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2009年2月の記事

フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 エピローグ

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その6(最終回)」 より続く。

先日、高知マラソン大会の事務局より、公式記録である総合順位表と、大会関係の報道が掲載された高知新聞のコピーが送られてきた。 レースから随分と日にちがたっているが、時間がかかったのは、記録がランナーズチップではなく、手動の計測であったからかなと思う。 自分の記憶からこの大会のことはわずかに遠のき気味であったが、送付されてきたものを見ると、大会当日の事が瞬時に脳裏によみがえってくる。

自分の記録を見る。 35K地点で関門タイムオーバーとなっている。 そこまでの5Kごとのラップは自身のウォッチで計時したのとほとんど同じ記録である。 20Kまではほぼ自分の設定通りのペースだった。 35Kの関門でタイムオーバーだったので、大会記録上はその手前の30K地点までだと思っていたが、35K関門までの記録が掲載されている。 関門閉鎖時間から遅れること13秒、あと70mほど先であった。 20K以降の5Kラップは目もあてられないタイムである。

あらためて考える。
なぜ、自分はあそこまで痛みをこらえてまで走ったのだろうか?
そのまま走り続けることで、故障部位へのダメージのさらなる悪化は、自分でもよくわかっていた。 駅伝なら、そういった状況でも、足が折れてでもタスキをつながねば、という気持で無理せざるを得なかったかもしれないが、今回は個人レースであった。 レースをやめようと思えばいつでも自分の意思でできた。

2つ理由があった。
ひとつは、 県内の知人に、「高知マラソン走るから応援よろしくね!」 的なノリでアナウンスしていた。 実際、走りながら、まだあいつの姿が見えないな、とか考えつつ走っていたので、もし復路で応援のために待ってくれているとしたら申し訳ないという思いで走っていた。

ふたつめは、過去どんなレースでも棄権はなかった。 駅伝で区間最下位となった時があったが、それでも、半分歩きながら、中継所までたどり着いた。 やはり、途中で投げ出すのは何があってもイヤだ。 走りきりたい。

この時のダメージは、3週間たった今でも尾を引いている。 リハビリ的な運動と平行しているが、最初からペースを上げた場合、もう5Kの距離で痛みが出てしまう。 これまで、日々の練習で、この腸脛靱帯を傷めてしまった時は、一週間もあれば、痛みも完全になくなり、距離はこなせないが普通に練習できる状態であったのだが。

幸いなことに、自分にとっての今ロードシーズンは終わっている。 夏のトラックレースまでまだ間があるので、無理をせずじっくりと治していきたいと思う。そして、その先の視野には、もちろん、高知マラソンへのリトライである。

第63回高知マラソン大会結果(1/2)
「63_1.pdf」をダウンロード
第63回高知マラソン大会結果(2/2)
「63_2.pdf」をダウンロード

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ルルくん・イン・新潟 その2

ルルくん・イン・新潟 その1」 より続く。

しばらく待ち、注文品の 「カツ丼」 が到着する。

お腹を空かせていたので、一気に食べようとする。 だが、ちょっ、ちょっと待て! これがカツ丼か?  自分にとって馴染みのカツ丼は、揚げたカツを卵とじで出す丼ものである。 自分だけでなく、これが「カツ丼」 の一般的な形だと思っている人が多いのではないか。 ところが、実際に目の前に出されたカツ丼。 確かにカツがご飯の上に乗っかっている。 だが、このカツ丼は卵とじではない。 出来損ないか、卵でとじるのを忘れて出してしまったのかとも一瞬考える。 だが、カツの上に白ゴマと刻みのりがトッピングされているので、これは完結品であると思う。 この姿を見て、瞬時に思い出したことがあった。 見たか聞いたか定かではないが、「これが当たり前のカツ丼ですよ」、 「地元の人はこれをずっと食べていますよ。」 の記憶であった。 これが、新潟のことであったかどうかは覚えていないが、そのとき、へえー、こんなカツ丼があるんだ、ということを知った。

カツは卵とじしていないのでサクサクの衣の食感が味わえる。 見かけはプレーンなカツのように思えたが、しょうゆベースの甘辛いタレにくぐらせているようだ。 しっかりと味がついている。 肉はロース系ではなく、ヒレに近い肉である。 ものはためしだ。 食べてみる。 サクッとした歯ざわりの後、しょうゆダレのしみ込んだ肉の旨みを味わう。 うーん、おいしい! これは、新たに発見した味である。 新潟では、このタレカツ丼を供する店がたくさんあると聞く。

しかし、このレストランの店員は最低であった。 客の存在も確認しない。 注文を取り忘れる。 あげくのはては注文を間違える。 注文可能かそうでないメニューも把握できていない。 注文品とテーブルの照合もできない。 最悪だ。 自分だけではなく、他のテーブルでも同様の状況を見ていただけに始末が終えない。 新潟テレサという有名な施設にあるレストランが、この接客レベルでは、ここで食事せざるを得ない人たちが可愛そうである。 また、これらのまったく役に立たない店員の動きを見て、自分が一番心配したのは、来場いただいたお客様のことである。 ここでの食事券をお渡ししていた。 お客様が同じような不愉快を受けていなければと願ってしまう。

雪は止まず降り続く。 関東でのイベントで、まずこんな天候では、来場者は激減である。 だが、新潟のお客様は、こんな悪天候でも来場してくれる。 ありがたいと思う。 販売店の地元密着の営業体制と営業部隊の努力が最大の要因であるが、こういった雪の天候に慣れているということもあるのかなとも思う。 今回の慌しかった新潟訪問であったが、新潟のカツ丼をまた、ぜひ食べてみたいと思った。

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ルルくん・イン・新潟 その1

先日、新潟へ行ってきた。

新潟は、友人の結婚式で15年ほど前に訪れて以来の場所である。 この季節、信越地方はかなりの寒さだろうなと思っていたとおり、上越新幹線の車窓から見る雪景色でその思いを強くした。 だが、新潟駅に近づくにつれ、積雪の度合いが少なくなっていく。

新潟駅に到着し、駅の外に出るが、新幹線の中から見た風景とは全く違い、雪など積もっていない。 日陰であったであろう場所が、少し薄く雪が固まった状態になっているくらいだ。 だが、やはり、気温はかなり低く、風も強い。 手袋をしていないと、手がしもやけになりそうな感覚である。 ホテルにチェックインし、テレビをつける。 冬の国体がここ新潟で始まったというニュースを流していた。

翌朝、ホテルの窓から外を見て驚いた。 なんと、一面の雪化粧である。 Cimg1483 昨夜の12時ごろお腹が空いたのでラーメンを食べに外に出たときには、雪なんかまったく降っていなかった。 一晩で、こんなにも雪が積もるものなんだとビックリした。

ホテルをチェックアウトし、タクシーで用務地へ向かう。 相変わらず雪は降り続いている。 雪のせいなのか道路も渋滞している。 先月、札幌へ行った時にも思ったが、雪国のドライバーの方はほんと運転が上手くなければならない。 この雪で凍った道をよくもここまで上手く運転できるものだと感じる。 でも慣れもあるのだろうか。 時間がちょっと心配だったが、無事到着した。 到着した場所は、新潟テレサといって、イベントや会議に使われる大規模施設である。 自分の任務は、ここで開催される展示会での製品説明要員である。Nec_0001

午後一時を過ぎ、来場客の波が途切れ始めたので、この間に昼食をとることにする。 このイベント施設のレストランへ移動する。 昼食時から少し遅い時間だったためか、メニューのほとんどが品切れで、残ったメニューがラーメン、天ぷらそば、またはカツ丼しかないということであった。 これらの中だったら、カツ丼かなと思い注文する。

ルルくん・イン・新潟 その2」 へ続く。

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ルルくん・イン・みちのく 番外編

ルルくん・イン・みちのく その4(最終回)」 より続く。

あわただしい旅だったので、ほとんどおみやげが買えなかった。 買ったのは、盛岡へ向かう途中に立ち寄ったサービスエリアで販売していたラ・フランス、米沢駅で買った鯉の甘煮、そして岩手町で買ったパンである。 ラ・フランスは買った時に、すぐ食べないで5、6日おいてから食べたほうが熟れ頃でおいしいと聞いていたのでまだ食べないでおく。

Carp 鯉の甘煮は、真空パックに入っていて、鍋の中にパックごと入れて温める。 鯉特有の泥臭さは全くない。 やや味付けが甘すぎる気もするが、これはこれでなかなかおいしい。 だが、小骨が非常に多い。 また、ウロコも残ったままである。 ガブっと、ひとくちでやってしまうと、口の中で骨とウロコを取り除くのが大変だ。 キリリと冷やした辛口の日本酒ととても相性がいい。

Bread パンも妻が食べたが、そのおいしさに感動していた。 ブルーベリーの味が突出せず、絶妙のバランスでパン生地と絡み合っている。 やはり、天然酵母に加えて、水のきれいな土地ということがパンのおいしさにつながっているのだろう。

翌日、近所のスーパーマーケットで全国駅弁大会をやっていた。 見ると、山形の駅弁が売っている。 Obentou 「牛肉道場」という駅弁で、「牛肉どまんなか」と同様、人気のある駅弁である。 それを買って帰る。 パッケージを取る。 米沢牛の切り落としとそぼろを、しょうゆで甘辛く煮、ご飯の上に乗せてある。 一口ほおばるが、肉の旨みといい、すき焼き風の味付けといい申し分のないうまさである。 駅弁というのは、なぜか冷めてもおいしい。

数日後、もうそろそろいいだろうということで、待望のラ・フランスを食べる。 見た感じ、なんだか縮んだような気がしないでもない? 皮をむくが、なんだか硬い。 また、特有の甘い香りも漂ってこない。 身にナイフを入れてみるが、やはり硬い。 早速、口に入れてみる。 ??? ジューシーでとろけるような食感も、シャキシャキした感じもない。 りんごのような歯ざわりである。 肝心の味も???。 ふくよかな香りもなければ、甘さもない。 ハズレをつかまされてしまったのか。 一番楽しみにしていたのに。。。

どうしてもラ・フランスが食べたかったので、スーパーで1個 \99のものを買う。 早速食べてみたが、とてもおいしい。 山形で買った1個 \315のものより、こっちの方がおいしいとは複雑な気分である。(おわり)

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ルルくん・イン・みちのく その4 (最終回)

ルルくん・イン・みちのく その3」 より続く。

朝、車で岩手町へ向かう。 外は少し肌寒いが、これくらいの方が気持が引き締まっていい。 1時間ほどで岩手町に入る。 「石神の丘美術館」 という看板が見えてきた。 こんなところに美術館があるのかと思っていたが、屋内の美術館ではなく、野外彫刻美術館のことであった。 走る車の外から、数多くの彫刻が展示されているのを見ることができる。 岩手町は、彫刻のある町として、国際的な彫刻のイベントも開催している。 岩手町の自然と彫刻作品が上手くマッチしている感じがした。

Machiyakuba 役場へ到着する。 役場の正面には、「祝  北京オリンピック出場!小沢みさき選手」 と書かれた巨大な横断幕が掲げられている。 この小沢選手はこの岩手町出身で、女子ホッケーの選手として五輪に出場したそうだ。 Choukoku 役場の敷地内にも、色んな彫刻が据えられている。 本当に、彫刻の町である。

お昼に近くなる。 朝食をとってこなかったので、お腹も空いてきた。 実は、今日の昼食は、「ブルーベリーカレー」 を食べると決めていた。 車で来る途中の道の駅の前を通ったとき、そのメニューが書かれていたのを見逃さなかった。 岩手町はブルーベリー作付日本有数の産地で、ブルーベリーを使ったワインやジャムなどが特産品としてある。 ブルーベリーカレーってどんな味なんだろうと期待する。 ただ、このブルーベリーカレーを食すことができるお店は、道の駅の中にあるレストラン「石神の丘」 しかないようだ。 この石神の丘は、地産地消を推進している店であり、二つ星レストランとして認定を受けている。

だが、午前中の用務が思うように進まなかったため、残念ながら、レストランへ行く時間はなくなった。 せっかくのブルーベリーカレーだったのだが。 この場所では、近くに食べるところもなさそうだしどうしようかと思っていたら、車でパンを売りに来た。 まあパンでもいいか、と思い売り場に行く。 色んなパンを売っている。 普通のパンがほとんどだが、ブルーベリーを使ったパンがあった。 食パンやバターロールなどにブルーベリーのペーストを混ぜ込んである。 さっそくいくつか買う。 また、妻が大のパン好きなので、お土産用にも買って帰る。

昼食は外で食べる。 早速、買ったパンを口に入れる。 パン生地のふくよかな感触と甘さに加え、ブルーベリーの甘酸っぱい香りが口の中でハーモニーをかもし出す。 とてもおいしい。 昼食を食べ終わり、芝生の上に寝転ぶ。 今日は本当に天気がいい。 青い空が見える。 周りの景色も静かで、のどかだ。  森林浴ではなく、自然浴をしている気分になる。 後で知ったが、売りに来ていた「グールマン」 という名前のパン屋さんだが、天然酵母を使用したパンで、地元では人気のお店であるそうだ。 確かに、これだけおいしければ当然かと思う。

あっという間に、午後の用務を終え、盛岡駅まで車を飛ばす。 途中、岩手山を見ることができた。 なんとも雄大な眺めである。 無事、盛岡駅に到着する。 色々、お土産を買おうと思っていたが、そんな時間もなくあわてて新幹線に乗り込んだ。

初めての岩手はとても感慨深かった。 ぜひ、ラベンダーが美しく咲く6月下旬から7月上旬の季節に、岩手町を訪れたいと思う。 そして、石神の丘美術館を散策し、ブルーベリーカレーを食べてみたい。 (完)

ルルくん・イン・みちのく  番外編」 へ続く。

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ルルくん・イン・みちのく その3

ルルくん・イン・みちのく その2」 より続く。

出張バッグを抱えながらあたふたと走り、米沢市役所にやっとたどり着いた。 ギリギリ待ち合わせ時刻に間に合う。 Kanetan市役所玄関には、2009年NHK大河ドラマ 「天地人」 キャラクターのかねたんのパネルが置かれている。 兜の「愛」の文字がユニークだ。 

あっという間に、米沢での用務を終え、車で盛岡へ移動する。 途中のサービスエリアで休憩する。 色んな野菜や果物の露天販売をしている。 目に留まったのは、ラ・フランス。 自分は日本梨も好きであるが、この洋梨も大好きである。 食べた回数は少ないが、果肉のクリーミーな柔らかさと果汁の甘さを味わってしまうと虜になる果物である。 6個入ったパッケージがある。 値段が異常に安い。 よく見ると、「キズ物」 と書かれていた。 自宅用だとこれでもいいかなと思ったが やっぱりやめた。 他には、6個、9個、12個入りの箱でのセットがある。 6個の箱でもかなりかさばるので、電車で持ち帰るのはつらいかなと思って、ばら売りのラ・フランスにする。 売り子(とは言ってもおじさんだが)が説明してくれる。 これは、色も形もいいし、値段的にもお買い得だよ、と説明してくれる。 手にとって見てみるが、確かに良さそうな感じだ。 ただ、山形産ではなく、他の東北県産であった。 これを3個買う。 1000円かからなかったので、いい買い物だったと思う。

この夜は、盛岡に滞在する。 疲れもあって、夜の街に繰り出すこともなく、食事のあとはおとなしくベッドインする。

ルルくん・イン・みちのく その4(最終回)」 へ続く。

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中川財務相の辞任

中川昭一財務・金融相が辞任した。

先のG7記者会見時の失態で混乱を招いた責任を取ったものである。 この時の模様をVTRで見たが、相当にひどいものだった。 国内でならまだしも、国際会議閉幕後の記者会見での失態であったので、国内外から大きな批判を浴びた。

日本人は酒に対して寛容である。 「泥酔の美学」などの言葉もある。 無礼講であったり、その時の言動は、「酒の席だから」 などといって、大目にみられることもある。 本音と建前を使い分ける日本人ならではである。 だが、欧米では、ドランカーに対する目は非常にシビアである。 酒に酔って醜態を演じたとなると、その人はタバコや肥満と同様、自己管理および自己抑制能力に欠ける人間だというレッテルを即座に貼られ、次回のパーティーから絶対に呼ばれることはない。

確かに、風邪薬服用時に、少量でも飲酒すると、あのような状態になることもあるらしい。 今回の中川氏の例もそうだったのかとも思っていたが、実は、過去にも酒に関わるトラブルを起こしたことが再三あったとのことだった。 それを聞いてしまうと、もういい方には解釈できず、残念ながら、G7の時の記者会見でろれつが回らなかったのは、過度の飲酒が原因だったのではないかと疑ってしまう。

いずれにしても、中川氏は今回のような国際会議に出席する立場であった人間だけに、もう少し飲酒に関しての自覚とマナーを持っていて欲しかったと思う。

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日本の介護問題へのスタンス

今晩、NHKの「クローズアップ現代」 で興味深いドキュメンタリーを見た。

現在、日本で最大のイシューのひとつとなっている介護問題を取り上げていた。 インドネシアから日本の介護現場に飛び込んだ一人の女性にフォーカスした内容であった。

この番組で紹介されたインドネシアの女性は、母国の事情もあって、日本の介護施設で働くことを決められた。 このドキュメンタリーでは、この女性の、来日してからの意欲と葛藤を紹介していた。 やはり、一番の問題は、言葉の壁である。 母国での研修で当然日本語は学ぶが、日本のご老人のしゃべるペース、方言、独特の言い回しなどは、我々日本人でも意味が取れないこともあるので、彼女たちの苦労は想像に絶するものがあったようだ。 また、基本的には、彼女らは、母国で 「看護」 という資格を持った人たちなので、「介護」 という現場に戸惑いを覚えたようであった。

だが、そういった実務上の問題とは別に、彼女らには大きな試練が待ち受けている。 介護士資格認定試験への合格である。 日本国内でも2人に1人が合格できる厳しい試験である。 その試験を、母国語ではなく 日本語で受けるわけである。 また、滞在中のこの試験への再チャレンジは認められない。 つまり、日本滞在3年以内の1回のチャンスで合格しなけければ、日本で介護士の仕事はできない。 彼女らにとって、非情なまでのルールである。 番組では、日々の介護の仕事を終えた後、その資格取得に向けて、一生懸命勉強する姿があった。

果たして、日本政府は、介護問題に関して、どのような解決策を考えているのか? 人手が足りないということは、十分承知しているはずである。 今後、さらに増えるであろう要介護者をどのようにケアするのか? そのための介護士の確保をどう考えているのか? 外国人の方たちのリソースをどう活用するのか、したいのかまったく見えてこない。 景気の悪かった10年ほど前だったと思うが、「3K」 という言葉をよく耳にした。 3Kとは、「キケン、キタナイ、。。。」 あとひとつは忘れてしまったが、いいイメージの言葉ではなかったと思う。 もし、この時と同様に、外国人労働者の処遇を同じ目線で考えているとなると問題だ。

介護現場の離職率は非常に高い。 理由は2つある。 1つは想像以上にハードな仕事内容である点だ。 普通の話し相手から始まるが、意思疎通の問題や、さまざまな面で肉体労働的な部分の仕事も要求される。 2つめは、そういった負担の大きい仕事に見合う報酬が与えられていないということである。 聞くところによると、一般労働者の平均賃金の半分以下という扱いである。

この介護という職種は、単純労働とは一線を画す職務である。 テクニカルな部分も多少あるが、基本的には、ヒト対ヒト。 入所者たちとのコミュニケーション能力がまずもって重要視される部分で、個人の能力差が大きく関係する職場だとも思う。 政府は、景気浮揚といってはいるが、何一つ効果的な策は打ち出せないままでいる。 むしろ、この介護関連へ、大きな補助対策を打ち出すべきではないのか。 もっと国民の目線でしっかりと見据て欲しいと考える。 何が足りないのか、どうすれば良くなるのか。 この 「外国人介護士」 という視点から考え直して欲しいものだと思う。

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ルルくん・イン・みちのく その2

ルルくん・イン・みちのく その1」より続く

質素な昼食を食べ終え、米沢駅を出る。Yonezawast 今日は、本当にいい天気だ。 かなり寒いかなと思い、念のためコートを持ってきていた米沢であったが、不要な暖かさである。 目的地は米沢市役所なのだが、アクセス方法がわからない。 市役所に電話をかけて訊いてみる。 電話を回してもらった先の観光課の女性が丁寧に教えてくれる。 路線バスは2系統あるが本数が非常に少ないのでタクシーがいいと言う。 タクシー代をケチるわけではないが、歩けばどのくらいかときけば、「30分弱」だと言う。じゃ、天気もいいから歩くことにする。 さっき電話に出た女性がしゃべっていたのは山形弁なのだろうか。 なんとも暖かく素朴な響きがした。

駅前のロータリーの地面に石版のプレートが埋め込まれている。 Yonezawanoaji 「米沢の味ABC」 と書いてある。 A は「Apple」、Bは 「Beef」、Cは「Carp」、すなわち、りんご、牛肉、そして鯉である。 鯉のことはよく知らなかった。 米沢鯉は、最上川上流の清らかな水で育つため、川魚特有の泥臭さがないのが特徴であるらしい。 鯉料理というと、一般的なのはアライや鯉こくだが、米沢では、唐揚げやうま煮で供されることもある。

市役所に向けて歩き始める。 Ekimaedoori 駅前なのだが人通りが少ない。少ないというよりは、ほとんど歩いている人がいない、といった感じだ。 これと同じ光景に出くわしたことがあった。そうだ、1年前の酒田だった。(「酒田ラーメンを食べた」参照)  でも、駅前とは言っても、ここは本当の米沢の繁華街じゃないのでそんなものかと思う。 直線の道路を歩く。 途中、牛の石像を見かける。 Ushinookimono 米沢牛ののぼりも立っている。 おいしい米沢牛を食べさせてくれるお店なのだろうか。 さらに歩く。 やや、市の中心街に近いところに入ってきたようだ。 途中、「米沢ラーメン」 と書いたのれんや看板を数多く目にする。 Yonezawaramen 米沢ラーメンは、あっさりしょうゆ味で、ちぢれ麺が特徴で、全国区とまでは行かないが、根強い多数の愛好者が絶賛するラーメンである。

もう、20分近く歩いている。 観光課の方に教えてもらった道順どおりに歩いていると思うのだが、一向にそれらしい建物は見えてこない。ちょっと不安になり、誰かに道を尋ねようかと思うのだが、いかんせん、人とすれ違わないのでそれもできない。

やっと、市の繁華街に差し掛かったところで、ミスタードーナツから出てきた女子学生が前方に見えたので、急いで駆け寄り市役所への道を尋ねた。「市役所ですか、えーと。。。」 やっと、地元の人に出くわして、これで目的地までたどり着けると思ったのだが、「。。。市内の人じゃないのでわからないんです。すみません。」 と申し訳なさそうに頭を下げる。 女学生さんのせいではない。 もう少し歩くと、ベビーカーを押した女性がいたので尋ねる。 すると、自分はとんでもない所を歩いていたことがわかる。 観光課の人の山形弁がよく理解できてなかったのかとも思ったが、やはりこれは自分の聞き取り違いであった。 その女性に礼を言い早足で市役所に向かう。

ルルくん・イン・みちのく その3」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その6(最終回)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 より続く。

立ち止まる回数が増え、もう時計を見る余裕もない。 そのうち35kの関門が見えてくる。 沿道の応援に後押しされ、何とかチェックポイントにたどり着く。 ランナーの本能なのだろうか、こんな状態でもさらに前を追って走ろうとする。 だが、その直後、係員の手で走行を制止される。。。 ジ・エンドである。。。 関門閉鎖のタイムから遅れること13秒という結果のリタイヤであった。

すぐに、収容バスに乗り込む。 関係者の方が、自分の痛々しい走りをバスから見てくれていたようで、「足は大丈夫ですか?」 と気遣ってくれる。 そして、タオルを肩に掛けてくれる。 TVのマラソンで、ゴール後、女性の係員が選手にタオルを掛けてくれる、そんなシーンにあこがれていたが、夢と散ってしまった。 バスのシートに腰を下ろす。 先ほどの方がドリンクを持って来てくれる。 再び、「大丈夫ですか?」 。 その親切と気遣いに感謝する。

自分ではまったく想定していなかった結末であった。 出てくるのはため息ばかりだ。。。 マラソン大会には出場したが、本当の「マラソン」 の走りを経験することはできなかった。 このジレンマが自身の中で葛藤する。 バスはその後もゆっくりと進む。 途中でまた何人かの棄権者をピックアップ
していく。 やはりどの顔にも満足感はない。

収容バスがゴール地点の高知港岸壁へ到着する。 すぐに、ゴール地点で待ってくれている父の姿を探す。 フィニッシュは2時間50分前後だろうと伝えてあったので随分と心配していたのではないかと思う。 父から荷物を受け取り着替える。 父の問いかけに対し、大丈夫だと応えるが、やはり 「途中棄権」 という事実だけが自分の頭の中を駆けめぐる。Goal_w

大会本部が用意してくれたジャンボタクシーに乗り、閉会式会場へ移動する。 ここは入浴施設があり、走った後の汗を流せ、疲れを癒すことができる。 入浴後は、選手控え室で閉会式までの時間をつぶす。 サンドイッチ、バナナ、そしてドリンクの軽食も用意されている。 やがて、準備ができたとのアナウンスと共に、閉会式会場へ移動する。

Heikaishiki_w 選手が集まり、優勝者ならびに入賞選手の表彰である。優勝者は、四国電力の秋山和稔選手、タイムは2時間1825秒での初優勝であった。 2位は原田選手、3位も和田選手と、四国電力勢が3位までを占めた。 この3選手は、元日のニューイヤー駅伝でも走った実力ランナーなのでこの順位は当然の結果であるともいえる。

閉会式が終わり帰ろうとすると呼び止められた。 昨晩のパーティーでお世話になった方だ。 紙面の都合上、掲載できるかどうかわからないということであるが、取材を受けさせていただいた。 その後、足を引きづり電車に乗り、実家へ戻った。 お世話になった父に礼を言う。すると、なんと自分のことがラジオの実況中継で放送されていた! ということを聞いた。 父が、スタートでの自分の付き添い後、自宅に戻るまでのカーラジオで聴いたとのことであった。ぜひ、自分の耳で聴きたかったなと思う。

翌日は実家でのんびりと過ごす。 戦前は、マラソンレースの疲れを癒すための休日だと思っていたが、今回、いわゆる、「マラソンを走った」 とはいえない内容だったので、膝の傷み以外、ダメージは全くない。 沿道で応援してくれた友人・知人にお礼の電話やメールをする。 この日は、新聞休刊日であったので、このマラソン結果は夕刊に掲載される。

届くやいなや、高知マラソン関係の記事を探す。 第6面に大きく報道されていた。 自分は、最後尾だったので全くわからなかったのだが、新聞を読むと、上位はそのようなレース展開だったのかと知る。 さらに隅々まで見ると、なんと自分の記事が載っているではないか! レースは惨敗であったが、こういう形で取り上げていただけたことに感謝したい。 自分の知り合いからも 「見たよ!」 の声をたくさんもらった。Kiji2 

翌朝、龍馬空港行きのバスに乗る。 途中、自分がリタイアした35K地点にあるドラッグストアが目に入る。 係員に制止され、リタイヤしたシーンが鮮やかに浮かぶ。 リタイヤしたことは事実だが、あくまで、それはアクシデントとして自分に言いきかせるとともに、再度このコースでのチャレンジを誓う。

最後に、高知陸協、高知新聞、RKC高知放送の方々、その他、ボランティア含め競技・大会役員の方々には大変お世話になり、本当にありがとうございました。 過去自分が出場した大会の中でも、最高の雰囲気と最大のサポートが得られた大会だと実感しています。 リベンジという言葉は好きではありませんが、来春、この土佐路を再び走れるように頑張っていきたいと思います。 (完)

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 エピローグ」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その5

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 より続く。

17K手前の野市跨線橋の上りで4人の集団がばらけ始める。 少しペースが上がっている。 上りが苦手な自分ではあるが、ここはついていくべきかどうか考える。 上りきったあとの下りで追いつけばいいと思い、無理はしない。 17.5Kの給水テーブルで今度はスポンジをとる。 スタート時よりかなり気温が上昇している感じだ。

やがて20K地点を示す看板が遠くに見えてくる。 だが、恐れていた左膝にかすかに違和感を覚え始める。 気のせいかとも思い、そのまま走る。 20Kポイントを通過する。 この大会では20K以降の各関門で制限時間が設けられている。 この20Kでは1時間30分に設定されている。 自分の計時は、1時間2431秒で、この間の5K2141秒である。 上りがあった影響で多少ラップが落ちてしまった感じだ。 自分が用意していた最初のスペシャルドリンクも無事手にする。 その後、約800メートル走ったところが折り返し点である。 しかし違和感が軽い痛みに変わってくる。 この折り返し点を通過後、一旦、立ち止まり、屈伸運動で膝を伸ばす。 そしてすぐに走り出す。 なんとなく嫌な感じがする。

このコースは毎回、不思議なことに風向きが変わる。 それも悪い方向に。 前半向かい風なので、折り返してからは追い風のはずなのだが、風向きが変わり、後半も向かい風といったパターンが多い。 自分はその風向きに関係なく走るが、その後も1Kくらいごとに立ち止まり、ストレッチと屈伸運動を繰り返す。 自分が傷めている腸脛靱帯の場合は、この靱帯を伸ばすことでわずかに痛みは軽減される。 走っているときのペースはこれまでと変わらないが、立ち止まってストレッチをする間のロスタイムが響く。 25Kポイントに達するが、5Kのラップが2424秒と大きく落ちてしまう。 だんだん、止まってストレッチをする回数が増えてくる。 後続からどんどんと抜かれていく。 筋肉痛やスタミナ切れで足にきた場合、それでも頑張れば走り続けることはできるだろうが、腸脛靱帯の場合は、部位が麻痺状態になり、そのうち激痛で足が踏み出せなくなってしまう。

こうなってしまったらもうレ-スでもマラソンでもない。 100メートルおきにストレッチのため立ち止まるというパターンだ。 自分でどういい方に考えても、完走は到底無理だと思う。 ここで、レースを止めることもできる。 だが、なぜか自らリタイアしようという考えは全く起きない。 制限時間内であれば、たとえ痛みが激しくても、前へ出たいという気持だ。

こんな状態で、30Kポイントに達する。 これほどペースダウンしても、まだ関門閉鎖まで215秒あった。 2つめのスペシャルを置いていたのだが、取ることさえも忘れ走り続ける。 やがて、最後尾を走る監察バイクが自分の背後につく。 交差点を通過するごとにバイクから、「最終ランナーです」 と交通整理員の方へ告げていく。 「そうか、自分が最下位のランナーなのか」と思う。 後ろを振り返ると、その監察車のすぐ後ろを、選手収容バスが走っている。 これまで、駅伝で区間最下位という結果を味わったことはあるが走った後の結果であった。 だが、今の自分は、最下位という現実を突きつけられている中での走りである。 前回をはるかに上回る屈辱だ。

そんな辛い走りであるが、唯一励まされるのが、沿道からの声援である。 自分が立ち止まる姿を見て、一生懸命に声援を送ってくれる。 応える余裕はないが、心の中で「ありがとう」 と返す。 また、スタートしてからこれまで、知人でも大会関係者でもないと思うが、自分の名前を呼んで応援してくれた人も何人かいた。なぜ、自分の名前を知っているのだろうと不思議に思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その6(最終回)」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その4

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その3」 から続く。

Start_wスタート後100Mほど走って左折し、メインの国道に入る。 このあたりは高知市の中心街で、休日のこの早い時間でも、応援してくれる人の数はすごい。 はりまやばし付近を通過し、日差しを浴びながらさらに足を進める。 走行路右側には、土佐電鉄の路面電車が行き交う。 電車の中から手を振って応援してくれる人もいる。 2K地点では母と妹の応援があった。 軽く手を振って通り過ぎる。 この地点で、もうかなり選手はバラけている。

Taikaisharyou_w Chiyorichou_w 今自分が走っているペースだが、なんだかとても遅いような気がする。 練習のペースのようだ。 1Kごとのチェックポイントがあれば確認できるのだが、それもないのでそのままのペースで走る。 でもまあ、トラックレースか5K程度の距離の駅伝でのスピードレースしか走っていない自分にとって、このペースは遅すぎるような感覚があるが、42.195キロを走るわけだから、こんなものかなとも思う。

やがて最初のチェックポイントである5Kを通過する。 手元の時計で2045秒。 ほぼ設定ペースどおりだ。 ペースが遅いという感覚で走っていたので、これでほっとする。 チェックポイントの150メートル先にゼネラルテーブルがあるので、最初の水分補給をする。 水とアミノバリューが入った紙コップが置かれている。 自分はアミノバリューを取る。 手袋が濡れるのがイヤなので左手だけ外す。 横から取るよりも、コップを上からつまみ上げて取るほうが失敗がないと聞いていたのでそのようにするが、やはり走りながら取るのは難しい。 TVのマラソン中継を見ていると、みんないとも簡単に取っている。 自分よりはるかに速いペースで走っているというのにすごいなと思う。 コップは取れたが、走りながら飲もうとすると、口に入っていく分より、顔にかかってしまう方が多く、うまく飲めない。

その後、後方から追ってきた3名の集団に吸収される。 追いつかれた後、ペースを上げていくのかなと思ったが、そのままのようなのでこの集団についていく。 一人で走るより、集団で走るほうがラクだ。 向かい風なので、風除けにさせてもらうばかりでは申し訳ないと皆が思っているのか、交互に集団を引っ張るような形で進む。 10Kの通過が手元のタイムで4147秒。 この5Kのラップは2101秒だ。 この10K地点は、全国高校駅伝高知県予選の2区のスタートでもある。 自分は3年時にこの2区を走った。 わずか3Kの区間だが2人に抜かれて順位を下げたことを思い出した。

30年ぶりに走るこの国道55号線沿いの光景は、新しい店舗等が建ったりしてはいるが、なぜだか昔のままのような気がする。 30年前にタイムスリップしたかのような感覚にも陥る。 やはり、自分の脳裏に高校時代に走ったこのコースが未だ鮮明に刻みこまれているからなのだろうか。 暑さはさほど感じないが、12.5キロ地点で、意識的に給水とスポンジを取る。 友人や知人が応援してくれる姿もところどころで見かけては走りながら手を振る。 やがて、15Kを通過する。 手元で1時間0250秒。10Kから15Kまでのラップが2102秒である。 ほぼ正確に目標タイムを刻んでいる。

フル初チャレンジ!高知マラソン大会 その5」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その3

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 から続く。

520分に起床。 昨夜は興奮していたのか、ほとんど眠れなかった。 大事なレース前夜ではたまにあることなので気にはしない。 近くのコンビニで朝食を調達するためにホテルを出る。 まだ薄暗い。 ひんやりとするが、思ったほどではない。 レース当日の朝食は、おにぎり3個、豆腐の味噌汁、それにオレンジジュースだ。完全に糖質中心の内容だ。 ポットのお湯をカップ味噌汁に注ぐ。 中に入っているわかめは取り除く。 同様に、おにぎりの海苔も取る。 レース中、もしものことがあってはいけないので、やはり消化の悪いものは避けたほうがいい。

部屋でくつろぎ、7時になって受付場所である高知新聞放送会館へ向かう。 ここで選手の一次受付が行われると同時に、スペシャルドリンクを預ける。 5Kごとのポイント地点が書かれたカゴにドリンクを入れる。 皆、目立たせるように自分と似たような細工をしている。 ちゃんと自分のスペシャルが識別できればいいがと思う。 他の選手も続々と受付を済ませ、アップを始めている。 自分もジョグを開始する。 受付場所の外には、ガラス越しに今朝の高知新聞朝刊を見ることができる。 昨日の開会式のニュースが写真入りで掲載されていた。 よく見てみると、なんと自分の姿も写っている。 Kiji_w これは幸先がよいかなとも思う。 アップは高知新聞社前や高知城周辺を走る。 ウェアの胸にナンバーカードを付けているので、すれ違う一般の人たちから、「頑張って」 と声をかけてもらう。 いよいよレースなんだなという実感があふれてくる。

アップを終え、再びホテルへ戻る。 汗を拭き、ユニフォーム姿に着替える。 このユニフォームは自分が所属するランニングクラブのもので、色がショッキングピンクである。 家族や友達たちにあらかじめ言っていたので、集団の中でもかなり見つけやすいのではと思う。 ゼリー飲料で再び糖質を補給する。 膝のテーピングを念入りに施し、今回付き添いをお願いした父の車でスタート地点である高知県庁前へ向かう。 Sutatomae1 Sutatomae2 車を降りると、大会および報道関係者であふれている。 また、スタート時刻の9時まであと20分くらいなので、ほとんどの選手がすでに集合している。 845分から最終コールである。 2組に分かれて、順番にナンバーカードがコールされる。 いつも思うが、どのレースでもこの最終コールが、自分にとって一番緊張感を覚える時である。 自分のナンバーカードが呼ばれ、胸と背のカードを審判員に見せる。 もう後には戻れないという気持がさらにピークレベルを押し上げる。

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スタート3分前の合図で、ほとんどの選手がスタート地点に移動する。背後には、高知城天守閣を眺めることができる。 Seiretsu1_w自分は最前列に来る。 ここに並んでいいものか? と思うが、昨日の開会式同様、皆、遠慮してなのか前へは並ばない。 実力選手たちのためのポジションという暗黙の了解があるのかとも思ったが、自分はずうずうしくもここに並んでしまった。スタートまでのわずかの時間で、レースペースを確認する。 今回の目標タイムは、2時間40分台に設定した。 初マラソンをなめているわけでは決してないが、膝の調子さえ悪くなければこれくらいのタイムでフィニッシュできる自信はある。前半を抑え気味に、キロ410秒程度で刻み、後半、400秒から4分を切るくらいで走るという展開を頭の中で再確認する。カウントダウンが始まり、スタート10秒前のアナウンス。 静かに目を閉じる。 一瞬、時間が止まったかのような感覚を覚える。そして号砲とともにスタート!
いよいよレースが始まった。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その4」 へ続く。

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フル初チャレンジ!           高知マラソン大会 その2

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その1」 より続く。

4時からは開会式だ。ほとんどの選手が参加しているようだ。 前回優勝者からの優勝杯の返還とレプリカ授与、主催者、来賓の挨拶、審判長の注意事項とあって、最後は、四国電力の原田敦之選手による選手宣誓で閉会式が終わった。Kaikaishiki3_w その後は、レセプションである。立食形式のパーティーで、選手は全員参加できる。 会場内に円形のテーブルが6つくらい置かれ、ビールとウーロン茶がセットされていく。 右脇にはバイキング料理の用意がされている。

乾杯の音頭でレセプションが始まる。 Reception_w 本来なら、レース前夜なので、乾杯はウーロン茶でなければいけないかもしれないが、自分はビールにする。 乾杯の後は、皆バイキング料理に殺到する。 料理は、寿司、トマトソースのパスタ、牛肉のカルパッチョ、刺身の盛り合わせ、かつおのタタキ、シーザーズサラダなどなど、どれもおいしそうなものばかりである。だが、一瞬のうちに、料理の周りに人が群がり、列を作っているのかいないのかもよくわからない。 結局、第一陣が終わった後に、自分の分をとろうとするが、もうその時点で、料理は半分近くなくなっており、人気の高い握りずしも全部なかった。 それでも、残り物を食べるがどれもおいしいものばかりだ。 いろんな人と、普段の練習の仕方や明日のレースのことなどを歓談する。 RKC高知放送の関係者の方たちとも話をさせていただいた。 自分は高知出身で、自身初のフルマラソンに故郷のこのマラソンを選んだと話すと、「明日のラジオ実況の中でぜひ紹介させてもらう」と言っていただいた。 約1時間でレセプションが終わる。 こういった関係行事や式典に参加していると、なんだかエリートランナー気分を味わっている感じで気分がいい。 また、レースへの気分が高揚してくるのがわかる。

部屋へ戻り、明日の準備を始める。
ユニフォームにナンバーカードをつける。 ナンバーカードは3枚入っている。 2枚はユニフォームの胸と背中につけるためだと思うが、残り1枚は予備だろうか? よく大会規定を読んでみると、残り1枚はトレーニングウェアの胸に着けると書いてあった。 またこの大会では、5Kごとにスペシャルドリンクを置くことができる。 用意しておいた容器にドリンクを入れる。 自分が置くポイントは、20K30K35Kそして40K4箇所。 最初の2箇所はエネルギー補給も考慮したザバスのパウダー飲料、後半の2箇所は、スーパーヴァームを1.5倍に薄めたものにした。 あらかじめ支給された荷札にナンバーカードと設置ポイントを書き、フリルをつけたゴムワイヤーをボトルにつけて目立たせる。 果たして、各ポイントでうまくとることができるだろうかと考える。 明日の朝、起床し、スタートまでの段取りを確認し、入浴後、早めにベッドに入る。

目を閉じて、明日のレースのことを考える。

実は、不安がひとつだけある。 故障している左膝の状態だ。
昨年末の走り込みで、昔からの古傷である、
腸脛靱帯を痛めている。 このため、今大会の最終調整には失敗した形でレースを迎えることになった。 レース中に痛みが出ることはまず間違いないと思うので、できるだけ距離の後ろの方で出て欲しいと願う。
ただ、
42K走れるスタミナはまったく問題ないし、スピードにも対応できると思うので、良いほうに考えようと思う。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その3」 へ続く。

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フル初チャレンジ!          高知マラソン大会 その1

羽田から飛行機に揺られ、高知龍馬空港に到着した。
今回帰省した目的は、第63回高知マラソン大会に出場するためである。高知マラソンへエントリー

出迎えに来てくれた妹の車に乗って、宿泊先のホテルを目指す。 思ったより暖かい。 だが、風が多少強い。 ここ数日、高知は暖かい日が続いているそうだ。 空港から市内を目指す道路は、この大会のコースとなっている。 ところどころに、5Kごとの距離表示看板が立っている。 もう準備は整っているようだ。

Sunrise_w_2 高知サンライズホテルに到着する。 ここは、選手の宿泊先とともに、大会開会式の会場にもなっている。 入り口には、「高知マラソン大会開会式会場」の看板が立っている。 「出場するんだな」、という気持ちになる。 チェックインを終え、すぐ調整練習に入る。ホテルから、コースの国道沿いを走る。 昨年から、一部コース変更となった40K手前の鏡川大橋の傾斜をチェックする。 40分ほどジョグし、ウィンドスプリントを多めにやって刺激を入れる。

40k_w_2 午後3時からは健康診断がある。 健康診断は前日のこの時間と、レース当日の朝にある。選手はどちらかを受診する義務がある。 検診内容は問診と血圧測定のみである。 自分は練習後だったので、血圧値がかなり高めに出てしまった。 何か言われるかなと思ったが何もなかった。

その後、レースの受付を済ませ部屋に戻る。 渡された大会プログラムにある参加者リストを見ると、申込者数は98名だ。 市民マラソン大会の参加者数から比べると、随分と少ないが、この高知マラソンは健康志向の市民マラソン大会とは違って、競技志向の強い準エリート的な大会である。 以前は、ユニバーシアードの代表選考レースとしても指定されていたこともある。 参加資格も陸連登録者に限り、さらに県外の出場者は所属陸協の承認を必要とする。 だから人数的にはこんなものかと思う。

そもそも、なぜ自分はこの大会にエントリーしたのか?
自分は中距離ランナーで、ここ
45年、ロードは駅伝中心で、距離も5K程度しか走っていない。 おまけに、過去レースとして出場した一番長い距離は10Kである。 ここまで書くと、自分のことながら、随分と無謀な挑戦のような気もする。 それも初マラソンで、このレベルの高い高知マラソンである。

だが、自分にはこの大会に出たい理由があった。
現在は埼玉に住んでいるが、出身はこの高知である。 高校時は陸上部に所属していた。 この高知マラソンのコース(昨年から一部変更になったが)は、当時も今も、全国高校駅伝県予選のコースでもある。 2年と3年時にこのコースで任された区間を走ったが、どちらもブレーキに近い走りだった。 高校卒業後はずっと関東での暮らしであるが、年に1回くらいは帰省し、空港から市内に向けて走るバスの車窓からこの道路を眺めるたびに、もう一度この思い出のコースを走りたい、との気持ちを持っていた。とは言っても、中距離選手の自分がフルマラソンなんて無理だと思いながらも、初マラソンを走ることがあれば、この高知マラソンだと心の中で決めていた。

フル初チャレンジ! 高知マラソン大会 その2」 へ続く。

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