も、重要な仕事や大事なレース、もしくは朝早く発たねばならないような前夜は、気持が高ぶったり、不安感などでなかなか眠れないことがよくある。

睡眠は日常生活の中でも、最も重要な時間のひとつである。だが、今、日本では5人に1人が不眠で悩んでおり、首都圏のビジネスパーソンの平均睡眠時間は6時間といわれているらしい。その6時間で、途中目を覚ましたりすることなく「質」のいい眠りにつければいいが、肉体の疲れや精神なストレスが睡眠を妨害し、実際はなかなかそうもいかない。お酒の勢いでも借りれば寝られるのかもしれないが、自分の場合は、やはり大事な日の前夜は禁酒である。また、温かいミルクを寝る前に飲むといいということもよく聞くが、乳製品がダメな自分には無理である。最も手っ取り早いかどうかは分からないが、睡眠薬を利用するのが一番の解決法かもしれない。だが、睡眠薬と言うと、やはりちょっと抵抗を感じる。「薬」というからには副作用が気になるからだ。

そんな中、「グッスミン」という商品の、5パック入りのトライアルセットがあるということを聞いて購入してみた。Gussumin このグッスミンは、ライオン社の「眠り」に関する徹底的な研究・開発のもと誕生した画期的な製品である。グッスミンに含まれる、トマト酢とGABAと呼ばれる脳内有用成分が他の酢より豊富に含まれている。これらが、上手なお休みをサポートしてくれるのだ。

先日、クライアントとの重要なミーティングの前夜に飲んでみた。

実はこのグッスミン、以前にも飲んだことがあった。今のような紙パックの容器ではなく、いわゆる栄養ドリンク剤でよく見る小さな瓶だった。その時飲んだ印象としては、とにかく酸味が強すぎて、布団の中に入っても口の中に酸っぱさがいつまでも残って、味的にはNGであった。だが、今回リニューアルされたグッスミンは、以前ほど酸味が突出してなく、アップルの風味がうまく効いて、非常に飲みやすかった。布団の中で、明日のプレゼン内容を頭の中でリハーサルしているうちに眠りに落ちてしまった。その後は朝まで、普段は夜中にトイレへ行くために数回起きるが、それもなく、目覚まし時計が鳴る少し前に自然と目が覚めた。目覚めの爽快感とともに、今日一日頑張ろうという活力も沸いてきた。

このグッスミン効果。ぜひ、不眠で悩んでいる方、寝つきや目覚めが悪い方々におすすめしたい。

グッスミンで「グッド睡眠」!

Gsmn

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中川財務相の辞任

中川昭一財務・金融相が辞任した。

先のG7記者会見時の失態で混乱を招いた責任を取ったものである。 この時の模様をVTRで見たが、相当にひどいものだった。 国内でならまだしも、国際会議閉幕後の記者会見での失態であったので、国内外から大きな批判を浴びた。

日本人は酒に対して寛容である。 「泥酔の美学」などの言葉もある。 無礼講であったり、その時の言動は、「酒の席だから」 などといって、大目にみられることもある。 本音と建前を使い分ける日本人ならではである。 だが、欧米では、ドランカーに対する目は非常にシビアである。 酒に酔って醜態を演じたとなると、その人はタバコや肥満と同様、自己管理および自己抑制能力に欠ける人間だというレッテルを即座に貼られ、次回のパーティーから絶対に呼ばれることはない。

確かに、風邪薬服用時に、少量でも飲酒すると、あのような状態になることもあるらしい。 今回の中川氏の例もそうだったのかとも思っていたが、実は、過去にも酒に関わるトラブルを起こしたことが再三あったとのことだった。 それを聞いてしまうと、もういい方には解釈できず、残念ながら、G7の時の記者会見でろれつが回らなかったのは、過度の飲酒が原因だったのではないかと疑ってしまう。

いずれにしても、中川氏は今回のような国際会議に出席する立場であった人間だけに、もう少し飲酒に関しての自覚とマナーを持っていて欲しかったと思う。

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日本の介護問題へのスタンス

今晩、NHKの「クローズアップ現代」 で興味深いドキュメンタリーを見た。

現在、日本で最大のイシューのひとつとなっている介護問題を取り上げていた。 インドネシアから日本の介護現場に飛び込んだ一人の女性にフォーカスした内容であった。

この番組で紹介されたインドネシアの女性は、母国の事情もあって、日本の介護施設で働くことを決められた。 このドキュメンタリーでは、この女性の、来日してからの意欲と葛藤を紹介していた。 やはり、一番の問題は、言葉の壁である。 母国での研修で当然日本語は学ぶが、日本のご老人のしゃべるペース、方言、独特の言い回しなどは、我々日本人でも意味が取れないこともあるので、彼女たちの苦労は想像に絶するものがあったようだ。 また、基本的には、彼女らは、母国で 「看護」 という資格を持った人たちなので、「介護」 という現場に戸惑いを覚えたようであった。

だが、そういった実務上の問題とは別に、彼女らには大きな試練が待ち受けている。 介護士資格認定試験への合格である。 日本国内でも2人に1人が合格できる厳しい試験である。 その試験を、母国語ではなく 日本語で受けるわけである。 また、滞在中のこの試験への再チャレンジは認められない。 つまり、日本滞在3年以内の1回のチャンスで合格しなけければ、日本で介護士の仕事はできない。 彼女らにとって、非情なまでのルールである。 番組では、日々の介護の仕事を終えた後、その資格取得に向けて、一生懸命勉強する姿があった。

果たして、日本政府は、介護問題に関して、どのような解決策を考えているのか? 人手が足りないということは、十分承知しているはずである。 今後、さらに増えるであろう要介護者をどのようにケアするのか? そのための介護士の確保をどう考えているのか? 外国人の方たちのリソースをどう活用するのか、したいのかまったく見えてこない。 景気の悪かった10年ほど前だったと思うが、「3K」 という言葉をよく耳にした。 3Kとは、「キケン、キタナイ、。。。」 あとひとつは忘れてしまったが、いいイメージの言葉ではなかったと思う。 もし、この時と同様に、外国人労働者の処遇を同じ目線で考えているとなると問題だ。

介護現場の離職率は非常に高い。 理由は2つある。 1つは想像以上にハードな仕事内容である点だ。 普通の話し相手から始まるが、意思疎通の問題や、さまざまな面で肉体労働的な部分の仕事も要求される。 2つめは、そういった負担の大きい仕事に見合う報酬が与えられていないということである。 聞くところによると、一般労働者の平均賃金の半分以下という扱いである。

この介護という職種は、単純労働とは一線を画す職務である。 テクニカルな部分も多少あるが、基本的には、ヒト対ヒト。 入所者たちとのコミュニケーション能力がまずもって重要視される部分で、個人の能力差が大きく関係する職場だとも思う。 政府は、景気浮揚といってはいるが、何一つ効果的な策は打ち出せないままでいる。 むしろ、この介護関連へ、大きな補助対策を打ち出すべきではないのか。 もっと国民の目線でしっかりと見据て欲しいと考える。 何が足りないのか、どうすれば良くなるのか。 この 「外国人介護士」 という視点から考え直して欲しいものだと思う。

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