ランナーのマナー

今日の夜、7時のNHKニュース 「NHKニュース7」 で取り上げられていたトピックがあった。 東京都千代田区が皇居周辺の歩道を走るランナーと歩行者の安全を守るため、新たなルール作りを開始するとのことであった。

ここ近年のランニングブームはすごいものがある。 普段の日常生活で目にし、耳にする情報の中で、ランニングに関する情報は格段に増えたと感じる。 ランニングに関する様々な催しやイベントも多く見かけるようになった。 その結果、ランナー人口も急増した。 実際、東京マラソンが始まった平成19年以降、朝6時から夜9時までの間、皇居のコースを走るランナーの数は、1日でなんと約4,500人に上るとのことである。 TVの画面でランナーたちの姿を見たがびっくりした。 自分が、皇居周回コースを走っていた10年くらい前の光景とまったく違って驚いた。 この皇居周囲のランニングコースとは、皇居のお堀の歩道を走る1周5キロのコースである。 信号がなく、コースも平坦で、1周が5キロとキリがいい。 皇居の穏やかなたたずみと、都心の活気あるも整然とした雰囲気が楽しめる。 特に、夜のライトアップされた光景は美くしい。 ファンランナー、シリアスランナーともに人気がある練習コースである。

このニュースで取り上げられていたイシューとは、皇居の周回歩道を歩いている歩行者がランナーと接触した、または接触しかねないシチュエーションが急増し、危惧を抱いているということであった。 番組では、レポーターが自らランナーとなって、そのコースを走りながら取材をしていた。 そこを歩いている人たちへのインタビューも含まれていた。 なかには、ランナーをよけようとし転んでケガをした人もいた。 ここを散歩がてら、ゆっくりと歩いて楽しむ人たちのランナーへのイメージは急落し、「一触即発」状態になっている、ということを聞いた。

ランナーたちが犯している、また犯しやすいマナー違反、自分の経験から言って、大きく以下があげられると思う。

  1. グループで歩道を横に広がって走る
  2. 車道を走る
  3. 信号無視する
  4. 道路などに平気でツバを吐く
  
他にも、公共に近い場所で上半身ハダカで走ったりすることなんかもあげられると思う。 もちろん、ランナーの中には、きちんとマナーを守って走っている人たちもいる。 かつて、喫煙者、ペットオーナー、また携帯電話に関してマナーの悪さが指摘されたことがあった(今でもそうだが)。 しかし、これらの人々から比べると、人口比ではもっともっと少ないランナーがマナーの悪さを指摘されたという事実は大きいのではないかと思う。 恐らく、この皇居のコースだけではなく、国内の他の場所でも同じような、問題が起こっている、または起きる可能性もあるのではないか。

千代田区ではランナーも含めた関係者を集い、ルール作りを始めるとのことである。 まずその前に、できることなら、我々ランナーがマナーやエチケットを守って走るためにはどうすればいいか考え、そしてそのためのルールを提示していく必要があると考える。

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川越小江戸マラソン

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昨日、川越小江戸マラソンが開催された。

大会が行われるの埼玉県川越市は、県南西部に位置し、人口約34万人。 江戸時代には川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」の別名を持ち、神社や蔵造りの街並みなどの歴史的建造物が多く存在する。 また、昨年、NHKの連続朝ドラマ「つばさ」の舞台にもなった場所でもあり、知名度は上昇中である。

その川越で開催されるマラソン大会。 実は、過去に1回だけあった。 15年くらい前に行われたのだが、なぜかそれっきりで終わっている。 なので「小江戸川越マラソン」と称して開催される大会は今回が初めてなのだが、その大会のことがあるせいか、「第1回」という名称はこの大会には付けられていない。 ちょっと残念だ。

コースは川越水上公園を発着するコースで、ハーフ、10K、ファンラン(4K)の種目がある。 この大会の最大の魅力は、川越が誇る、蔵造りの街並みがマラソンコースに組み込まれていることである。 その街並みを眺めながら走るのは最高だろうなと思う。

ゲストランナーもこの大会にふさわしい有名なアスリートたちである。 谷川真理、早川英里、そしてダンカンである。 東洋大学陸上部からも10名が招待選手として走ることになっている。 その中には、昨年の箱根駅伝優勝メンバーが数人いたり、今ブレイク中(?)の設楽兄弟もいる。 なんとも豪華なゲスト・招待選手の面々である。

大会当日の朝、同じ大会役員をするSさん夫妻の車に乗せてもらい6時に会場である川越水上公園へ到着する。 朝日が昇りかけ始めたころで、まだあたりは暗い。 その中でも、何人かのスタッフは忙しそうに動き回っている。 ミーティングの後、バスに乗って各自の持ち場へ移動する。自分の持ち場と業務は、5Kポストでの監察業務である。 すでに走路部会の方たちが、準備を始めている。 本格的な準備は、道路が封鎖される8時からなので、その間に、コーンやパイロンの設置場所などの確認をする。Cimg4313 

8時になり、走路の準備を始める。 チームワークよろしく準備があっという間に完成する。 あとは、先頭の到着を待つのみである。 だんだん沿道にギャラリーが集まってくる。 スタッフジャケットを着ている自分に、いろいろと質問してくる。 「ここを通過するのは何時頃か」、「ゲストランナーは誰ですか」、「制限時間はあるんですか」 などいろいろだ。Cimg4317 

9時15分、ハーフ種目のランナーが先導バイクのあとに通過する。 東洋大の千葉選手と設楽(どっちだかわからない)選手が並走し、目の前を通り過ぎていく。 その10数秒あとに、東洋大選手の集団が過ぎていく。 彼らのユニフォームは、箱根駅伝などの大会で見かける鉄紺カラーではなく、白地に黒いロゴのユニフォームだ。

しばらくして、谷川真理が目の前を通り過ぎる。 ピンクを基調としたシャツとランパンに、アームウォーマーと膝タイツを着用している。 やはり谷川選手の走っている姿はオーラが出ているとともに、華があると感じる。 その後、しばらくしてからは、どんどん走ってくる選手が増えていく。 人の波がどどっと押し寄せるような感じである。 もうランナーの波、波、嵐、嵐。 道幅もそれほど広くないので、やや渋滞気味である。 いつになったら途切れるのかと思うほどたくさんの選手たちが走って(歩いて?)くる。

女性ランナーのおしゃれなことに感動する。 なんと言っても、ランニングギアがおしゃれである。 ランニングブームに乗って、各メーカーからたくさんのアパレルが出されているのだろうが、自分に合ったウェアの選択や着こなしが素晴らしいのである。 ギア以外で身につけるアクセサリーや小物でも、さりげなく自己主張している。 すべての女性ランナーがとても輝いて見えた。 それに比べると、男性ランナーは、まだまだ負けている。。。Cimg4321_2

その後の10Kレースでの先頭グループが通過した後、ファンランの部ゴールである川越市役所前へ移動する。 ここで、ファンランランナーのゴールへの誘導と、それ以外の選手のコース振り分けを行う。 相変わらず、途切れることなく選手が走ってくる。 ゼッケンの色の違いに注意し、ファンランの選手をゴールへ誘導する。 やはり、ファンランの選手は、表情も険しくなく  余裕もある。 ペアで走っているので、ゴールでは笑顔もある。 こういう楽しみ方ができるのも、マラソン大会の魅力の一つであると思う。

無事自分の業務を終え、会場へ戻る。 表彰式が行われている。 自分のチームメンバーも年代別の種目で多数の入賞者を出した。 嬉しい限りである。 表彰式では、ゲストのダンカンもプレゼンテーターとして参加し、絶妙のトークで会場を盛り上げている。 その光景を見ながら、大きなトラブルもなく、大会が終わろうとしている状況にホッとするとともに、全国から参加してくれたランナーの人たちは、この川越の街を楽しんでくれたかなと願う。 この素晴らしい大会をサポート出来たことは、自分にとっても喜びであり、また来年、ぜひお手伝いさせてもらおうと思う。

最後に、同乗させてもらったSさん夫妻、WGM関連の役員の方々、本当にお疲れさまでした。

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土佐発! 鍋焼きラーメン

今年は猛暑の影響からか、10月になってもかなり気温の高い日が続いた。
はやく秋が来てほしいと願っていたが、その秋を通り越して冬が来たかのようなこの数日の寒さである。

寒い時期に食べたくなるもの。 おでん、鍋料理、ラーメン、うどんなどたくさん思い浮かぶ。 だが、自分にとってはこのグルメが真っ先に頭をよぎる。
「鍋焼きラーメン」 というのをご存じか?
鍋焼きうどんならぬ、鍋焼きラーメン。 これは高知県須崎市のオリジナルグルメである。 どうしてこの鍋焼きラーメンが生まれたのか分からない。 自分の勝手な想像だが、須崎は漁港の街である。 寒季の漁を終えた漁師に温かいものを提供したいと思った心遣いから生まれた優しい料理と勝手に解釈している。 

鍋焼きラーメンとは次のようなラーメンである。
スープは、基本的には鶏ガラ味。 料理では若干煮込むので、あっさりめの鶏ガラスープが望ましい。 麺はストレートの細麺。 博多ラーメンの麺に近いが、違いは卵麺(に近い)ことだ。 そして具。 はっきり言って、どんなものでもいい。 あり合わせの具でOK。 だが、この鍋焼きラーメンに欠かせない代表的な具材がある。 1つは、ちくわ。 スープを吸って少し膨らんだちくわ。 その食感とともに、噛めば噛むほど味が出る。 この鍋焼きラーメンにぴったりと合う。 2つめは、卵。 これは最後に投入し、余熱で半熟気味に仕上げる。 麺とスープに絡めて食べると最高のコンビネーションである。 そして3つめ。 一般的にラーメンでは、チャーシューが乗っかっていることが多い。 ところが、この鍋焼きラーメンでは、チャーシューはない。 そう聞くとなんだか味気ない気がするが、鍋焼きラーメンでは違う肉がしっかりと存在感を出している。 それは鶏肉である。 胸肉よりモモ肉の方がよりスープの味に合う。 熱々のラーメンをこのモモ肉と食べるとその相性の良さに驚いてしまう。

今日、無性に食べたくなって鍋焼きラーメンを作ってみた。
麺とスープは市販のものを使った。 具は、ネギ、ニラ、キャベツ、そして必須のちくわと卵を入れた。 作っている途中から、もういいにおいが漂い食欲をそそる。 完成した鍋焼きラーメンを食べる。 土鍋の熱伝導効果を頭に入れていなかったため、ちょっと火を通しすぎた。 おかげで、中心表面に落とした卵が、煮えすぎて中にもぐってしまった。 早速食べてみる。 この鍋焼きラーメンを食べ方は、鍋から小皿にとって食べる。 麺を口にほおばるが、とにかく熱い! グツグツ煮える鍋から取り分けたものなので熱いのは当然だ。 だがこの熱々さがたまらない。 ちくわの弾力性を楽しみながら、さらに麺をすする。 中にもぐっていた卵は、幸いにも半熟状態を維持していた。 それをれんげですくって麺を入れて食べる。 もう至福の味である。 半熟卵を絡めて食べる料理はいくつかあるが、この鍋焼きラーメンでの相性は他の追随を許さない。 その後は無言で食べ完食した。

鍋焼きラーメン、ぜひもっともっと全国区で知られてほしいグルメである。Nabeyakiramen

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「海外滞在ハプニング」 ベスト5

海外渡航も数多く重ねると、いろんなハプニングに出くわす。

自分自身が原因で起こったハプニングや不可抗力ゆえのハプニングもあった。 渡航初期のころは仕方がないとしても、経験を踏んで旅慣れた状況下でも、不注意や油断によって引き起こされたハプニングもあった。 また中には、「旅の恥はかき捨て」的なものもあった。

それらのハプニングの中から、「マイ・ハプニング」 ベスト5を自身で選んでみた。 これらのハプニングを思い起こすだけでも、赤面、驚愕、または恐怖で全身の血が逆流するような感覚を覚える。
意外とみんなも、これらに似た状況を海外で体験したことがあるのではないだろうか?(ないか!)


『海外旅行ハプニング』  ベスト5


【第一位】  部屋閉め出し事件

朝、下着姿でアメリカのホテルで部屋の外へ閉めだされた事件。 今、思い出すだけでも、穴があったら入りたいくらいである。
超パニック状態で人間が考える行動とは?
詳しくは 「ルルくん・イン・コネチカット」 に。

【第二位】  迷子事件

米国コネチカット州ダンベリー市に滞在時、夕方、ジョギングへ出かける。 だが、途中、帰り道がわからなくなってしまう。 そのうち辺りも暗くなり、完全に迷子になってしまった。 こうなったら、ヒッチハイクしか手段はない。 日本でもこんなことはやったことがないが、勇気を出してやってみる。 だが、もともと交通量も多くないし、止まってくれる車なんかない。 そのうちだんだん車も通らなくなる。 途方に暮れ、あきらめかけていた時、やっと止まってくれた車があった。 車から降りてきた運転手の人に事情を話し、車に乗せてもらう。

これでひと安心である。 やっとホテルへ帰れる。 車に乗せてくれた運転手は巨漢で、無口な人で、もくもくとハンドルを握っている。 途中、携帯電話で誰かと話している。 英語ではないので聞き取れない。 車に乗ってしばらくたつが、まだ見慣れた光景にはならない。 よほど遠くの方まで走ってきていたのかと驚く。 だがそれにしても随分と長い。 心配になって、ちらと運転手に視線を向ける。 気付いたのだが、シャツの袖をまくりあげた腕に大きく入れ墨が描かれている。
そのうち車は、ある場所で止まり、エンジンが切られる。

到着したところは、ホテルではなく民家である。 家の中には電気がついている。 なぜここなのか? 恐ろしい考えが頭をよぎる。 俺は金持ちの日本人に見えて誘拐されたのか。 そしてこの中には、仲間がたくさんいて、自分はなぶり殺しにされてしまうのか。 これから展開されるであろう出来事のため、恐怖のあまり声も出ない... すると、 その運転手がこう言った。 「走って、迷子にもなってお腹もすいただろう。 食事を用意してあるから食べていけ」

その家に入ると、ダイニングルームには運転手の家族がそろい、自分の食事が用意されていた。 途中、携帯で電話していたのはこのためだったのか。 恐怖から解放された安堵感と親切なオファーに涙が出た。 もちろんその後、無事ホテルまで送り届けてもらった。

【第三位】  スーツケース紛失事件

到着地のスイスの空港で、搭乗前に預けた荷物が出てこなかった。 預けた荷物が紛失するのはたまに聞いていたが、まさか自分の荷物がそうなるとは夢にも思っていなかった。
詳しくは 「ルルくん・イン・チューリッヒ」 に。

【第四位】  フライト遅れ事件

米国フロリダ州オーランド行フライトで、乗り継ぎ便が大幅に遅延。 これまで経験したことのない長時間の遅れを楽しむ余裕もあった?
詳しくは 「ルルくん・イン・オーランド」に。

【第五位】  無賃乗車事件

スイスのチューリッヒ鉄道を利用した時に、切符の発売場所や買い方がよくわからず、切符なしで乗車した。 出る時も、改札に誰もいなくてオープン状態だったのでそのまま通過した。 あとで知ったのだが、自分は危険極まりない行為をしてしまっていたようだ。
詳しくは、「ルルくん・イン・チューリッヒ」に。

『次点』

 非常ベル事件      「ルルくん・イン・ロンドン」 参照

 韓流スター事件     「ルルくん・イン・シンガポール」 参照

 香港立ち○○○事件   ノーコメント(・・・)

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やっと出会えた消炎鎮痛剤

この7、8月もこれまでと変わらず、走れない苦しい日々が続いた。
この膝の痛みはなぜ消えない、なぜ良くならない。 あの瀬古利彦さんが膝の故障で苦しんでいた1982年頃にこういうことを言っていた。 「この膝をえぐってどうなっているのか見てみたい」。 自分も同じような心境になってくる。 もうこの歳だし、陸上人生も終わりかなとの思いもよぎる。

これまで、医師の処方のもといくつかの薬を試してみたが、どれも決定打となるには至らなかった。 内服用の鎮痛剤は別として、外用の塗布薬はほとんどが、インドメタシンやフェルビナクを配合したもので、あまり即効性はなく、継続利用で症状が改善される薬である。 そんな中、職場の同僚の先生にある薬を紹介してもらった。

「糾励根(キウレイコン)」という名の、自然の生薬を主成分とした粉末の外用塗布薬である。 特長としては、漢方薬品であることと、薬が粉末状ということである。 用法は、薬の粉末を水で溶き、患部に塗るというやり方である。

先週、キロ4分半で60分走を行った。 40分過ぎに、膝に痛みが出たがメニューはこなした。 この膝の状況では、いつものように中2、3日完全休養しなければ練習を再開することができなかった。 だが、この練習直後、この「糾励根」を試してみた。 薬を水で溶いて痛むところに塗るという 江戸時代的なやり方(おおげさか?)なので、少々めんどうくさい。 塗ってしばらく経つと、その部分が熱を帯びてくる。 これがけっこう熱い。 火傷するんじゃないかというくらいの熱の持ちようである。 あとで知ったが、熱すぎる場合、小麦粉を少し加えるとよいらしい。 だが、これが効き目なのかなとも思う。 効いてくれるかなと願う。

翌朝、薬を塗ったシートをはがす。 そして、膝を動かしてみるが、痛みを感じない。 走れそうな感覚がある。 ストレッチを十分に行い、ロードへ出る。 若干の違和感はあるが、走りを妨げるほどではない。 ペースを抑えつつ60分ジョグを終えた。 膝は問題ない感じだ。 これまで苦労していた膝の痛みは何だったんだろうという気持である。 自分のフォームや練習内容などチェックすべき点はあるが、糾励根を知ったということはとても大きい。

この薬を紹介していただいた先生は、以前、野球部顧問の時代に、肩を痛めた投手にこの薬を与えてあげたところ、肩の痛みが消え、連投に耐えることができたという体験やその他多くの事例を持ってらっしゃる。 この糾励根は、炎症以外にも、神経痛、腰痛、肩こりなどの症状にも有効である。 製造販売元は株式会社 霜鳥研究所で、自分は川口のタカギ薬局で入手できた。 残念ながらどの薬局・薬店でも売っているわけではないが、ネットでも購入できるようである。 ぜひ多くのアスリートに知って欲しいと思う。

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ルルくん・イン・虎ノ門 その4(最終回)

ルルくん・イン・虎ノ門 その3」より続く。

その店とは、「カレーの店スマトラ」。
この店へは、昼食時はもちろんのこと、残業タイムまでの休憩時や、仕事が終わった後にもよく利用した。

だが、その店はなくなっていた。 まだ看板はあったが、シャッターが降り、トタン板で覆われていた。 とてもさびしい思いが胸をよぎる。 思い出の1ページがなくなってしまったかのようだ。 と同時に、昼ご飯をどうしようかという思いもわいてきた。 Nec_0003たしか、あと2軒、このスマトラのチェーン店(?)があったのを思い出した。 その1軒目は新橋駅へ向かう途中の繁華街にあったはずだ。 足を速める。 新橋は、同僚や先輩達とよく飲みに出かけた街である。 街並みは多少様変わりしたかもしれないが、「新橋」という雰囲気が十分にある。 しかし、たしかこのあたりにあったはずなんだがそれがない。 その周辺をぐるぐる回ってみるが見つからない。 ここの店もなくなってしまったのか。

一途の望みをかけて最後の店へ向かう。 大通りを少し銀座方面に入った店だ。 この店へは数回しか行ったことはなかった。 でもどうかまだ残っていますようにの思いを胸に歩く。 するとあった! カレーの店スマトラ。 ちゃんとあったではないか。 涙が出るほどの感激である。 この店のキャラクター(?)である無表情のインド人(?)が目に入る。 ついに帰ってきたんだと感無量である。 早速、店の中へ入る。

この店のメニューは、「スマトラカレー」(普通盛り)と「カレー大盛り」の2つのみ。 サイドディッシュで、サラダ、卵、らっきょうがある。 カレー大盛は、ルーが別皿で出てくる。 メニューも20年前と変わっていない。 テーブルには、3~4種類の薬味が置いてあり、好きにとって食べることができる。 カレーの普通盛りを注文する。

店内はカウンターのみである。 席はほぼ埋まっている。 コの字型のカウンター内では3人の従業員が忙しく働いている。 さて、注文したカレー普通盛りが出てきた。 大方のカレーの盛りつけ方といえば、お皿半分にご飯を盛り、片側にルーを盛るスタイルだ。 だがここのカレーは、平盛りにしたごはんの上からカレーソースをかけるスタイルだ。 この20年前と変わらないスタイルにあらためて感激する。

スプーンで一口食べる。 口の中でカレーとごはんが混ざり合う。。。 この味だ、この味。 ここのカレーを一口で例えると、家庭の味。 家庭の味にもいろいろあるが、ハイカラな家庭の味ではなく庶民的なカレー。 庶民的カレーというと、スーパーなどで買うことのできる固形ルーを調理したカレーをイメージするかもしれない。 だが違う。 手作りで、温かみがあるカレーである。

スマトラカレーの特長は、まず、カレーソースが、サラサラとまったりのちょうどいいバランスである。 これは煮込んだジャガイモがくずれてソースに溶け込んでいるからであると思う。 変に重ったるくなく、スプーンですくった感じがちょうどいい。 次に、具は豚肉のみ。 豚肉だけではないのだろうが、煮込んだことで溶け込み、認識できるのは豚肉のみである。 また、この豚肉も、脂が少ない肉で、適度な大きさで長方形に角切りされている。 これがこのカレーにぴったり合う。 最後に、適度にスパイシーである。 決して辛口ではないが、香辛料を上手く効かせたブレンドである。

もう無言、無心でカレーを食べる。 このカレーに再会できた喜びと幸福感でいっぱいであった。 また虎ノ門エリアを訪れる際は、ぜひこの店に来たい。 (完)Photo

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ルルくん・イン・虎ノ門 その3

ルルくん・イン・虎ノ門 その2」 より続く。

新橋駅まで歩く。

通りの雰囲気は昔の面影を残してはいるがやや違和感を感じる。 やはりよく利用していた店がなくなっているからであろう。 ここにはあの建物が建っていたよな。 あそこには、行こう行こうと思っていたけど、行くことのできなかった店があったはずなんだけど。 20年以上も経てばそれも当り前なのかもしれない。Cimg1602 

そんなさびしい光景を見ながら歩く。
小諸そばがあった。 Cimg1601_2

小諸そばは関東一円に店舗を構える立ち食いそばのチェーン店である。 だが侮ってはいけない。 そばの、まるで打ち立てのような歯触りと香りのよさ、江戸前そばのような甘ったるい感じがなく柚子の風味がよく合うつゆ、そして店内で揚げている、ゲソや小柱が入ったかき揚げ。 ここのかき揚げそばは絶品である。 かけそばと天丼がいっしょになった天丼セットもお得な値段で味、ボリュームともに満足のいくものだった。 自分も当時、かなりお世話になった。

ここで食べたい郷愁にかられたが踏みとどまる。
すでに、この虎ノ門への久々の訪問でのランチはここでと決めてある。
さらに歩を進める。 目指す店の名は、「カレーの店 スマトラ」。

ルルくん・イン・虎ノ門 その4(最終回)」 へ続く。

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ルルくん・イン・虎ノ門 その2

ルルくん・イン・虎ノ門 その1」 より続く。

ビルの裏口から外へ出る。Urate_2 右側には東京タワーを見ることができる。

目の前に見えるのは愛宕山である。 江戸時代から愛宕山は、その山頂からの江戸市街の景観の素晴らしさと武士間の信仰で有名な場所であった。 東京都23区内で最高峰の天然丘陵として知られている。 この愛宕山に登るにはいくつかのポイント箇所があるのだが、このビルの裏手からは民家の脇を沿って階段がある。 そこを登る。

山とは言っても、標高わずか25メートル程度なのでさほど苦労しない。 生い茂る草木を横手に階段を上る。 やや広い道路に出る。 その左手にある建物の1Fには「田崎真也ワインサロン」とかかれたお店がある。 これは昔はなかった店である。 聞くところによると、ワインと料理を供するだけではなく、ワインスクールのような場所であるらしい。 Saikon

さらに登ると右手に民家っぽい家屋が見えてくる。 ここは「菜根」という名の中華料理のお店である。 菜根と書かれたのれんとメニューの立て看板がある。 自分が利用していたころは、そういったものもなく、ここがお店であるのかどうか全く判別できなかった。 またお店とわかったあとも、値段がどれくらいなのか予想だにできなかった。 今はどうかわからないが、座敷で食べる中華料理であった。 値段も普通のお店よりは多少高めであったが、その味と雰囲気は満足できた。 特に、エビチリやエビマヨのエビ料理がおいしかったことを思い出す。 お昼時ということもあり久しぶりにここで食べようかとも思うが、他にぜひ行きたい店があったのでやめにした。

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愛宕山の山上には愛宕神社がある。 1603年に徳川家康が江戸の町の防火目的で作られた神社である。 桜が咲く季節は神社内が桜に彩られてとても美しい。 自分も当時、同僚とお昼にお弁当を持ってここへ食べに来たり、花見をやったりした思い出がある。 この神社には見所や名所的なものがいくつかある。

まずは神社内の池である。 Ike 小さい船が浮かんでおり、池の中にはたくさんの鯉がいる。 神社内の雰囲気にマッチした光景はのどかで落ち着いた感じがある。 その池の先を行くと記念碑がある。 Sakurada

万延元年 3月3日。時の大老、井伊直弼を水戸浪士が討った桜田門外の変の際、水戸浪士が集結したのはこの愛宕神社であった。 雪の降るこの日、神前に祈願したのち、歩いて桜田門に向かったということである。 また、この愛宕山にはNHK放送博物館がある。 1925年に国内初の放送業務を行った歴史的場所である。 

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そして最大の見所は「出世の石段」と呼ばれる急勾配の石段である。 寛永11年、徳川三代将軍 徳川家光が将軍家の菩提寺であるこの近くにある芝増上寺への参詣の帰りにこの神社の下を通った。 折しも春、愛宕山には源平の梅が咲き誇っておりました。 家光公はその梅を目にし、「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命じた。 だが、石段のあまりにも急勾配さゆえ誰一人として登ろうとするものはいなかった。 下手すると馬と一緒に命を落としかねないので当然であった。 するとそのとき、丸亀藩の家臣で曲垣平九郎が馬とともに石段を登り始めた。 そして見事、山上へ到達し梅を手折りし、再び馬にて石段を降り、家光公に梅を献上したという。 間近で見ると、そんな故事が本当にあったのかと思わせるほどの急勾配である。 酔っぱらっていてはとてもじゃないが降りることはできない。 普通の状態でも少し恐怖感を感じるくらいである。

また、この愛宕神社内には風情のある茶屋があり、湯茶と軽食でくつろぐことができる。
なつかしの愛宕山を後にし新橋方面へ歩く。

ルルくん・イン・虎ノ門 その3」 へ続く。

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ルルくん・イン・虎ノ門 その1

社会人として、初めて足を踏み出した地は、いつまでたっても忘れられないものだ。 「あっ、この風景覚えてる!」、「この店でよくメシ食ったな」 などと、当時の思い出が瞬時によみがえってくる。

自分にとっては、それが虎ノ門であった。
虎ノ門の職場を離れた後も、何度か足を運ぶ機会があったが、その懐かしさはいつまでたっても変わらない。 だが、20年以上も前に自分が目にしていた虎ノ門の周辺は、今ではかなり変わってしまった。 当時、この虎ノ門への通勤は電車を使っていた。 まだ営団地下鉄と呼ばれていたころであるが、丸の内線の赤坂見附駅で銀座線に乗り換えていた。 赤坂見附~虎ノ門間は一駅なのだが、それが異常なまでに車内が混雑していた。赤坂見附駅に到着し、乗客が出てくるよりはるかに多い乗客がどっと車内になだれ込む。 まさに体がわずかに浮き上がっているかのような感覚をたびたび覚えた銀座線の車内だった。

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その虎ノ門で下車し、官庁街を背にして虎ノ門交差点に立つ。 ここから神谷町方面へ向け勤務先まで歩いていた。 右手に虎ノ門金刀比羅宮が見える。 虎ノ門のビル街の中にたたずむ神社である。 例大祭時や普段の時でも出店もあって、いい雰囲気を楽しめたことを思い出す。Cimg1576

先を少し歩くと、交差点左に「アルバトロス」という名の喫茶店が見えてくる。 この店へは、先輩のSさんとよくサボりに来たことを思い出す。 午前中にしめし合わせて会社を抜け出し、ここの店のモーニングサービスをよく食べにきたものだった。 しかしこの店がまだ残っていたとは驚きとともにとてもうれしく思えた。

この虎ノ門のストリートで強く印象に残っていることがある。 自分がここで働いていた15~20年前は、週休二日制がかなりの企業に導入され始めていた頃だったように思う。 この虎ノ門にビルを構える企業のほとんどがそうであった。 だが、自分が勤めていた会社は、2ヶ月に一日程度、土曜日フルタイム出勤があった。 その土曜の夕方になると、人通りもかなり少なく、まるでゴーストタウンのような雰囲気を味わったことを思い出す。

さらに歩き、第33森ビルへ来る。 ここが虎ノ門で一番長く勤務した場所である。 このビルの隣には、岡埜栄泉という名のある和菓子屋がある。 代表的な和菓子は豆大福。 小豆餡がたくさん入っていてもちもとてもやわらかくなめらかだった。 だが、当時のことであるがここの店員の 「売ってあげる」 的な態度が若干不快だったなと思い出した。 ビルの中に入ってみる。 レイアウトは当時のままである。 ボードに記載されている入居している企業を見る。 社名が変わった会社もあるかもしれないが、当時自分が働いていたころにあった会社の名前はまったく見つけることができなかった。 また、一階には食事のできる店がありよく利用したものだが、当時の店はなく店の数も減っていた。 時の移り変わりにともなう寂しさを感じた。

ルルくん・イン・虎ノ門 その2」 へ続く。

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ウィグ・ワムの 「ノン・ストップ・ロックン・ロール」

ウィグ・ワム(WIG WAM)のニューアルバム "NON STOP ROCK'N' ROLL" を聴いた。

このWIG WAM はスウェーデン出身のハードロック&ヘビーメタル(HR/HM)バンドである。
スウェーデンを含む北ヨーロッパエリアのHR/HM 的サウンドは、日本で 「北欧メタル」 と位置づけされ、HR/HM を語る上で重要なカテゴリーのひとつである。 叙情的なメロディーや北欧独特の文化を反映させた歌詞が特徴で、日本人の感性に深く訴えるサウンドである。 シンフォニック・メタルやゴシック・メタルというジャンルもここから派生していった。 北欧メタルといえば、ヨーロッパ(Europe)がその代表格だが、他にも トリート(Treat)、TNT、プリティ・メイズ(Pretty Maids)といったアーチストも日本では有名である。 イングヴェイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen)もスウェーデン出身である。

未だに自分は、80年代のHR/HM バンドを日常的に聴いているせいか、このバンドのことはまったく知らなかった。 音楽雑誌 「Burrn!」 で紹介されていたのを見て興味を持ち、アルバムを購入し聴いてみた。 北欧のグループに当たり前のように見受けられる、先に述べた北欧メタルの雰囲気はまったくない。 ストレートなロックをベースに、ポップセンスがさえ、キャッチーでノリのよいサウンドは心地よい。 また、こういうキャッチーな楽曲を左右するコーラスパートも充実している。 それでいて、ギターのエッジは尖っている。 アメリカのバンドといっても良いくらいのサウンドである。 なかなかいかした "Rock'n' Roll" を聴かせてくれている。 メンバーの写真を見ると「グラムロック」と間違いそうだが、意外と曲作りにも繊細な部分もうかがえる。 個人的には、もう少しアルバム全体に疾走感が欲しかったように思った。

しかし、80年代メタルの焼き直しという感じはまったくない。 自分が敬愛する らんでぃコウジ氏の言葉を借りるなら、ロックの真髄である「カッコいい」、「気持ちいい」、「悪っぽい」。 これらすべてを見出すことのできるWIG WAMの今回のアルバムであった。 このWIG WAM 、4月の終わりに来日することが決定している。 ぜひ彼らのロックを観てみたいと思う。

Wigwam

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